40000PT突破記念 罰ゲームで俺に消しカス入りのチョコレートを渡した女子たち、絶対に許さん
「ゲイ・ヴォルフ!!」
リリムの怒号と共に、道を埋め尽くす汚泥は弾き飛ばされ霧散する。
その爪の一撃は神代の神の槍の如き速度と破壊力を持って、その場にあるすべての悪意を消滅させていく。
「ああぁああぁあ、爆発しろおおぉ……しんでしまええっぇ!」
しかし、その膂力をもってしてもまだ……汚泥すべてを消し去ることはかなわず、街から、壁から、そして地面のタイルから染み出すようにチョコレートは溢れ、怨嗟の声をまき散らす魔物となって僕とリリムの元へと迫ってくる。
「ウイル君!……この状況本当にまずいわ! 町が全部チョコレートに飲まれちゃってる! このままじゃ本当に! 町がチョコに沈んじゃうよ!」
【ドラゴンブレス!!】
チョコレートを蒸発させようと、僕は全力のドラゴンブレスを放ってみるも。
「やっぱダメか……」
チョコレートには高性能の魔法防護が付いているらしく、ドラゴンブレスはチョコレートの波に阻まれ鎮火されてしまう。
「魔法が効かないとなると、全て剣で処理しなきゃいけないわけだけど……」
何せ相手は液体である。
いかに剣で切ろうが、霧散させようが……すぐにまた元の形を取り戻すのだ。
「何か……核みたいなものがあればよかったんだけど、リリム……」
「ゲイヴォルフを打った感覚からすると、その願いは残念ながら聞き届けられないみたいね」
「だよねぇ……このチョコレート……本当どうやって動いてるのさ……」
ため息を漏らしながら、僕は仕方なく右腕を振り上げ。
「メイク!」
チョコレートをいしのなかへと封じ、消滅させる。
「メイズイーターの力なら、何とかチョコレートを消滅させられるみたいだど……」
焼け石に水……ウイル君が迷宮の壁を生み出す速度より、チョコレートが増えるスピードの方が圧倒的に早い……。
「生態としてはスライムに近い動きをしてるわ……濃度の高い魔力を保有した液体が、生物となったもの……でも、通常そういう種類の魔物は、霧散すると魔力も漏れ出してただの液体に戻るのが普通だよね……」
「だけど、霧散してもすぐに形状を取り戻す……霧散しないほどの膨大な魔力が溶け込んでいるのが原因だ」
「そんなの、迷宮十階層にもいるかいないかだけど……その過程が正しければ、決して自然発生するような、特に魔力の薄い王都リルガルムでは現れるはずのない魔物ということになるわね……」
「そうなると、必ずこの魔物を生み出した術者がいる……」
「正直想像したくないよ……ウイル君のドラゴンブレスを簡単にレジストさせられるスライム亜種を作りだせるアークメイジだなんて……アンドリューくらいしか知らないもん……まぁ、アンドリューならチョコレートなんてふざけたもので王都襲撃なんてしないと思うけれど」
「それはそれで最悪だ……つまりは、アンドリューとは別にアンドリュークラスの魔法使いを相手どらなきゃならないってことだろう? サリアとカルラに合流してから大本を探さないと……正直面倒くさそうだ」
「くすっ」
そう僕が愚痴をこぼすと、リリムは微笑んでクスリと笑う。
「? 僕何か変な事言ったかな?」
「あ、んーん! ごめんね、変だったとかじゃないんだけれども……」
「なに?」
「いやね……なんだかウイル君がすごく頼りになる人になったなって」
その言葉に、僕は面を喰らう……この状況でそう褒められるとすごい照れる。
「あ、えと……どういうこと?今の僕の愚痴に、何か頼りがいのあるセリフが混ざってた?きついと面倒くさいしか行ってない気がするんだけど」
おおよそ頼りになる男のセリフではないのだが……。
しかし、リリムは首を横に振り。
「だって、面倒くさいってことは、倒せないわけじゃないんでしょう?」
そう語る。
「あぁ……そういえば」
思えば、僕はこの敵に対し、敗北するというイメージが一部たりとも存在していなかった。
なぜかはわからない……根拠などないが……。
だが、恐らくこの術者に僕が負けるはずはない。
そんな根拠はないが、確実な自身が僕の内には存在していた。
だからこそ、この王都襲撃も、何も問題はない……。
勝てるのならば、一直線に原因を叩けばいいのだ。
どうやら、すぐにサリアに頼ろうとする悪い癖が出てしまっていたようだ……。
僕は一度ヘルム越しに自分の頭を一つ小突き、気合を入れる。
目標は決まった。
「よっし……じゃあ、リリムの期待に応えるとしようか」
「えへへ、かっこいいぞ! ウイル君!」
「良し!……リリム、この匂いの中からも、大本は割り出せそうかい?」
「匂いでは無理だけど、魔力の流れさえつかめれば……一番魔力が溜まっているところにその術者はいるはず……」
「じゃあすぐに……」
「その必要性は! ナッスィング!! なぜなら私自ら現れたからな!」
やってくれ……僕がそういおうと口を開くと、不意に頭上で声が響き渡る。
聞きなれない、敵意むき出しのその声に、僕たちはゆっくりと振り返ると、そこには道化の服の様なものを身にまとった、名状し難き形状の魔物が浮遊していた。
「なにあれ……」
リリムが反応に困るといったような表情で、その黒い魔物の様な人型にそう漏らすと。
その魔物は怒りを込めて語りだす。
それは効いているだけでも耳を犯されているような不快の塊に近い不協和音に近い声だった。
「あーもーこれだからバレンタインデーってのは本当に厄介だ! 悪い文明だ! こんな絶体絶命の状況だというのに……いちゃつきやがって!! 甘い展開なんて! この俺が許さねえからな! 断固阻止だ阻止!」
「……あー、えと どちらさま?」
「はん!! お前らなんかに名乗る名前なんてあるかってーの! こんなまっ昼間から公衆の面前でいちゃつくなんて、天が許し地が許しても俺が許さねえからな!! 今日はバレンタインデーは中止のお知らせ! そして、あえて言おう! この世の中すべてのリア充ッ爆発しろ!! ええいそこの二人だお前らだよ! 離れろもう少し!! それとも何か!? 罰ゲームでチョコレートを女子から渡された俺の話でもしてほしいのか!? ああ? あの時の後ろでクスクス下卑た目で笑う女子たちと、泣きそうになりながら俺にチョコレートを渡す女子の表情を事細かに詳細を語ってやろうか!?」
そう言いながら天空より現れたその異形な残念なもの……。
僕は端々からこぼれる苦労譚につい涙腺が熱くなってしまうが。
「えっ……うそ、あの人、魔力保有量が……」
リリムが小さくこぼした言葉より、どうやらあの男? こそが今回の事件の下手人であるということを理解し、僕は慌てて臨戦態勢をとる。
「っ……今回の事件の犯人はアンタか……」
「いかにも!」
その怒りはもはや竜の咆哮を凌駕し、その怒りはもはや復讐鬼をも圧倒する
「なんで町をこんなことにした……」
僕はそんな怒りの化身の様な存在に気圧されながらも、螺旋剣を引き抜き問うと。
「簡単なこと……チョコレートを誰も私にくれない……なら、世界中のチョコレートを消滅させてしまえば、バレンタインデーなどという人々を不幸にするイベントに、むせび泣く私の様な人間がこれ以上増えることもない!」
「そんな理由で……この街をこんな風にしたっていうの!?」
「そんな理由だとぉ!? この一日にどれだけの男が魂を削られていると思ってるんだ貴様ぁ! 待ちゆくカップルは浮かれはしゃぎ! 道を歩けばいたるところでピンク色のハートマークが飛び交うイベントの真っ最中!! 恥ずかしがりながら手をつなぐ恋人や、もうしっかりがっちり恋人つなぎをしてしまっている熟練カップル!! 道端ではもうキスなんかしてるやつもいて! すっかり世界は男と女のロマンスの世界!! 寂しさを紛らわせるめに買った、自分のためのいたチョコレートはすごいしょっぱい味がしましたよええ!!この経験は俺だけではないはずだ! だから俺は、バレンタインデーなんか! 大っ嫌いだ、ばーーか!」
「そんな……でも」
「でもがなんだそれがどうした!? お前にはわかるのか! チョコレートを貰えないおとこの……この気持ちが! 多くは望まないんだ!義理でも何でもいい!ほんのちょっぴりの感謝、尊敬、畏敬の念、どれでもいい! 罰ゲームでも何でもなく! 中に消しゴムのカスが入ってない! 普通の義理チョコでいいから、愛のこもったチョコレートが欲しいというそんなちょっぴりの希望さえもかなわない男の気持ちが!」
僕は耐えきれずヘルムの下で涙を流した。
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