ホワイトデーイベント(コールオブチョコレート) リリム、カルラ、混浴にて
「あーーーー!? なんで私がこんな目に――!?」
「まるまる一か月、冒険者としての活動をしながら奉仕活動……これは……これはきついよー」
「仕方ありませんよ……パーティーを追い出されなかっただけ、寛大な処置だったと諦めましょう」
燦々と照り付ける太陽の中、ティズとサリア、そしてシオンの三人は王都リルガルムの外壁の塗装を塗りなおす作業を続ける。
あの後、ウイルはレオンハルトに事の顛末を報告し、レオンハルトと協議した結果、外壁の塗装をすべて塗りなおす奉仕活動をすることで、おとがめなしという寛大な処置をえたのであったが。
「この馬鹿みたいにでかい外壁全部塗りなおせって!? それはそれで拷問だと思うんですけど―――!?」
輝ける妖精であるティズの体はすっかりペンキまみれになっており、鼻にペンキを付けたままティズはそうむくれながら慣れた手つきで外壁に彫られた彫刻の部分に、ムラができないように塗装を施していく。
「はー……魔法さえ禁止されてなければ……一気にできるんだけど」
「その約束は破らない方が賢明です……」
「うん……ウイル君怖かった……怖かったようぅ」
「ええ、とても……」
お説教を受けていた当時のことを思い出し、シオンとサリアの二人は作業の手を止めてカタカタと震える。
お説教の最中、恐怖のあまりサリアは一週間、ウイルに怒られる夢にうなされたというのだから、その恐怖は計り知れない。
「うううぅぅ、本当だったら、本当だったら私たちもウイルと一緒に温泉で混浴できたのにいいぃ!? ちょっと口を滑らせて混浴のできる温泉の場所なんてカルラにしゃべるんじゃなかったああああぁああぁもぉおおぉん!」
ティズはそう口惜し気に叫びながら、外壁を殴りつけては涙を流す。
それもそうだろう……一番危険視しているリリムと、最近ウイルの隣にずっといるカルラとが、この三月十四日のホワイトデーに……(混浴のできる)温泉旅館に旅行に行ってしまったのだから。
「今頃、お風呂入ってる頃だろうねー……」
「あああああぁああぁああ!? チョコレート作ろうとしただけなのに!! チョコレート作ろうとしただけなのに!? なんで邪神が召喚されてこんな目に合わなきゃいけないのよぉ!?」
「……ですが、この外壁を塗りなおす作業も……これはこれで楽しく……」
「ないわよおおおおおおぉおぉお!!」
サリアの少し的の外れたフォローの言葉をティズは遮るように叫び。
雲一つない王都リルガルムと、リルガルム王国の荒野に悲痛な声が木霊をするのであった。
◇
東の国~ヒノモト~……秘湯~不知火~
「ふあぁ~~」
「気持ちいねぇ~」
「です~」
五臓六腑に染み渡る、独特な香りがする天然温泉、秘湯・不知火。
火山が多く、天然温泉の名地である東の国、ヒノモトにおいても三本の指に入るほどの名湯に現在僕・カルラ・リリムの三人は貸し切り状態で入り、疲労のすべてを吐き出していく。
空には赤々とした夕日が映り込み、露天風呂の近くに植えてある梅の花から落ちる花弁が一つ、また一つと夕日に照らされながら舞い落ちて湯に浮かぶ。
「きれいだね~」
「うん……とっても」
「です~」
その情景はとても美しく、今まで見たこともない独特な風景と世界に、二人と一緒に心を奪われながら、並んでのんびりとする。
「いやぁ、本当に来てよかったねぇ」
日ごろから気苦労や胃の痛い思いをしている僕にとっては、この温泉とこの風景は癒し以外の何物でもない……毎年ここに来るのを恒例行事にしてもいい……いや、アンドリューとの戦いが終わったらここにみんなで住むのもいいかもしれない……。
そんなことを考えながら、僕は隣で一緒にお風呂に入っているリリムとカルラを見る。
リリムは終始にこにことした笑顔で僕のことを見つめており、しかし目が合うと顔を赤くして目をそらしてしまう。
そして、カルラはというと。
「です~」
こんなにリラックスをできる場所というのが今までなかったのだろう……いかにも癒されていますという表情でくったりとしている。
そのせいか、体に巻いていたタオルが少しはだけてきているのだが……それは言うべきか言わないべきかは考え中である。
「本当に……でも驚いたよ……ホワイトデーのお返しに、ウイル君が温泉旅行に連れて行ってくれるって言った時は……私チョコしかあげてないのに」
「です~」
そんなことを考えていると、リリムは申し訳なさそうな表情をしながらそんなことを言ってくる。
「僕も行きたかったしね温泉旅行……それに、この場所を教えてくれて予約も取ってくれたのはリリム達じゃないか」
「そうだけど」
「それに、デートの約束もティズたちにつぶされちゃったし……こうでもしないと、リリムもちゃんと体を休めようとしないでしょ?」
「そうだね、反省してます……だから今日と明日は、ウイル君に甘えてゆっくりしようと思うよ」
「それは良いね」
隣で悪戯っぽく笑うリリムに一つうなずき、僕はお湯の上に浮いたお盆に手を伸ばし、乗っているお猪口を手に取る。
「どうぞ、ウイル君」
「あ、ありがとう」
そんな僕に、そっとリリムは徳利をもって清酒を注ぐ。
お湯で暖められた清酒は甘みを増しており……僕は少しほほを赤らめながらも、清酒を一気にのどの奥へと流し込む。
「……綺麗な風景に囲まれて、お湯でリラックスしながら……美人に囲まれて美味しいお酒を飲む……あぁ、なんか僕ばっかり楽しんでる気がする」
「ふっふふ……ウイル君ったら……もう美人だなんて!」
「でふ~」
リリムは嬉しかったのか、ぱしゃりとお湯を叩くと、水面に波紋がひろがり、映り込んだ夕日がゆがむ。
そんな何気ない風景すらも美しく、僕は隣でタオル一枚に身を包んでいるだけのリリムの方を見る。
その耳は元気よくピコピコと動いており、ほほも赤くして、もう一度お酒を注いでくれる。
「リリムも飲む?」
「いいの?」
「もちろん……」
「あ、酔わせてエッチなことする気? もーウイル君ったらー」
「えっ!? そそっ、そんな!?」
唐突なリリムの問いに、僕は顔を赤らめてとっくりを落としそうになる。
「あっははは……冗談だよーウイル君! ありがとう、いただきます」
「もー……からかわないでよリリム……」
僕は苦笑を漏らしながらも、未だに心臓の鼓動が収まらないままに、リリムにお酒を注ぐ。
「ごめんごめん……でも、ウイル君にだったら、少しくらいは……いいんだからね?」
「え?」
くいっと……喉を鳴らし僕を妖しく見つめながら笑うリリム……。
その姿はとても魅惑的であり……僕はその姿にほほを赤らめ……。
「それって、どういう……」
その魅了の言葉の思惑通りに、言葉をつづけ、虜になりそうになってしまう。
が。
「で……ごぼごぼごぼごぼ」
カルラが沈んだ。
「カルラああああぁ!? のぼせてたの!? のぼせてたんだねごめん!」
「カルラちゃん!? ちょっ、大丈夫!?」
「だ、大丈夫です~」
リリムに抱き上げられ、湯の底から救出されたカルラはそう口では平然を装おうとするが。
完全に顔は真っ赤で目が回ってしまっている。
「ウイル君お水! あとカルラちゃんの服お願い!」
「わ、わかったよ!?」
バタバタと騒ぎながら、僕はのぼせてしまったカルラの介抱の為に奔走する。
どこにいても誰といても、僕の周りが騒がしいのは変わらないらしく。
僕はそんな運命に苦笑を一つ漏らし……こんな時間がいつまでも続けばいいのにと……心の中でそう祈るのであった。




