40000PT突破記念・ コールオブチョコレート
「チョコレート……ですか?」
私は聞きなれない単語に首を傾げ、復唱をする。
「そ、チョコレートだよー! 明日は年に一度の女の子の一大イベント、バレンタインデーなんだからー、チョコが安売り……じゃなくて、好きな男の子に感謝を込めて、チョコレートをプレゼントしないと!」
「はぁ」
シオンとティズの三人で、珍しく立ち寄った喫茶店……。
本来ならば迷宮に潜り、迷宮探索を行っている時間である私達であったが、今日は偶然、マスターであるウイルにギルドから伝説の騎士としての緊急クエストが入り、カルラと共に一日荒野の町、カラカラスへと赴いているため、留守を任された私たちはすることもないので、シオン、ティズと共にこうして街をふらつき、目に留まった喫茶店でこうして無駄話に花を咲かせていた。
そんな中、目に留まったのは、喫茶店のメニューに掛かれているバレンタインデーの文字であり、聞いたことのないイベントに珍しく興味をそそられた私は、そのイベントのことをなんとなくシオンに尋ね……今に至る。
シオンの個人的な見解や、感情論、そして擬音がたくさん入り混じった説明はいつもの事であり、私はすっかりと聞きなれたそんなシオンの説明のノイズを取り除き、整理をする。
曰くバレンタインデーとは女性同士が戦う決戦の日であり、意中の相手に思いを伝える難易度を格段に下げてくれるイベントであるらしい。
シオンの説明に所々安売り、という言葉や、詰め放題という言葉が漏れていたことから、この時期、どこの店でも比較的容易にそのチョコレートというお菓子が手に入るのだろう。
シオンの魂胆は簡単に読み取れたが、その話を聞いて私はなるほどと思う。
このイベントは確かに、自らの意中の相手に思いを伝えるイベントでもあるが、同時に異性に対して日頃の感謝を伝えることもできるイベントであるということだ。
思えば、マスターに命を救われ、従者となってからというもの、私はマスターに世話になりっぱなしだ。
住む場所も、生きている意味も、強さも……彼から何もかもを与えられた。
従者として、マスターを一人前、いや世界にその名をとどろかせる冒険者にして見せるなど、初めは思っていたが。
結局、マスターはその才覚と気高さで、伝説の騎士フォースとしてその名をこの国では知らないほどの英雄となってしまった。
そう、私は何も今までマスターに恩を返せるようなことをしていないのだ。
だからこそ……せめてこういうところで、少しでも感謝を伝えられれば……。
私はそう思い、少しマスターの顔を思い浮かべる。
「あれ? もしかしてサリアちゃん、上げるつもり? ウイル君に」
「んなっ!? なんでわかったのですかシオン!」
「いや、顔に書いてあったから」
「あっ、えっと、その!? いや、違うんですよシオン、私は日ごろの感謝の気持ちを込めて、マスターにですね」
「やれやれ、子供じゃあるまいしそんなイベントに便乗したって、お菓子会社の陰謀に巻き込まれるだけじゃないの。 あぁやだやだ、乙女の恋する気持ちに付け込んで金儲けだなんて、シンプソンよりも質が悪いわ」
ティズは乗り気ではないようで、呆れたように深々とため息をついてティーカップを口につけると。
「え? じゃあ夜な夜なチョコレートづくりの練習してるのは何なのティズちん」
「ブーーーッ!?」
ティズは勢いよく口から紅茶を噴き出した。
「……ちょっと! なんでアンタ知ってんのよ!?」
「そりゃティズちんに静かに行動するなんて機能備わってないから―、カルランなんて気を遣ってティズちんの練習が終わるまでおトイレ我慢してたんだよ~」
「なんかすみませんでしたー!?」
「え、私、全然気が付きませんでした」
「サリアちゃんはすごい寝つきがいいからね」
「えっうそ!? 嘘ですよね」
「いやぁ、まぁ敵意に対して敏感なんだろうけれども、前にティズちんと一緒にいたずらで耳にあれ詰めた時も全然起きなくてつまらなかったし」
「あぁ、あれね……取れなくなったときは焦りはしたけれども、結局最後まで起きなかったわよね」
「あれ? あれって何ですか?」
「あれはあれだよー」
シオンは少し不気味な表情を浮かべてそういい、私は反射的に耳に触れる。
どうやらこれは詳しく聞かない方が幸せなようだ。
「とまぁ、サリアちゃんをからかうのは置いておいて」
「ん?」
そう私が「あれ」というものについて色々と思案をしていると、シオンは不意にティーカップを置いて一人立ち上がり。
「どうしたのよ」
「サリアちゃんも作るんでしょ? ウイル君にチョコ……せっかくだしみんなであげようよ」
にこにことしたいつもの笑顔でそう提案をするのであった。
◇
「重ねるは我が意思によりより編まれる栄光の盾……その身に降りかかる災いを防ぎ、祝福の鐘を鳴らせ! シールドオブアイアス!!」
魔法の詠唱を終え、魔力の奔流が流れ込み、僕、カルラ、そしてリューキたちに守りの加護が付与される。
「やっちゃいなさいリューキ!」
「おうさ!」
目に見えないがしかし確実に存在する魔法の盾。第六階位魔法 シールドオブアイアス。
その守りの加護を受けたうえで、リューキはエリシアの合図とともに、敵の前へと躍り出る。
【ぐりゅうあああああああああああああ!!】
咆哮と共に七つ首のハイドラが一斉にリューキへと食い掛る。
「ユニゾンスキル!」
七つの首がリューキに襲い掛かり、その牙がリューキに触れる瞬間リューキはそう叫び、その七つの首を迎撃する。
「わが身はこれ全て最高の守護!! 顕現し、友を守る盾となれ!」
七つの首すべてがリューキを襲い、その身を食いちぎらんと牙を立てる。
しかし、スキルの発動により、その身に襲い掛かる毒牙のことごとくがリューキに触れて
へし折れる。
【守り大楯!!】
怒号と共に、牙をへし折られた七つ首のハイドラは、悲鳴に近い叫び声をあげ怯み。
「次いでおまけに!!」
その手に握られた鉄の棒を振りかぶる。
神具・打神鞭。
リューキの持つ転生者特有のスキル~英雄の忘れ形見~より、異世界から取り寄せられた武器であり、見た目はただの鉄の棒だが、その威力は使うものが使えば神をも打ち滅ぼすと歌われる異世界の武器らしく、その武器をリューキはユニゾンスキルと共にハイドラへと叩き込む。
【勇者一閃!!】
その一撃はまさに神をも砕く破壊の一撃。
乾いた大地は亀裂を生み、クレーターを生み、七つの首はその一撃により同時につぶれちぎれ落ちる。
しかし。
【ぎゃああああああああああああああ!?】
「やっぱダメか」
ハイドラの首は、つぶれたところから再生し、一秒も立たずに元通りになり、何事もなかったかのようにリューキへと迫りくる。
「……やばっ、さすがにあの巨体は押さえらんねーぞエリシア!」
「大丈夫!! フット! 準備できた?」
「万端!」
リューキに変わるように現れたのは、ノームのフットであり、突進を仕掛けるハイドラの首に、鎖のついた弓を放つ。
「すべてをつなぎとめる咎の鎖……この矢群、己が罪と知れ!!」
じゃらりという音を響かせながら無数の矢はハイドラを射抜きつなぎ留める。
【縛龍の陣!】
「もって十秒! いけるか! フォース!」
声をかけられ、僕とカルラはようやく動く……。
何だろう、この共闘している感じ、個人個人がとても強くて連携など必要のないサリアたちとは違い、仲間と戦っている感じが半端ではない。
「行くぞカルラ!」
「はい、主様! フルスロットルアンドオーバーキルです!」
「どこで覚えたのそんな言葉!?」
「ガドックさんです!!」
カルラもどうやらノリノリであるらしく、鎖を引きちぎり始めたハイドラに向かって駆けていき。
【ぎゃあああああああああああああああ!】
「遅い!」
鎖を引きちぎり襲い掛かる首をいなしながらも、ハイドラの懐へともぐりこむ。
「わが拳我が破壊は激烈にして不動の一撃!」
【六花・覇王撃!!】
一撃……六枚の花弁が砕け、滴のように感想大地に舞い、その滴の中をハイドラが七つの大口全てから血をまき散らしながら宙を舞う。
「な、なんですとぉ!?」
うん、確かにこれだけの巨体が、カルラの様な小さな少女の一撃でここまで天高く吹き飛ばされるなんて想像すらできないだろう。
僕は予想通りの反応を見せたリューキの姿に一つうなずき。
螺旋剣を引き抜く。
「終末、ここに来れり……螺旋の鐘の音を聞きて祝福の消滅を受け入れよ!」
「うおおおぉ! かっけーー!」
「……そうかしら?」
リューキと共に考えたキメ台詞を唱え、螺旋剣ホイッパ―の一撃をすでに瀕死のハイドラに放つ。
【螺旋剣・ホイッパー!!】
螺旋を描いた一撃は、ハイドラの首をすべてねじ切り、同時にその身を貫く。
致命が発動したわけではないが、そのダメージが致死量であることはまず見間違えようはなく、僕の消滅の一撃のスキルにより、七つ首のハイドラはその場で消滅をする。
「敵、完全に沈黙! 主様、ミッションコンプリートです!」
「お疲れ、ウイル……じゃなかった、フォース!」
「誰もいないからウイルでいいよリューキ」
「そうか? しっかし相変わらずものすごい威力だな螺旋剣……空まで真っ二つだ」
上空を指さすリューキに僕は空を見上げると、確かに上空の雲が不自然にぱっくりと割れていた。
「……リューキの打神鞭だって似たようなものだろう? 破壊力がある攻撃をするときは、周りの被害も考えないとまずいよ?」
実際、リルガルム王城の外壁を破壊した僕が言うのだから間違いない。
「ただの荒れ地だからいーじゃねーかよ、こまけーなーウイル」
「そうやって油断してると、うっかり街を大破させちゃったりするんだぞ?」
「あぁ、リューキならやりかねないわねぇ……」
「うむ」
「やらねーよ!」
エリシアは苦笑を漏らしてリューキを小ばかにするようにそういい、リューキは子供の様にエリシアとフットに食って掛かる。
リューキに僕が伝説の騎士フォースであるとばれてから一か月……激動の妖精王との戦い、フェアリーゲームを終えてからというもの、僕とリューキは竹馬の友といっても過言ではないほど仲良くなっていた。
こうして、出張で討伐依頼の手伝いをしてもらうくらいには……。
「ウイルく~ん! ハイドラの素材はどうしますかぁ?」
そんな談笑をする中で、カルラは一人ハイドラの素材の剥ぎ取りを開始しており、大きく手を振って僕にそう問いかけてくる。
「あぁごめんごめん、取り合えず鱗と可食部だけ切り取って……牙は持てるだけ持って帰るってところかな」
「了解ですー!」
カルラは苦無を取り出して慣れた手つきでハイドラの鱗を剥いでいく。
どうやら冒険者業も随分と板についてきたようだ。
「……あぁ! カルラ殿! そんな雑用は私が、このフットが!」
また悪い虫がカルラへと走り寄ろうとし、僕はメイズイーターを構えるが。
「おめーは牙集めだフット……」
それよりも早く、フットはリューキによって首根っこを掴まれる。
「なっ!? 何をするリューキ! 私は、私はカルラ殿と!」
「お前の技、五秒も保たなかったじゃねーか、その罰だ」
「し、仕方ないだろう!? 弓だぞ! こちとらただの弓と矢であの化け物押さえつけたんだぞ!? いいではないか! 褒めろ! もっと褒められてもいいはずだ!?」
「その弓の出力だって私の魔法で底上げしてたじゃない」
「はうあ!?」
「なんだ、すごいのエリシアじゃん」
「ひどい!?」
フットの悲痛な声と同時に、みんなの笑い声が乾燥大地に響き渡る。
急なガドックからの遠征クエストであったが、リューキたちを呼んで正解だった。
そう僕は思いつつ、ハイドラの素材を剥ぎながら今日の祝勝会に思いをはせるのであった。




