40000PT突破記念 アイホートホテップ
「はあああああぁ!!」
迫りくる悪鬼羅刹、常識から乖離し、神を冒涜し、世界を蹂躙するその汚泥に向かい、私は刃を叩き込む。
「ぎいいいぃいいぃいぃいぃ」
今まで聞いたおぞましき泣き声の魔物三種を掛け合わせたかのような悲鳴を上げ、汚泥に近きその魔物は絶命をする……。
「ちょっと筋肉エルフ!? 左左!」
「分かっていますティズ!! ついでに後ろからも来ています! シオン!」
「まっかせてー!」
私はそうシオンに指示を出したのち、左から迫る魔物を切り伏せる。
「これぞ火竜の怒りにして真の力! その威を示し愚者を灰塵と化せ!」
杖を振りかぶったシオンは、魔法詠唱と共に自らの魔力を放出する。
尋常ではない魔力の奔流……通常の人間魔物であればその魔力の濃度に当てられ卒倒するほどの魔力をシオンは当然のようにあたり一帯に充満させ、渦を巻き始めさせる。
【ドッラゴンストーム!】
その魔力をたどるかのように立ち上がる炎の渦は、暴風と共に汚泥をその渦へと引き寄せ、背後から迫る大量の汚泥を引き寄せてはひとつ残らず蒸発をさせる。
火柱が消えるころ、そこに残るのは何もなく……ロイヤルガーデンにすくっていた魔物たちは、召喚陣ともども跡形もなく消え去っていた。
「とりあえずは、ロイヤルガーデンは制圧したみたいね」
難しい表情をしながらティズはそう語り、私は朧狼を握りしめたままその言葉にうなずく。
「ですが、まだ町の方に逃げた魔物たちが増殖を続けています……急がなければ」
「オールインアッシュが効かないということは……全部が全部レベル八以上の高レベルの魔物だよー……早く次へ向かわないと」
シオンも珍しくそう焦るような表情を見せる。
本来ならば事態を楽観しがちな二人がこの表情であり……それだけでも私は事態の深刻さを突きつけられる。
「まさか……こんなことになるなんて」
私のつぶやきに、シオンとティズは表情を曇らせる。
「どうしよぅ……私達、チョコレート作っていただけなのにぃ……こんな事態になったなんてばれたら袋叩きじゃすまないよぉ……というかウイル君にばれるとやばい」
「し、仕方ないじゃない!? あれは不慮の事故よ! 事故だったのよ! 誰がチョコレート作ってたら魔物が出てくるなんて思うのよ!? 本当にアンタなんてもん呼び出してくれてんのよ!」
「私のせいなのー!?」
ぎゃーぎゃーと騒ぎ立てる二人を見つめながら私は、この事件の原因となったマスターへと送るチョコレートを取り出し見つめる……。
この原因は、数時間前にさかのぼる。
「そろそろ、完成間近ですね」
チョコレートづくりも佳境を迎え、私たちは交互に鍋の中のチョコレートをかき混ぜながら皆が皆興味津々に鍋の中を覗き込む。
「そうね、色合いがもうチョコレートの色になってきているわ……ドロドロに溶けてるところもチョコレートっぽいし! でも、なんか匂いが変な気がするわね」
「恐らく香りはコーヒー豆で調整をするのでしょう……そろそろコーヒー豆の投入のタイミングということです」
「なるほどー、じゃあ入れちゃうよー!」
「シオン、入れすぎは味を損ねます、適量を心がけてください」
「おうさー!」
シオンは元気よく返事をすると、鍋をかき混ぜる私の隣であらかじめ粉末状にしておいたコーヒー豆を小さじですくい、鍋の中へと入れていく。
「おおぉ、さすがはサリアね! 確かに、変なにおいから少しチョコレートの香りに近づいた気がするわ」
「ええ、そうでしょう、このコーヒーが、全体に浸透したら恐らくは完成です」
「案外簡単だったわね、もっと苦労するかと思ったけれども」
「シオンが料理人のスキルを入手してくれて助かりました……そのおかげです」
※手に入れたのは毒薬作成スキルです。
「えっへへー照れるなー」
市販のものに比べれば、少しばかり刺激臭の様なものが残ってはいるが、先ほどの匂いに比べれば可愛いものなので、手作りゆえのご愛嬌という奴だろう。
「味の方はまだ味見していないけれど、大丈夫かしら」
「まだ早いでしょう、チョコレートがまだ暑いですからね、少し冷ましてから……マスターの口に入るのは冷えたものですから、熱いうちに味見をしても意味がありません」
「なるほどー……きっとおいしくできてるんだろうなー」
「そうですね、恐らく隠し味で入れたオニオンソースが良い具合にコクを出してくれているはずです、きっとおいしくできていますよ」
「えっへへー……ウイル君、喜んでくれるといいなぁ……どんな顔して食べるんだろう」
「あの子はなんだかんだ言って甘いものが大好きだからね、きっと満面の笑みよ」
「……それは尊い……今から楽しみです」
※さも美味しいものをプレゼントしているような会話ですが、作っているのは劇物です。
私はそう、マスターの幸せそうに微笑みながらチョコレートをほおばる姿を想像して口元を緩ませると。
「ああー!? 大事なもの入れてないよー! 大変だよー!」
珈琲の粉末を入れていたシオンが急に大声で悲鳴に近い声を上げる。
「どうしたのですかシオン?」
「私達! まだチョコレートに愛情を入れてないよ!」
「愛情……ですか?」
そういえば聞いたことがある。 どんな料理でも、愛情を入れなければ美味しくなくなってしまうということを。
「確かに、入れ忘れてたわね……でも、愛情って具体的に何入れるのよ?」
「うーむ……わかりかねますね……心臓一かけらとかですかね?」
「発想が怖いわ!? そんなわけないでしょうが!」
「そんなことしてたら、コックさん蘇生代金だけで破産しちゃうよ~」
「そうですか……まぁ確かに」
「うーん、誰も分からないかぁ……じゃあ愛情ってどう、やって入れるのかはわからないけれども、とりあえず愛情を召喚してみるね」
「召喚するの? 愛情をですか?」
「うん、私の召喚魔法にかかれば、契約とかそういうものを全部すっ飛ばして強制召喚を刺せることができるよ~! あーもちろん反感を持たれたり襲われたりする可能性もあるけど、そこは私の魔力で何とかするよ!」
「なるほど、確かに魔法の祖ともなった錬金術は台所から生まれたという逸話があります……コックとは、召喚魔法を操る職業でもあったのですね!」
「さすがはシオンね! 早速やって頂戴!」
「お任せあれー!」
シオンはそういうと、杖を取り、召喚魔法の陣を展開して呪文を唱え始める。
【黒より深き深淵に住まいし者よ、我、情欲、色欲、愛欲を望むもなり……その場所より這い出でて、我が願いを契約のもとに成就せん……我が名はシオン、汝のその力を求むるもの成り……】
膨大な魔力が部屋に充満し、召喚魔法陣は異界と現実世界のゲートをつなげる。
【ここに契約を交わさん!! アイホ―……と……あー……とりあえず現れろー!!】
盛大に噛んだ!?
「ちょっ!? 大丈夫なのあれ! すごい無理やり召喚魔法続行したけど!?」
ティズがそう不安げに私に問いかけるも、もはや後の祭りであり……中途半端に続行された召喚魔法は、そのまま対象を異界より呼び寄せる。
瞬間……部屋に充満していた魔力が、一気に消える感覚を私は覚える。
「うおおっ!? しょ、召喚だけで、わ、私の魔力半分も持っていかれたよ!? こ、これやばいやつだ! 神霊クラスだよ!」
「案の定とんでもないもん呼び出してんじゃないの!? 神霊って、なんちゅーもん呼び出す気よアンタは!」
神霊召喚とは、最悪クレイドル神がこの部屋に召喚されるということであり、私は事の重大さにティズをかばうように身構え。
同時に召喚が達成される。
爆音に近い音が響き渡り、シオンの描き出した召喚陣の中央に、その神霊クラスの何かが召喚される。
召喚による水蒸気により、その姿は確認できなかったが……その姿かたちはどう考えても愛情ではないことは確かだった。
「え、えーと……とりあえず、あなただーれ?」
シオンは冷や汗を垂らしながら、自分で呼び出したその何かに問いかけをすると。
その影は一度紳士的な一礼をしたのち。
〖迷宮の邪神……アイホートホテップ……召喚に応じ参上いたしました……〗
そう不敵な笑みを漏らすのであった。