40000PT突破記念 みんなには、ないしょだよ?
「そんじゃ! 高難易度クエスト達成を祝してカンパーイ!」
「アンタそれ何度目よ!? 酔っぱらってんの? こりゃ報酬の金貨は私の総取りねぇ~!」
「だーれが酔っぱらうかでか乳! こんなん飲んだうちにも入らねえわ、勝負はこれからだっつーの!」
「よーしそれでこそ馬鹿リューキよ!? 今日こそ飲み比べでぎゃふんと言わせてやるんだから!」
「二人とも……それでつぶれたのを運ぶのは私なのだ……勘弁してくれ」
「ははは、本当に仲がいいよねぇ、うらやましい限りだよ」
盛大に騒ぎ立てるリューキとエリシアに、呆れたようにため息を漏らすフットと、留守番で寂しかったのか、満面の笑みで終始にこにこと笑いながらお酒を飲むドリー。
そんな僕たちのパーティーとはまた違った盛り上がりを見せるリューキたちに僕は微笑みながら、カルラと並んでお酒を飲む。
七つ首のハイドラの討伐を終えた僕たちは、その日、予定通り最も近い町にとまることになった。
ここは天使の歌声亭。
エンキドゥの酒場とは異なり、特筆するような料理も酒もあるわけではなかったが、大きなクエストを終えた後の酒であるならば、何も問題はなく、僕は親友のリューキたちと共に、胸を張って安物の麦酒をのどの奥に流し込む。
「えへへへへへへ~かんぱ~い!」
今日は珍しくカルラも一緒であり、よほどこの小旅行が楽しかったのか、顔を赤く染めながらも、エンキドゥの酒場では考えられないほど次々にジョッキを空にしていく。
「おーおー!? 今日はよく飲むじゃねーかカルラ」
「ちょっと……大丈夫なのカルラ、アンタお酒そんなに強くないでしょうに」
「ウイル君がいるからだいじょうぶなのですよ~♪」
乾杯から数十分。
早くも酔いつぶれ気味のカルラであったが、皆の心配する声もつゆ知らずといった様子で、豪快にお酒を飲み続けている。
「あらら、随分とまぁお酒が進んでるみたいだけれども~……何かいいことでもあったのかい?」
「なーいしょ! でも、すこーし勇気が必要なのです!」
「勇気?」
僕はその言葉に首をかしげるが、ドリーは何かを悟ったように。
「それはそれは」
なんて意味深長な笑みを浮かべて僕を見やる。
はて、なんだろう……ハイドラよりも強い敵とエンカウントするという事なのだろうか……だとしたら泥酔していたらなお戦いにくいような気もするが……。
「おうエリシア! 珍しくペースが速いじゃねえか!? いいのか? また記憶ぶっ飛んで大変なことになるぞ!」
「いいのよいいのよ今日は! 全部忘れてついでにアンタの記憶もぶっ飛ばすんだから!」
「おもしれえ覚悟だ! 最後まで付き合ってやるぜ!」
「私も負けないのー! ほらウイル君も勝負勝負!」
「ちょっ、カルラ!? その二人に交じるのはまずいって! あと、僕がつぶれたら君一体どうするつもり!?」
「ふん、逃げるのかウイル……カルラ殿、私が買ったら一日デートをさせてもらいますよ」
「なっ!? おいフット! 一体何を言ってるんだい!」
「いいよー!」
「ちょっカルラ!?」
「本当ですかカルラ殿! いやっほーーう!」
「だって、ウイル君が負けるわけないもん! ウイル君は、最強なんだからー!」
「ふっふふふ! ですがウイルはすでに戦意喪失! つまりこれは私の不戦勝ということでカルラ殿とデートであんなことやこんなこと……」
フットの妄想に、僕は一度首を鳴らしてジョッキを机の上にたたきつけ、店主を呼びつける。
「この店の麦酒全部持ってこいマスター!! ジョッキなんかじゃなくて樽だ樽!!格の違いを見せてやるよフット!! カルラとデートだと、結婚だと! あんなことやこんなことやそんなことだとおおおぉ! 絶対阻止だ!!」
「た、樽って……え、正気ですか」
「大樽いっちょ―!」
店主も話が分かる人だったらしく、僕のオーダー通りに樽をもってぼくの椅子の隣に置く。
「むんっ!」
その口を僕は素手で殴りふたの部分を壊し、樽を持ち上げて一気に樽ごと飲みほしてみせる。
「ぷあー!」
「「「「おおおおおおおおおおおおおおお!?」」」
歓声が上がり、僕は高揚する思いを押さえながら、樽を床にたたきつけ破壊する。
一斉に上がる大拍手、この酒場にいる冒険者たちはもはや自分たちがしていた会話の内容など忘れ、僕に称賛の拍手を送っている……実に気持ちがいい。
だがまだまだこれからだ。
久々にやった樽下し……。
よく故郷のノスポール村で蒸留酒の樽飲み合戦を行ったものだが……やはり麦酒ではアルコールが足りず、満足に酔うことは出来ないようだ。
「うそん……」
「悪いけど僕は飲み比べでは負けたことが無いんだ」
歓声に包まれ、もはや言い逃れもリタイアもできない状況、青ざめた表情のフットであるが、僕はそんなフットに大樽を一つ用意する。
「グラスを引くかい? フット」
にやりと笑い、僕はフットをたきつける。
「えええぇい! 男フット! 意中の女性の前で生き恥など去らせられるかあああぁ! 見ていてくださいカルラ殿! 男フット! 今ここで男をあなたに見せつけて!」
「あ、ウイル君、はい、あーん」
「ちょっ、自分で食べられるからカルラ……」
「えへへー、食べさせてもらった方が美味しいって、リリムが言ってたよぉ~」
「聞いてねぇぞ、フット」
「ちくしょおおおおおおおおおぉ!?」
「ふっふふ……これは僕も潰れなきゃいけないパターンかな~?」
小さな小旅行……サリアたちと離れて初めて行った遠征クエストであったが。
カルラが珍しく羽目を外していることや、友人たちとのバカ騒ぎ……。
カルラの要望でやってきたわけだったが、カルラの願いを聞き届けて本当によかった。
そんなことを思いながら、僕たちは小さな酒場での一夜を過ごしていくのであった。
ちなみに余談だが、ドリーは大樽二つと大健闘をしたものの、最後には気絶と共に寺院へ救急搬送され、ドリーは熟睡。 最後にはウイルが店の麦酒をすべて飲みつくすという結果で終わったのであった。
◇
「いやぁ、さすがに少し飲みすぎたねぇ」
「ふあぁい……まだまだぁ、まっけませんよ~」
気持ちよさそうな声を上げながら、僕の背中で暴れるカルラ。
落とさないようにしっかりと僕はカルラの太ももを持ちながら、カルラをおぶって宿屋までの道を歩いて帰る。
リューキとエリシアは勝負がついていないという理由で、他の店に回ってしまっており、僕はカルラがこんな調子なため先に宿屋に戻ることにした。
「あぁっ!? リューキさん、それ私のお酒です! ダメです! アルコール度数が足りないんです!」
すっかりと酔いが回ってしまっているのか、夢の世界でまだ飲み比べを続けているらしい。
「ふっふふ……本当、よく笑うようになったよね、カルラ」
「そうですよぉ~! ウイル君は最強なんです~! きゃあー!」
「はっはは……ありがとう、でも……もうあんな飲み方したらダメだからね」
人の事を言えた義理ではないのは百も承知だが、僕は一切成立のしない会話でも、カルラが笑ってくれるのがうれしくてついつい返答をしてしまう。
「えっへへ~……みゅぅ~……」
可愛らしい声を漏らしながら、カルラは僕の背中におぶさった状態で暴れるのをやめて僕の首にその細い腕を巻き付ける。
こんな細腕で……僕を陰から守ってくれるカルラ……。
闇の中から助け出して、幸せにすると誓ったあの日から……僕はカルラを幸せにできているか時々不安になるが……今日のようにこうして笑ってくれていると……僕はそれだけで心が満たされるのを感じていく……。
【ごーん……ごーん】
……不意に遠くで、鐘の音が響く音が聞こえる。
深夜零時を告げる音であり、僕はその音で、日付が変わったことを理解した。
早く帰って、カルラを寝かしてあげないと。
そんなことを重い、僕は少しだけ歩く速さを上げると。
「えっへへ~……ウイルくん~」
不意に、背中のカルラが僕の名前を呼んだ。
「ん? なんだい」
「あーんして~」
「っふふ、まだ酔ってるの? もう、しょうがないこだっ……むぐぅ?」
不意にそうかわいらしくおねだりをするカルラに、僕はそう返答をすると、不意に口の中に優しく何かが押し込まれる。
それは口の中でとろけるように……甘い物。
ほんの少し、乾燥したナッツの様な香りと、どこか深みのあるそれは……。
「チョコレート?」
「えへへ……正解です、ウイル君」
酔っぱらっていたのは演技だったのか、カルラはどこか悪戯っぽく耳元でそう囁くと、はにかんでもう一つ僕の口の中にチョコレートを入れてくる。
「美味しいですか?」
「え、うん……すごい美味しいけど」
「よかった、手作りなんですよ……移動中、ばれないようにせっせこ作ったんです」
誇らしげに語るカルラに、僕は少し困惑しながらも、チョコレートを飲み込む。
「あ、ありがとうカルラ……でもどうして」
「知らないんですか? 今日はバレンタインデー……女の子が、大切な人にチョコレートを渡さなきゃいけない感謝の日なんです」
耳元で、そう囁くカルラに、僕は少しだけ心臓の鼓動を速める。
そういえば、リルガルムの伝統だかなんだかにそんなイベントがあったような気がしたけど……。
「みんなの前だと、サリアさんもティズさんもいるし……渡しにくいじゃないですか」
そう語るカルラに、僕は少し思案をして、気づく。
そういえば、このクエストに二人だけで参加をしたいと言い出したのはカルラだった。
「あ、もしかして二人だけでクエストを受けたいって言いだしたのって」
もしかして、こうして二人きりでチョコを渡すため……。
そう聞こうとしたが、こんないい雰囲気の時に、そんな無粋な言葉は似つかわしくないと……カルラはそっとチョコレートで僕の口を封じ。
僕への返答の代わりに、耳元で。
「……ええ、抜け駆けです……皆さんには、内緒ですよ」
そう妖しく僕の耳元でつぶやく。
やれやれ……ティズたちと一緒にいたせいか、カルラも抜け目のない性格になってきがする……。
まぁ、チョコレート一つを渡すのに、あれだけの大酒を飲んで酔っ払わないといけないという可愛らしさは、髪の毛がぼさぼさになるまで撫でまわしてあげたいくらい愛らしいのだが……。
「やれやれ、なるほどね。 これなら、僕が君にどんなお返しをしても誰にも邪魔をされないということだねぇ……ほんとう、悪い子だ……それで、お望みは何だい?」
お返しは三倍返し、一月後にもお返しはあるが、それはそれ、これはこれ。
こんなにも回りくどく、こんなにも用意周到に策をめぐらせた彼女への称賛と、少しの照れ隠しに僕はそう、カルラの望みを問うと。
「えへへ~……じゃあ、今日は一緒に寝てください……一人は、寂しいから」
そんな簡単な望みをカルラはこぼす。
とてもとても、幸せそうに。
「そうか、それでいいのなら……でもねカルラ」
「?」
「今夜のことは、みんなには、内緒だよ」




