26.助けた少女と刺された跡
「サリア」
「ええ」
振り返るとそこには、うずくまっている少女を囲んで、冒険者の男達が怒鳴り声を上げていた。
「てめえ! こっち見て謝れや!」
「なめてんのかこら! 誠意見せろ誠意!」
特に深い理由を聞くことも無く、その下卑た表情からこの男達が当たり屋であると判断をする。
確かにうずくまっている少女の服は、黒尽くめであるが、高そうなシルクの洋服だ……。
恐らく慰謝料とか難癖をつけて少女から金品を巻き上げる算段だろう。
「ごめんなさい……ごめんなさい」
「謝って済む問題じゃねえんだよ……痛い目見ないと分からないってか? いい加減こっち……見ろやぁ!」
男が拳を振り上げ、少女に殴りかかる。
まずい……。
「はっ、いけない! まっ」
サリアの言葉と同時に僕は地面を蹴って男と少女の間に割ってはいる。
肉をこぶしが打つ鈍い音が走り、僕は頬に男の拳打を受ける。
コボルトの剣に比べればたいしたことは無く、倒れることもなく僕は男をにらみつける。
「な……え? なんだてめえ?」
突然の来訪者に、男は戸惑い気味に間の抜けた声を出す。
「アンタたち、こんな女の子に寄ってたかって……恥ずかしくないのか?」
「う、うるせえ!? こ、こいつがぶつかって来たんだ。 邪魔するってんならお前も」
隣に立っていた小太りの男が棍棒を構えながら僕に対してすごむのと同時に、他の仲間達もナイフや剣を構えるが。
「そこまでだ貴様ら」
「ひっ!?」
同時にサリアの重く低い声と殺気に、悲鳴に近い言葉を漏らし、全員が尻餅をつく。
「小悪党の瑣末ごとであればまだ忠告のみで済まそうと思ったが……我が主に対し拳を放ち、尚刃を抜くのであれば、この聖騎士サリア……貴様らの肉片たりともこの世に残さず切り刻むぞ」
怒ってる……。 僕が殴られて、相当頭にきたらしい、その目はすっかり瞳孔が開いており、青筋が額に浮かんでいる。
すごいこわい。
「ひっ……」
「消・え・ろ……今すぐに」
「はっ! はいいいいいいい、 ごめんなさいでしたああああ!?」
サリアの一言だけで、男達は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。 流石はサリアだ。
「……ありがとうサリア……僕だけじゃ危なかったよ」
「いえ。 冒険者でもない唯の三下だ、マスターの手を煩わせるまでもないと思っただけです……」
どうやら怒りはあの一言で収まってくれたらしく、僕は安堵の息をついてうずくまる少女に話しかける。
「大丈夫? 怪我とかしてない?」
「ご……ごめんなさい! ごめんなさい! 私のせいで……私のせいで」
全身が黒尽くめのワンピースに、すこしふんわりとした黒い髪……。
前髪がとてもながく、顔が殆ど見えない少し暗い印象の女の子は、代わりに僕が殴られたのを気にしてか、半べそをかきながら謝ってくる。
「あはは、気にしないで……あんなのたいしたことないから」
僕はそういって少女の手を取って立ちあがらせる。
「ごめんなさい……こんな黒尽くめだから目立たないし、前髪も長いから前も見えなくて皆様にご迷惑ばかりかけてしまうんですよね……こんな馬鹿な女のせいで……ううぅ、私はダメな子私はダメな子私は」
「ストーーっプ! そんなに落ち込まなくていいから! 大丈夫だから、ね?」
どうやら情緒不安定な子らしい。
「本当……ですか?」
「うん。 大丈夫だから。 君のほうこそ怪我はない? ちょっと見せて……しかし酷いなぁ、こんなか弱い女の子に乱暴するなんて」
「ふえ!? あっ!?」
そういって僕は少女の前髪を上げる。
どこか怪我をしていたら大変だ。
「あ!? だ、 だめ!?」
前髪を上げた少女は、一言で言えばとても美人であった。
サリアにも負けるとも劣らないその容姿は、サリアの凛々しい美しさとは対照的な柔和な美しさだ。
「は……はう」
少女はよほど怖かったのだろう。
顔を赤くして泣きそうな表情をしているが、どこも怪我をした様子はなさそうだ。
高そうな洋服も汚れは付いていないみたいだし……。
何とか無事に助けられたようだ。
「うん……よかった。こんな美人な人が目の前で傷つけられるのは耐えられないからね
間に割ってはいるのが間にあって良かったよ」
「び!? びじ!?」
思い出してまた恐怖がよみがえったのか、少女は更に顔を赤くしてまた涙目になる。
「大丈夫だよ、もう怖い人はいないから……一人で帰れる?」
こくりと小さく少女はうなずく。
「よかった、じゃあ僕達はもう行くけど、気をつけてね」
「は……はい……え、えとその……ありがとうございました」
「どういたしまして……じゃあね」
「はい!」
最後には元気良く返事をすると、少女は小走りで繁栄者の道のほうへと消えて行った。
「マスター……無事ですか?」
サリアが心配そうに僕の体に触れてくる……。
「心配性だなぁサリアは……コボルトのパンチに比べればあれくらい」
「いいえ、背中です」
「へ?」
そういわれて、僕は背中を確認すると……衣服が裂けていた。
まるで、何物かにナイフか何かで刺されたかのように。
しかし、更に奥を確認してみたが、別段怪我はしていないようだ……ミスリルの鎖帷子で食い止められたらしい。
「え、っと もしかして、あのこが?」
「ええ……あの少女……男達を殺そうとしていました」
ぞくりと冷や汗が全身を走る。
それもそうだ……あの少女が、男達を殺そうとしていたなんて、そんな雰囲気も殺気も突かれた感触さえもしなかった。
「あの少女、相当な暗殺者です……恐らく……シノビ」
サリアの表情は険しく、冷や汗が頬を伝っている。
「でもなんでそんなに強いのに、あんな男の人たちに?」
「腕力自体は弱いのでしょう、恐らくは油断させて切り殺す……シノビのやり方だ。 マスターを突いたことにかなり動揺していましたから、私達に敵意は無いことは確かですが……マスターを刺す一瞬に、何か違和感を感じた」
「違和感?」
「ええ。一瞬でしたが、不気味な霧のようなものが……見えた、ような」
なんとも歯切れ悪くサリアはそういう。
それほど彼女の一突きは神速であり、その不気味なものというのも、気のせいと思ってしまえばそれまでの些細な違和感なのだろう。
「深く考えないほうがいいんじゃない? 僕達に敵意が無いなら、一応はその、助けたんだから」
「まぁ、そうですね。ですがマスター、あまり関わらないほうがいい……何か、嫌な予感がする」
歴戦の勘か、サリアはそう困ったような表情でいい、少女が去っていった道を見つめ続けており、僕はその言葉に一つ息を飲んで。
「分かった」
短く了解の意を示した。