40000PT突破記念・ コールオブチョコレート 前兆の黒い孔
「あー……畜生」
「頭痛いわ~……しぬー」
「だから言ったのに……飲みすぎだよリューキ、エリシア」
七つ首のハイドラの討伐を終えた僕たちは、地竜に台車を引かせながら王都リルガルムへと続く道を走る。
乾燥地帯を抜けるのに最もポピュラーといわれる地竜は、このリルガルム王国南によく生息するリザードとドラゴンの混成種であり、その耐久性と耐熱性……そして馬と異なり水が無くても一週間活動できるという乾燥耐性の高さから重宝される生き物であり。
走る速さこそわずかに馬に劣りはするものの、力は馬よりも強いことと、知能が高いために、乾燥地帯以外でも馬の代わりに利用されていることが多い。
北の大地で育った僕にとってはなじみのない生き物であったが、こうして操るはずの
リューキが荷台で寝転んでいるにもかかわらず、こうして僕とカルラとドリーに従ってついてきて台車を運んでくれているところを見ると、本当に知能は高いらしく、そして勤勉な性格でもあるらしい。
「まぁ、地竜が賢くても、こっちがこれじゃあ意味ないんだけれどね」
本来であれば昼前にはリルガルムへと到着をする予定であったのだが、この通り二日酔いで倒れたリューキを運ぶために、おもったよりも時間がかかってしまっている。
「あー……う、ういる頼む……もう少しゆっくり」
「だーめ……これ以上ゆっくり走ったらこの乾燥大地で一晩野宿をすることになるよ。
気持ち悪いのは自業自得なんだから、少し我慢して」
「うー……鬼―」
「悪魔―」
「何言ってるんだい? だいたい、二人でスピリタス瓶三本も開けるなんて正気の沙汰とは思えないよ……」
「麦酒を樽で飲み干した、お、お前にだけは言われたくは……」
「カルラ、スピード上げるよ」
「あっ、すみませんすみま……おええぇ」
力なくリューキとエリシアは荷台の方から少しだけ顔を覗かせ、僕に対して抗議の言葉を漏らしたりしてくるが、完全な自業自得に同情の余地はなく、僕は無視してもくもくとリルガルムを目指す。
「あの、やっぱり少しかわいそうなような気が……。
そんな様子の二人と死にかけのフットを見て、優しいカルラはそう僕に恐る恐る聞いてくるが。
「いいの、あの二人はこうでもしないと繰り返すんだから。 ねぇドリー」
そう僕がドリーに聞くと。
「そうだねぇ……文字通りいい薬って奴だと思うよぉ」
「そ、そういうものなんですか」
カルラは少し困ったような表情をしつつ、後ろでうめく二人と、ピクリとも動けずにいるフットを見やるが、それ以上は何も言わず、僕の隣へと地竜を走らせ並走をする。
王都リルガルム南にある乾燥地帯は、季節が冬ということもあり、うだるような暑さがあるわけでも、砂嵐に見舞われることもない。
空を見上げれば空は快晴であり、砂埃は待っているが、それでもクエスト終わりの凱旋にはぴったりな天気だ。
「ティズたち、大丈夫かなぁ」
そんな陽気であるのと、カルラが隣に控えているということもあり、僕はついつい気を抜いてしまい、そうなってくると脳裏をよぎるのは、お留守番を頼んでいるサリアたちである。
「ティズさん達が心配ですか?」
カルラは珍しく微笑みながら僕のつぶやきに反応をしてくれる。
「まぁ、別段身の安全とかは心配するまでもないんだろうけれども……いつぞやみたいに酔いつぶれて街に迷惑かけていないか心配で……」
特にティズとシオン。
「サリアさんがいるから大丈夫ですよ、シオンさんの暴走も、いざとなれば力で押さえつけられます」
そう、今回の遠征……サリアは自分もついていくとものすごいごねたのだが、シオンとティズの面倒を見る役割を誰かが担わなければならないという理由で、説き伏せたのだ(カルラの言葉巧みな説得で)
だが。
「サリアもサリアで抜けてるところがあるからなぁ」
彼女は基本的に完璧超人で常識人であるが、ところどころ天然でぬけているところがある。
そして、ティズとシオンの暴走がその抜けているところにちょうど悪い具合に付け込むと……おおよそとんでもない大事件へと発展するのだ。
だからこそ、できるだけ早く帰りたいのだが。
「うえー」
「あーーーーー」
背後で唸る二人を僕はもう一度振り返って確認をし、再度ため息を漏らす。
「何も起こってないといいけれども」
「ふふふ、本当にウイル君は皆さんのお兄さんみたいですね」
そんな僕の様子が面白かったのか、カルラはくすくすと笑う。
「保護者って言われてもしょうがないなって最近思うようになったよ」
「ですね……私もすっかり守られてます」
「うん……君は僕が初めて守ると決めた女の子だからね、特別だよ」
「……えへへ……ありがとうございます」
口元を緩ませて少し首をかしげるカルラに、少し胸の高鳴りを覚えながら僕ははにかむ。
「あー、いちゃついてるところ悪いけど……」
「!? い、いちゃついてなんかいませんよドリーさん!」
なんとも言い難い表情をしながら横やりを入れるドリーに、顔を真っ赤にして否定をするカルラ……。
「まぁ、私としては、別にいちゃつこうが好き合おうが全然かまわないんだけどねぇ、何というか二人の世界に入られちゃうと寂しいんだよねぇこれが」
なんでいきなり横やりを入れてきたのかと思ったが、どうやらこれは拗ねているようだ。
「ごめんよドリー、別に君を忘れていたわけじゃないよ……それで、何かな?」
「まぁ、それならいいんだけどねぇ……とりあえず、砂埃で良く見えないかもしれないけれども、やっとこさ王都リルガルムが見えてきたよ」
そう言い、ドリーは砂埃の先を指さし、僕たちも目を凝らしてみると。
確かに、うっすらとだが王都リルガルムの外壁の輪郭がぼんやりと見えてくる。
乾燥地帯とももう少しでおさらばということだ。
「ん?」
そんなことを思いながら、僕は何となしに王都の上空に目を移し、同時に異様なものを発見する。
それは一瞬だけであったが、空に現れた黒い孔の様なもの。
瞬きをするとその穴は消え去っており、僕は一度首をかしげて一緒になって目を凝らしているカルラに問うてみる。
「ねぇカルラ」
「はい、なんですかウイル君」
「今、王都の上空に黒いものがあったような気がするんだけど見なかった」
「黒い、ものですか?」
僕の言葉にカルラは首をかしげて、王都上空の方を見つめるが。
「ごめんなさいウイル君……確認できませんでした。 雲一つない快晴が広がっています」
「あぁそっか……いや、僕も一瞬見えたような気がしただけだから……多分気のせいかな」
「幻覚は疲労の証拠……君もなんだかんだ働きづめだったんだろうウイル……」
ドリーはそう優しく言葉をかけてくれ。
「確かに……少し体を休めないとね」
僕はその言葉に苦笑を漏らしてうなずき、その時その孔については特に深く考えることはしなかった……。
この時、僕がもう少しこの現象に興味を持っていれば……。
あの惨劇は……食い止められたのかもしれない。
名状し難く、理解し難く、形容しがたく、許容し難い、チョコレートの呼び声は……誰にも聞こえることなく……しかし確実に、この王都リルガルムへと響いていた……。




