245.桑葉雷神砲VSルシフェルリターン
「やるねティズちん! こうなったら私も究極奥義、桑葉雷神砲を使わざるをえない!」
「なんの! アンタが雷を操るならこっちにだって奥義があるわよ! 来なさいルシフェル!」
「マスター大変です! ティズが町中に最上級のアークデーモンロードを召喚しようとしてます!」
「うん、とりあえず放置で」
「降臨せよ天空の覇者! 大地に遍く驕り高ぶる有象無象に、紫電の咆哮と共にその威を示せ!! 桑葉雷神砲!!」
「なんの! 地に落ちし復讐者! いまだにその者を思うものよ、地よりは言い出て天に反逆の狼煙を上げよ!! すべては愛のため! ルシフェル・リターン!」
「し、シオンちゃん暴れないでぇ」
素材をギルドから受け取った僕たちは、勝負のつかないシオンとティズの首根っこをサ
リアとカルラに掴んで強制終了をさせてギルドからクリハバタイ商店へ向かうことにしたのだが、もはやなんで始まったのかすら忘却の彼方へと旅立った女の戦い()は未だに決着がつくことはないらしく、現在もティズはサリアに首根っこをつままれたまま、シオンはカルラに引き擦られながら、戦いの続きを行っている。
もちろん二人とも大声を張り上げるものだから、道行く人は気がふれた人間を見る様な表情で僕を生暖かい目で見つめてくる。
「ねぇーままあれなにしてるのー?」
「しっ……見ちゃいけません」
少し離れたところで、子供の手を引いてお母様が足早にその場から去っていく。
早くクリハバタイ商店につかないかなぁ……。
「マスター……なぜだかクリハバタイ商店が遠く感じます」
「奇遇だね、僕もだよ」
僕とサリアはそう二人して同時にため息を漏らし、人々の注目を浴びながら冒険者の道を歩く。
空を見上げるとあいにくの曇り空であり、そんな曇天の空の下を、僕たちは壊れたスピーカーよりも質の悪い二里により人々の注目を集めながら、ようやくやっとクリハバタイ商店まで到着する。
「いらっしゃいませー! あっ! ウイル君だ―! えへへ……今日はどんなご用事?」
すっかりと元通り……いや、むしろ一回り大きくなったクリハバタイ商店の扉を開けると、いつもと同じように、元気なリリムの声が響く。
先ほどまで、十年後に思い出して恥ずかしさで転げまわりそうな発言をし続けていたk
その様子は、ついこの前に瀕死の重傷を負ったなどとは感じさせない快活な声であり、僕はその様子に少し胸をなでおろして、リリムに笑いかける。
「こんにちはリリム、元気そうでよかったよ」
「体力とタフさが人狼族の取り柄だからね!」
リリムはそういうと、尻尾を揺らしてカウンターから身を乗り出して歯を見せて笑う。
その表情から強がりでも僕に気を遣っているわけでもない、真実を語っていることがうかがえる。
「それにしても、すっごいわねぇ……フードコートに外にテラスまで作るんだから……手加減してあげないといろんな店の人間が職を失うことになるわよ?」
流石に店の中では戦いは休戦したらしく、ティズはそう苦笑を漏らしてひらひらと新しくなったクリハバタイ商店の中を飛び回る。
立て直されたクリハバタイ商店は、先ほど同様に少しばかり敷地が広くなったり、外にテラスが出来たり、中にフードコートが出来たりとすっかりとサービス業は拡大していたが、内装は基本的にそのままである。
「違うよティズさん、焼き払われてお店がなくなっちゃった人たちは、そう立て直すお金なんてそうすぐに用意ができないでしょ? だからクリハバタイ商店で土地を買い取って、商店の中で営業が続けられるようにしたの! ほら、だって可哀想でしょ?」
「リリムさんのアイデアだったんですか?」
「うん! だって、お仕事ができないって不幸な事でしょ?」
すごいよこのワーカーホリック、みんなの為にやってるつもりがクリハバタイ商店を更に発展させてる。
「それを吸収合併っていうのよ……」
「きゅう? なにそれティズさん」
「何でもないわ……せっかくだから新しいお店を見てくるって言ったのよ」
ティズはあきれたような感心したような言葉を漏らすと、甘い匂いに連れられたのかふらふらと新しくできたフードコートのもとまで飛んでいく。
「あらら、ティズちんは相変わらずだね……」
「ええ、どんな時でも変わらない、それが彼女の良い所ですから」
「そうやって前向きにとってあげられるのはサリアだけだよ……そろそろ変わってほしいというのが素直な感想」
「ふふふ……本当に仲良しなんだから。 すこし羨ましいよ……さて、それで今日はどうするのかな? ウイル君」
「ええ、やっと落ち着いたんでね、王都襲撃の時に手に入れた素材を売りに来たんですよ」
「あぁ、そうだったそうだった……じゃあ、いつも通り鑑定させてもらうね」
「お願いします」
そういって僕は、リリムに渡すのであった。
◇
「では、金貨一万枚になりますね……これはちょっとすぐには用意できないから、小切手にして国の大銀行で換金してもらうって形になるけどいいかな」
鑑定が終わり、リリムさんは一呼吸を置くと、少しだけはにかんでそうあっけからんと僕たちに言い放つ。
「そうですか、一万ですか……」
フォッグフロッグの時とは異なり、サリアの言葉は淡々としているように聞こえるが、その目は放心状態である。
それはそうだ……金貨一万枚といったら、それこそ城が立つ。
「えと……リリムっち……確か、ブラックタイタンの心臓と、エンシェントドラゴンの外皮って、どっちも相場金貨千枚だったと思うんだけど……なんで十倍?」
シオンも珍しくふざけることができないらしく、あまりの大金が表示されたことにほほをつねりながらそうリリムに問いかける。
「ええと、内訳としてはブラックタイタンの心臓は金貨千枚なんだけどね、これ、エンシェントドラゴンの爪と牙……あと、鱗なんだけど……」
そう言うと、リリムさんはいきなりその鱗を爪を立てて傷をつける。
「あっ!? ちょっ……リリムちゃん!?」
エンシェントドラゴンの価値を知っているのか、カルラはリリムの行動に慌てたように声を上げるが。
「ほら、これ見て」
リリムは傷つけた鱗を僕たちに見せる……と。
「うそ……」
煙を上げて、その一枚の鱗は傷を修復する。
「割っても同じ」
ついでに、リリムはその鱗を一度割って、そっとくっつけると。
手品のように鱗はまたも修復をしてしまう。
「え、エンシェントドラゴンってこんなスキルを持っていましたっけ?」
「いいえ……臭いからして膨大な魔力を感じるの……恐らくこれは、フランクの魔法ね」
王都襲撃時、フランクがエンシェントドラゴンにかけた魔法、地獄遊戯。
蘇生と再生を常に繰り返すという恐ろしい魔法であったが……まさか対象が消滅した後でもその体に効果が滞留するほど強力だとは……。
「完全に切り離しちゃえば、そこから増える……まではいかないみたいだけれども、こうやって傷くらいならばすぐにふさがっちゃうの……さらには、エンシェントドラゴンの鱗は防具としては最高級の素材よ……この回復力だから、加工するのは少し大変かもだけど、きっと装備としては恐ろしいものが出来上がりそう……きっと各国の鍛冶師はのどから手が出る勢いでこの素材を求めるはずよ……オークションにかければそうね……国が威信をかけて国家予算一年分平気で出すんじゃないかしら……痛みを自動修復するエンシェントドラゴンの、しかも地獄道化フランクの魔法がかけられているなんて……世界中探してもこれだけだろうしね」
……ちゃっかりなんつーものを手に入れているのだろう……僕。
「もうここまでくると、幸運でなんでもありですね、マスター」
サリアは少し嬉しそうな、呆れたような言葉を発する。
「……言わないでくれよ、サリア」
それに対して僕はやれやれとため息をついて、とりあえずクラミスの羊皮紙にサインをしたのち、小切手を受け取る手続きを始める。
「リルガルム大銀行じゃないと、これだけの金貨は受取れないから……気を付けてね。 有効期限は存在しないから、懐に忍ばせておいてもいいから……クラミスの羊皮紙があるから無くしちゃっても受取れない―てことにはならないけど、再発行手続きがすごい面倒くさいから、早めに換金しちゃってね」
「ありがとう……リリム」
「いえいえ、鍛冶師として最高の素材を貰ったんだもの……あ、でも感謝の印ってことで、またデートに誘ってくれると嬉しいな!」
「ぜひ、喜んで」
「本当!? おねだりもしてみるもんだね! うん、わかったよ! いつでもシフト開けられるように店長に話しておくから!! 絶対、絶対だからね!」
「もちろんですよ!」
リリムの笑顔に、僕は自分でもわかるくらいに鼻の下を伸ばし、ティズのいない間にリリムとデートでどこを回ろうかとデートコースを夢想する。
「……マスター……ていっ」
そんなだらしのない表情にあきれたのか、サリアが小脇を肘で小突く。
サリアにとっては軽く小突いた程度だったのだろうが……。
「う゛……」
あまりの衝撃に、僕はその場でしばらく蹲ることになるのであった。