244.迷宮十階層のグルメ
「それで日程は? 日程はいつにするのですガドック」
「き、気になります!」
この空気の中で盛り上がりに欠ける僕は空気が読めないのか否かはわからないが、取り合えずカルラとサリアは瞳を輝かせてガドックに詰め寄り、日取りを聞き出す。
「そうだなぁ、ある程度の日にちは押さえてあるが、かなりの大人数にもなる……時期は一月先…いや、夏ごろになってしまう可能性もあるなぁ」
「夏……思ったよりも先に延ばされましたね」
「あぁ、イベントの警備や誘導は王国騎士団と提携して行うことに決まったんだが、どうにも王国騎士団が忙しいらしくてな」
「忙しい?」
「戦争でも始まるという事ですか?」
「この二週間で、王国会議に二回こっそり出席しましたけど、そんな話は出てませんでしたよ? レオンハルトさんはたまたま出席してませんでしたけど、外交大臣の頭の中にもとくにはなにも」
「そうなの? じゃあなんで……ん?」
何かカルラからおかしなセリフが聞こえたようなセリフが聞こえたような。
「では、王国騎士団内だけで共有されてること……近隣に大型魔物でも現れたのでしょうか? 迷宮以外の任務はなかなかギルドには降りてこないと聞きますし」
「ん~、どうにもそうじゃなさそうなんだよなぁ……やはりお前らも何も聞かされてねーのか……噂じゃ、レオンハルトが迷宮を出入りしてるって話も出てるんだが……レオンハルトから伝説の騎士は何も聞いてないか?」
「レオンハルトさんが?」
サリアとカルラはいっせいに僕の方を見やるが、僕は首を左右に振るう。
「そうか……」
僕たちはその言葉に一瞬首をかしげる。
王国騎士団は迷宮攻略を諦め、王国騎士団の代わりにギルドを雇ってアンドリューの討伐を行っているのが現状だ。
その王国騎士団が、なぜ迷宮の調査をしているのだろうか。
しかも、大臣や会議で議題にあげることはなく、さらにはレオンハルトが単独で迷宮に潜っているとなると、なにやら僕は少しばかり不安を覚える。
「……何があったんだろう」
「まぁしかし、他の冒険者からは特に迷宮の異常は報告がありませんし、さして私たちが気にすることでもないのでは?」
「め、迷宮に何か変化があれば……わ、私が分かります! だ、だから安心して、ウイル君」
サリアとカルラはそう珍しく楽観的な発言をし僕も一つうなずく。
レオンハルトの同行は気になるが、逆に考えればレオンハルトが単独で動いても問題はないということだ。
こちらにはサリアもシオンもカルラもいるため、危険は恐らく少ないだろう。
何か問題や違和感が発生したらとりあえずは触れないで置いて、レオンハルトに伝説の騎士としてレオンハルトを問いただす……という方向で考えておけば間違いはないはずだ。
「お前さんらなら何か知ってると思ったんだが……伝説の騎士に声をかけないとなると大した用事じゃねえのかもな、大方ロバートが魔物の肉でも食べたいとか言い出したんじゃねえかな」
「まぁハッピーラビットのお肉は美味しいですし……」
「よ、よくオーバーロードさんは、腰痛に効くからとマンドラゴラを煎じて食べてますよ?」
「え、何? アンドリュー達って迷宮の魔物で自給自足してるの?」
「え、あ、はい……基本的には九階層十階層は、幹部の居住区ですから……その、十階には東洋の五色神牛牧場や、九階層では麒麟……十階層には黒麒麟も育ててます」
「黒麒麟って……もうおとぎ話の世界じゃねえか……アンドリューの迷宮の地下はそんな化け物みたいなことになってんのか?」
東の国で神聖とされる魔物、麒麟……数が少なく、見ることもめったにないと言われるその魔物であるが、そんなキリンが一万分の一の確率で産むとされているのが黒麒麟だ。
黒き雷をまとい、魔力・力・素早さのバランスに優れ、黒麒麟にまたがることのできたものはみな例外なく英雄として歴史に残ることとなる。
その黒き毛は、高濃度の魔力を帯びているが故の色であり、その体毛はあらゆる魔法に耐えうることができるとされている……そんなスーパー生物黒麒麟であるが……。
「どれも神話の生物じゃないか……アンドリュー達はそんなものを毎日食べてるの?」
「オーバーロードさんは迷宮の維持の為に多大なる魔力を必要としていますから……迷宮内に滞留している魔力だけでは補いきれないんです……だからこそ霊獣から直接魔力を補充する必要があるんです……あぁ、もちろんお肉が食べられない幹部もいますよ? そう言った方のためにはちゃんと、黄金のリンゴや、マンドラゴラなどの魔力のたかい食材も栽培しています」
「サリア、そうなの?」
この中で、迷宮奥深くに潜ったことのあるのはサリアだけのため、そう聞いてみると。
「……あぁ、一度黒麒麟20体に囲まれてなんでこんなにいるんだろうと不思議に思ったことがあったんですけれども、あれ、食用だったんですね」
サリアの話から、どうやら迷宮十階層はかなり魔境のようだ……。
僕はまだ先のことだが、その光景を想像してぞっとする。
その光景もそうだが、なによりそんな事態に出くわしたのにさほど苦戦をしなかったと予想させるサリアの異常さにだ。
「まぁ、迷宮のグルメ何ざは知ったこっちゃねえが、おおよそ人間の入り込めるところじゃねえってことは理解できたわ、サリア、お前本当に化物なんだな」
ガドックはカルラの話にひえぇと小さく悲鳴を漏らしてそうため息をつく。
「……むぅ」
サリアはそんなガドックの発言に少し不服そうに声を漏らすが、特に反論が出なかったのか大人しくほほだけを少しふくらませる。
「やれやれ、話が脱線しちゃったね……それで話は戻るけれども、握手会が先の話になるのだとして、僕たちはその日にちが来るまではこちらで平常通りに動いていいのかい?」
「ん? あぁもちろんだ……ギルド専属契約っつったってギルドの奴隷になるわけじゃあねえ、本当に困った時とか、ギルドの威信にかかわる問題が出てきたときは出ばって活躍をしてもらうつもりだが、それ以外の時はいつも通りに生活をしてくれて構わねぇぜ?」
「そう、じゃあ今はそのときじゃないから、普通に生活をしていても構わないんだね? ガドック」
「あぁ……あー……そうか」
「何か?」
一度思い出したかのようにガドックは考える様な素振りを見せた後にそう呟き。
サリアはその反応が気になったのか、ガドックに質問を投げかける。;
しかし。
「いや、やっぱ何でもないわ。 忘れてくれ……大したことじゃねーよ」
ガドックはそう一人嘆息を漏らし、忘れてくれと両手を振るう。
「……なにか……」
あったの?
そう聞こうと僕は口を開こうとするが。
「てんちょ~、持ってきましたよー」
その声はちょうど報酬を持ってきたギルドエンキドゥのウエイトレスの女の子の声によりかき消されてしまうのであった。
 




