25.ウイルの戦う理由と小さな決意
「すみません…………あ、なんだか収まってきました」
「そ、そう? あんまり無理しちゃダメだよ?」
「ありがとうございます……こほん。気を取り直してですが、今度は私が聞いてもいいですか?」
「ん? なんだい?」
「マスターこそどうして冒険者になろうと思ったんですか? 冒険者になる前はきこりであったとティズから聞きましたが」
「あぁ……それはね、ティズを助けるためさ」
「ティズを、助ける?」
僕の言葉にサリアはキョトンとした顔で復唱をする。
まぁ無理も無い、自分でさえも良く分かっていないのだから。
「初めてティズと出会ったのは、北の村の森の中。 いつものようにガルミアの木を切っていたときだった……ボロボロで、体中血まみれのティズが森で倒れてるのを見つけたんだ……なんでも、妖精狩りにあったそうで」
「妖精狩り……そんな忌まわしい風習が今も?」
「うん。 田舎も田舎だったからね……放っては置けないから看病をしてなんとか一命は取り留めたんだけど……ティズは、妖精として生きられなくなってしまっていたんだ」
「もしや……フェアリーストーンが」
「うん。 フェアリーハートごと抉り出されていた後だった」
「下劣な……」
サリアは親指を嚙み珍しく怒りをあらわにする。
フェアリーハートとは、妖精の命の源とも言える心臓と同じくらい大事な器官だ。
エルフやノームよりも魔法に秀でた妖精は、他の種族と異なり魔力を生成するためだけの器官が存在する。
そして、長く生きた妖精のその器官の中には、蓄えられ凝縮された魔力の結晶が出来る。
それがフェアリーストーンだ。
純粋な魔力の結晶であるそれは、至高のエネルギー源ともなれば、貴族達の嗜好品にもなる。
その為一昔前のハンター達は一時期妖精族を殺してはフェアリーストーンを奪うという行為を平然と行っていた。
今では世界的に禁止されてはいるが、僕の故郷のような田舎では一部の人間がまだ続けている。
「…………よく、ティズは生き延びられましたね」
「うん。 魔力欠乏による衰弱でティズは死に掛けてたけど……生体結合魔法で僕の魔力をティズに分け与える契約をしたことで、ティズは死なずに済んだんだ。
その代わり、僕が魔法の才能も魔力量も人並み以下のせいで、ティズも下位の妖精魔法しか使えないんだけどね」
「しかしなぜ、それが迷宮に挑戦する理由となったのですか?」
「風の噂で、アンドリューの人体実験場に人工的にフェアリーハートを生成する工房があると聞いたんだ……それを持ち帰ってティズにフェアリーハートを移植するんだ」
「なるほど、アンドリューの魔法工房は地下十階……アンドリューのいる所に存在している。アンドリューを倒さなければ、ティズを救うことは出来ない……ということですね」
「うん。僕が生きている限りはティズは死ぬことは無いけれども、妖精としては生きられない……」
「死んでしまうかもしれないリスクがあるのに?」
「そのときはそのときだよ……どんな魔法を使ってもフェアリーハートは直せないし」
「妖精はその体の大きさから蘇生できない種族とされていますがやはりフェアリーハートも」
「例にもれないみたい」
「そうですか……しかしマスターはやはり高潔な方だ……初めて会った妖精の為に、自らの平穏も故郷も捨てて冒険者になるとは」
「少し興味もあったからね、僕の父親は昔冒険者だったみたいで、もちろんアンドリューが現れる前の話だから、ここではなくもっと別の迷宮を探索してた人みたいだけど」
「へぇ……奇妙な因果、とでも言う奴なのでしょうね」
「それに……魔物を見てみたいって言う気持ちも強かったんだ」
これは言おうか少し躊躇われたが、サリアも包み隠さず自分のことを話してくれたので、僕も隠さずにサリアに白状をすることにする。
「魔物を見たい? 確かにマスターはオークの生態について語ったときから普通の冒険者に比べれば、魔物の知識に秀でているなと思っていましたが……もしかして」
「実は、子どもの頃から魔物って言うものが好きで、父さんに買ってもらった図鑑とかを丸暗記しているんだ……でも、一度も見たことすらないからその……本物の魔物を見てみたいなって……やっぱり変かな?」
「いいえ。魔物は不思議な生物です……その魅力に魅せられるものも多い。それに、冒険者として魔物の生態を熟知しているということはプラスにはなれどマイナスになることは無いですからね……仲間としても心強い」
「そうかな? へへへ。ただ、第十階層までのモンスターの知識はあるんだけど、まだ一階層の敵しか見たことが無くて……。サリアは殆どの敵と出会ったことがあるの?」
「ええ。私は図鑑とかは開いたことはありませんが、迷宮にもぐることで随分と魔物には詳しくなりました。 下手な魔物図鑑よりは詳しく魔物について語れる自信はありますよ?」
「本当!? じゃあさ、聞きたいことがあるんだけど……」
サリアへの質問に、彼女は分かりやすく楽しそうに返答をしてくれる。
話している内容は魔物の話という物騒極まりないものであったが、それさえ気にしなければデートにしか思えないシチュエーションであり、実際端から見れば僕とサリアはまるで恋人同士に見えたことだろう。
今はまだお互いに意識はしていないし、サリアもそんな感情は抱いていないだろう。
今はそれで十分だ……。
だがいつか……サリアが僕に安心して背中を預けられるようになったとき……もう一度ここに来て、サリアとお茶をしよう。
魔物の話に耳を傾け、色々な話を楽しみながらも、僕は心の中でそんなことを決定した。
◇
喫茶店を出て僕たちは新生活の買い物を再開させ、全てが終了する頃にはすっかり日も暮れかけ、空はすっかりと夕方になっていた。
僕とサリアは用事を一つ片付けた景気づけにと、繁栄者の道からもどった先にある城下町の広場に腰を下ろしながら、途中で買った春の果実のミックスジュースなるものを二人で飲みながら一息つく。
ふと顔を上げると、魔法で飛ばされた飛行船が、空から王の聖誕祭を告げており、春祭りが近いことを思い出す。
村にいたときでも王の聖誕祭は大盛り上がりであったが、中心地ともなればどれだけの大騒ぎになるのだろうか……。
その日は迷宮はお休みにして、みんなで聖誕祭パレードを見に行くのもありかもしれない。
「しかし、日がくれるまでに必要なものがそろえられて良かったですね、マスター」
そんなことを考えていると、サリアが僕にそうはなしかけてくる。
「本当、お店の人の気遣いに感謝だね」
「えぇ。 荷物は明後日の昼時に届けてくれるなんて、繁栄者の道はサービスがいい」
「僕も初めてきたときはとてもお世話になったからね」
ユカタの袖を振りながらサリアはそう語り、僕はサリアの隣で一日中歩きっぱなしで疲労した脚を軽く叩きながらそう返答をする。
城下町は夕暮れ時ということで、皆が皆帰り支度をしている真っ最中。
大人たちは一日の労働に少し疲れた表情のまま店をたたんでおり、広くなった広場をエルフやノーム、ドワーフの子ども達が駆け回る。
平和な光景……とてもあんな危険な場所が隣接してるなんて、この光景だけでは思えない。
「……ところでマスター、いまさらですがティズとシオンは大丈夫なのでしょうか?」
そんな光景に少しほうけていると、サリアは思い出したかのように僕にそう問いかける。
「……」
正直、サリアと一緒にいる時間が楽しすぎて忘れていた。
しかし、どこにも爆発騒ぎが起こっていないし、ティズのキーキー声も聞こえてこないから、きっと大丈夫だろう。 ああ見えてティズはしっかり者なのだ。
「大丈夫だよ、ティズが付いてる。シオンも……流石にこの街中で魔法をぶっ放すほどだったらオークの牢獄に入る前にお城の牢獄に入っているだろうしね」
「……ふむ。 ではそれはいいとして、どうやって合流しましょうか」
「夜になったらお酒を飲むって言ったし、いい時間にエンキドゥの酒場には顔を出すでしょ」
ティズがお酒を飲み逃すなんてことは到底信じられないし。
「ふむ……では日が暮れる前にエンキドゥの酒場に二人で向かう……ということでいいでしょうかね?」
「そうだね……飲み終わった?」
「ええ、丁度」
「じゃあ、行こうか」
「ええ、行きましょう」
そういうことになり、僕達は立ち上がり勝手知ったる冒険者の道へと戻ろうとすると。
「あんだぁてめえこらぁ!? いきなりぶつかってきてどういう了見だぁ!?」
「ご、ごめんなさい……ごめんなさい!?」
広場の反対側で男の人の怒鳴り声と、少女の許しを請うような声が聞こえた。




