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240.吟遊詩人・ドリー

「……おししょう?」


その場にいた全員が目を丸くする。


確かに、飲み会の席とかで師匠がいるという話はちらほらと聞いていたが……。


どんな見た目なのかも男だというのも聞いていなかった。


しかし。


「……君は、私のことを知っているのかい?」


何やら相手はシオンのことを知らない……というよりも訳ありのようで、彼のことを師匠と呼んだシオンへ、そのリュートを持った男は興味を持ったのか、身を乗り出してシオンに迫る。


「何言ってるの~! おししょー! 私だよ! シオンだよ~! 忘れちゃったの?」


「すまないね、あいにく」


「そんなー!? おししょーの服に放火したり! おししょーが寝ている間におししょーの魔法の本に呪いかけたりして何度も生死の境をさまよわせたいたずらっ子のシオンだよ~!?」


「おや、ここってもしかして私、貴方に殴り掛かる場面でした?」


シオンの告白したえげつない過去に、その男性も少し引き気味に突っ込みを入れる。


「そんな~!? っていうかおししょーなんか変わった? 雰囲気も違うし」


シオンは今更師匠と呼ぶ人物の異変に気が付いたのか、きょとんとした表情でそう問いかけると。


白い髪の男性は一つ苦笑を漏らすと。


「ええ、現在私は記憶喪失という奴でしてねぇ」


「記憶喪失?」


「はい、目が覚めたのは迷宮五階層なのですが……どうやら私、忘却の罠の上で気絶をしてしまっていたらしくて、記憶が全くないのですよ」


忘却の罠とは、一時的に記憶を抹消し、使用できる魔法を著しく減少させる罠である。


通常ならば一時的な記憶の混濁程度ですむのだが、長時間その罠の上に立ち続けると、その記憶の減少具合も大きくなるという、時間経過で効果が大きくなる罠である。


しかし、通常であればその罠の上に長い間とどまるということは珍しく、一時的に魔法が使えなくなるというペナルティを負う程度の罠なのだが……。


「あの罠の上で眠るなんて……あんたきっと一生記憶残らないわよ?」


そのうえで気絶……そして居眠りまでしてしまったとなっては記憶はもはや戻るかどうかは妖しいラインであり、ティズは気の毒そうな難しい表情をする。


昔、ルーピーという男性が忘却罠の上で酔いつぶれて記憶をすべて失ったという笑い話を聞いたことがあるが……。


今はどうやら笑える状況ではなさそうだ。


「ええー!? 記憶喪失―!? 私のことはもちろん覚えてるよねー!」


「いや、だからシオン、君のことも含めて記憶喪失なんだって」


「そんなぁ~! ちょっと、おししょー! 私まだ最終奥義教えてもらってないんだよー!どうしてくれるの!! 待ってて! 今記憶を引っ張り出してあげるから! とあーー!」


驚いた様子のシオンは何をトチ狂ったのか、拳を振り上げて目前の吟遊詩人に殴り掛かり、僕は慌ててそれを止める。


「ちょっ!? シオン落ち着いて! 彼の頭は今デリケートなんだから!」


「きっとたたけば治るよ! 右斜め四十五度からこうスパーンってやれば! サリアちゃん手伝って!」


「叩くということは……手刀で大丈夫ですか?」


「おっけー!」


「あれ? もしかして私死ぬんですかね?」


「いいわけないだろう!! カルラ、取り押さえて!」


「は、はい! 確保―!」


こんな細身の人にサリアの手刀なんて叩き込んだら最悪首が飛ぶ。


僕は二人を止めるために、カルラに手伝ってもらって二人を拘束し、目前のリュートの男性の命を救う。


「おやおや、何やら命を助けられた展開みたいですねぇ。ありがとうございます」


どうやら、彼も己が身に降りかかろうとしていた災厄を察していたらしく、僕に一つ礼を言うと取り押さえられているシオンのもとまで向かう。


「……シオンさん……といいましたっけ? ごめんなさいね、貴方のことを思い出せなくて……きっと傷ついたでしょう……そんな傷つけてしまったあなたにこんなお願いをするのは申し訳ないのですが……私は一体誰なのでしょうか? 教えていただけませんか?」


柔らかい笑顔とともに、男はそう取り押さえられたシオンにそういうと。


「………おししょー……」


シオンは、とても寂しそうな表情をした……そこにはどんな思いがあるのか……彼とシオンはどんな関係なのか……その胸中を僕は知ることができないが……それでも、シオンの今にも泣きだしてしまいそうなその表情は、しばらく僕の頭の中に残り続けることになる。



「なんだ……アンタらこいつら知り合いなのか?」


そんなやり取りをしていると、カウンターの方から精悍な声が響き、振り返るとそこにはオリハルコンの鎧と赤いマフラーに身を包んだ冒険者が立っていた。


「意外と早く知り合いが見つかったわね……一時はどうなることかと思ったけど」


「…………しかし、記憶喪失……」


続けて現れるのは、黒い魔法使いの帽子をかぶった黒いローブ姿のエルフのアークメイジと、緑の盗賊衣装に身を包んだノーム。


彼らはどうやらパーティーらしく、安堵と不安げな表情を入り混じらせたような表情をする。


「……えと……貴方達は……どなたですか?」


サリアは少し警戒をするようにその冒険者たちに向かって問いかけると。


「たはー……」


鎧の戦士は顔に手を当ててため息を漏らす。


「??」


「正直、一緒に戦った中なのに忘れられていると精神的に来るぜ、聖騎士サリア」


「まぁ、私達あっさりやられてたからね……その他諸々と一緒にされても仕方ないけど……」


「無念……」


「へっ!? 嘘っ……一体いつ……ご、ごめんなさい」


悔しそうな表情をして本気で落ち込む三人に、サリアは本気で思い出せないのだろう、慌てた表情で謝罪をし。


「あっ! フランクにあっさりやられてた冒険者だ―! 元気してたー? 喉笛で一撃だったもんねー」


「ごふっ!?」


その直後にシオンがとどめを刺した。


「え、えと、彼らがS級冒険者パーティーの一つ……転生勇者リューキさんのパーティーです 」


とりあえず事情が呑み込めない僕に、カルラはそっと耳打ちをしてくれる。


「転生勇者?」


「ええ、うわさでは、大神クレイドルが異世界から連れてきた伝説の勇者といわれています……本当かどうかは知らないですけれども、確かにこの世界にはない、スキルチェンジャーというユニークスキルを保有している……スキルホルダーです……すごいんです」


「へぇ」


「それで? なんでこの場面でS級冒険者様が出てくるのかしら?」


「それはだねぇ、彼らが迷宮五階層で目覚めてさまよっていた僕を助けてくれたからだよぉ」


男性はそう笑うと、ゆっくりとした足取りで三人のパーティーの所まで歩いていき微笑む。


「そうだったんだ~……」


「助けてギルドまで連れ帰ったは良いが、身寄りがないっつーからな……助けちまった手前、放っておくことも出来ねぇし……こうやってギルドでリュートを引かせて知り合いを探してたってわけなんだが」


恐らく冒険者リューキと思しき男性は、そう頭を掻きながらそういう。


「どうせならお仲間が見つかればよかったんだがな、その様子じゃ久しぶりの再会って奴みたいだな」


「そうだねー、おししょーに合うのは200年ぶり~」


「にひゃっ……そりゃ随分と長い年月だことで……っていうかお前、そんな年齢なのか? 見た目17くらいにしか見えないけど」


「さぁ……わかりません」


「だよな……聞いた俺がバカだった……しかし、二百年前の友人じゃあ……少し記憶の復旧は難しいだろうなぁ?」


「見た目は人間のようですが……シオン、貴方の師匠も長生きをする種族だったのですか?」


「ん~……覚えてないけど、違ったと思うよ~」


「……何よアンタ、それじゃ別人じゃないの」


「お孫さんとか子孫の可能性もあるってことだよな」


「……そうなのかなー……確かに雰囲気は違うような」


「それじゃあ、アンタらに任せてはいそれまでってわけにもいかねぇなぁ……」


「もうちょっと最近の仲間を探さないとだめかもねぇ」


エルフの少女の言葉に、勇者リューキは一つ考える様な素振りを見せる。


「まぁ、こいつをどうするかは後々考えるとして、シオン……この際こいつの爺さんでも何でもいいから、アンタの知り合いの名前はなんていうんだ? いつまでもリュートとか白髪とかじゃかわいそうだしな」


「可愛そうだと思うならせめてもう少しましなあだ名をつけてくださいよリューキさん」


「めんどい」


「ひどい!?」


最近救出したと言いつつも、なぜかリュートを引く男性の表情はほころんでおり、僕はこの白髪の男性がこの冒険者のパーティーに打ち解けているのだということを理解する。


「……そっか……おししょー(仮)、自分の名前も分からないんだねー」


「そうなんです……良ければその人の名前を教えていただけません? シオンさん、もしかしたら何かを思い出すかもしれないので」


「なんだかこそばゆい呼ばれ方だけど仕方ないねぇ……おししょーの名前はドリー……ドリーだよ~」


シオンは一瞬、迷うような素振りを見せたが、すぐに一つうなずいて、そういうのであった。


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