239.ギルドと吟遊詩人
「そ、そういえば私、冒険者ギルドに入るの初めてです」
気が付けば大所帯となりつつある僕のパーティー。
美女三人とおまけに囲まれて、僕はエンキドゥの酒場へと向かう。
「そういえばそうですね」
「安心してよー、みーんないい人ばっかりだからー!」
「でも、どうするのよ? この子のギルド登録もするんでしょうけど、この子住所不定なうえにアンドリュー軍幹部って恐ろしい経歴まであるわよ? 住民登録どころか、国営の機関に何て顔を出したら最悪逮捕されるんじゃない?」
「た、たい!?」
顔を青ざめさせてティズのセリフにカルラが不安げに僕を見つめる。
確かに、カルラは元アンドリュー軍幹部であり、この前の王都襲撃の実行犯である。
冒険者登録はそこまで決まりの厳しいものではないとはいえ、公的機関の発行した証明書が必要となる……普通の人間ならばまだしも、カルラにとってはそれは大きな障害となる。
だが。
「まぁ、そこは心配しなくてもいいよ……ちょろっとレオンハルトに作ってもらったから……」
「え?」
僕はそう安心させるように青ざめるカルラの頭を撫でて、一枚の羊皮紙を渡す。
そこには。
「……王都リルガルム特別永住許可証?」
レオンハルトの肉球印が押された見るからに高級な羊皮紙、そこにはカルラGラビリンスの名前と顔写真がきちんと添付されており。
「……この者の、王都リルガルムの永住を許可し、これを証明とする……ですって」
「こんな制度、リルガルムにあったんですね……」
「いや、ないよ?」
「はい?」
僕の発言にサリアは首をかしげて問い返す。
しかし、これはレオンハルトに伝説の騎士として無理やり頼み込んで作ってもらったものである。
「……もともと王都リルガルムは来るもの拒まずが基本だからね、カルラみたいな特別な事情があったり犯罪経歴がない限りは、簡単に住民票は発行する……それがこの国の基本だからね……そもそも永住権なんて必要ないし」
「じゃあ、これは」
「カルラの為だけに作ってもらったんだよ……アンドリューの元幹部に市民権を与えるのは法律上難しいけれども、永住権の発行だけならレオンハルトの独断でも許可されているっていうから……」
「……あのおっさん……人が良すぎでしょう」
ティズがため息を一つ漏らし、呆れたようにつぶやく。
しかし、カルラはそんな特別永住許可証をしばらく眺めた後。
「あ、ありがとうございますウイル君……」
嬉しそうに羊皮紙を抱きしめてはにかむ。
「まぁ、必要なものだからね……とりあえず、これで晴れて君も僕のパーティーの一員だ」
「はい!」
「たのもしーねー!」
「ええ、カルラはとても強いですから……戦力も大幅に強化されることでしょう」
「え……えへへへ……期待に応えられるように精一杯頑張ります!」
両手でガッツポーズをとり、やる気に満ち溢れるカルラに、僕たちは微笑む。
本当は、つらい思いと痛い思いばかりしてきた彼女を、また戦いの世界に赴かせるのはいかがなものかと思ったりもしたのだが。
彼女たっての希望と、僕たちと離れたらまた一人になってしまう恐れがあるという点から、カルラをサリアと同じ最前線に立たせることを決めたのだが……今のカルラを見ていると、その判断は間違いではなかったことがわかる。
僕はほっと胸をなでおろし、他の仲間たちに視線を向けると、皆が皆同じように微笑んで首を縦に振った。
「早くお役に立ちたいです!」
カルラはいたって上機嫌……。
僕たちはそんなカルラと、他愛のない会話を楽しみながらエンキドゥの酒場へと歩いていく。
「さて、つきましたね」
「いつもより早く感じたね~」
「あら? なんか新しくなったかしら?」
いつも通り、迷宮へ続く関所の近くに存在するエンキドゥの酒場……しかし、その外装が少しばかり変わっており、中を見てみるとフローリングからカウンターまで雰囲気はそのままに全く新しくリフォームされていた。
「迷宮教会に襲われたって言ってたからね……」
「あぁ、そういえば、宴会もエンキドゥの酒場が壊されてしまったから、クリハバタイ商店でやったんでしたっけ」
「そうだったね」
僕たちは中へと進むと、客層は全く変わる様子はなく、どことなく人が増えた印象を覚える。
「なんか、活気が出たような気がするんだけど……気の所為かな?」
夜は確かに大盛況のこの酒場だが、昼間はこんなにも人が集まっていることなんてなかったような……。
「気のせいではないみたいですよ?」
「へ?」
そう、サリアは微笑みながらそう笑い、とある冒険者の一団へと目をやり、僕もそれにつられてその冒険者をみやると……。
「見ろよこれ、魔王の鎧だぜ!? 伝説の騎士に見える?」
「なによそれ、ただ単にフルプレート黒く染めただけじゃない……格好良さや威厳どころか薄っぺらさが増してるわよ?」
「ひでぇ!?」
「あんたみたいなレベル六程度の貧弱冒険者が、伝説の騎士さまの真似事をしようってーのがおこがましいのよ!」
「お前だって、聖騎士サリアの真似して、クレイドル教会の聖衣金貨二枚も払って買ったくせに……」
「なんあななななな!? 何で知ってるのよアンタ!」
若い冒険者の男女の会話の一部分を僕たちは盗み聞き、少しばかり気恥ずかしくなる。
「すごい人気だよね~伝説の騎士」
「す、少し情報収集をしたんですけれども、伝説の騎士フォースのギルドエンキドゥ専属契約のおかげで、各地のS級冒険者が数パーティー、このリルガルムに活動拠点を移したのを確認しました……それに乗じて、各地の冒険者も続々と……」
「あんた、たまにふらっといなくなると思ったら、そんなこと調べてたの? カルラ」
「お、お役に立てるかと思って……忍の武器は情報なんです」
「しかし、S級冒険者も一目を置くとは、さすがですねマスター」
「あったりまえじゃない!! ウイルはもはや最強の冒険者なのよ!」
「ちょっとティズちん! しー! しーー!」
調子に乗って伝説の騎士と僕がつながってしまいそうな発言をするティズをシオンは慌てて抑え込み、僕とサリアはそんな光景をみて苦笑を漏らしあい、ガドックのいるカウンターにむかい、人をかき分けて奥へと進んでいくと……。
ぽろん……と何かの弦をはじくような音が聞こえ、同時にその音の聞こえる方に人だかりができているのが見える。
「……何よ、リフォームと同時に吟遊詩人でも雇ったのかしら?」
ティズはそうつぶやくと、その音に釣られるようにふらふらと飛んでいき。
「わ~、この音リュートだね……懐かし~」
それに続くようにシオンもティズの跡を追いかける。
「僕たちも行こうか」
「ええ」
「は、はい!」
エンキドゥの酒場の奥にある、日の当たる窓際。
その角からリュートの音が響き渡り、その音色に導かれるように冒険者たちは集い、その魅惑的な音に心を奪われる。
「不思議な音色ですね」
「き、綺麗な音です」
人込みに紛れて引いている人物はよく見えないが、白い長い白髪であることだけは見て取れた。
「誰が引いてるのかなー?」
シオンは飛んだり跳ねたりしながら、その引いている人物の顔を見ようと必死になるが、
悲しきかな、身長が圧倒的に足りておらず。
「むー!」
その事実に業を煮やしたのか、シオンは強行突破といわんばかりに冒険者たちの間に顔を突っ込み、その演奏者の顔を拝みに行く。
「……シオン……本当にフリーダムですね」
「喧嘩にならなきゃいいけど」
僕はそんなシオンにため息を漏らし、頭だけ突っ込んで足をばたつかせているシオンが火柱を上げるよりも早く彼女を連れ戻そうとすこしいそいでシオンへと向かう……。
と。
「聖騎士サリアだ……」
「サリアがいるぞ……ということは伝説の騎士も」
「いや、それよりもこのちんちくりん……よく見たらアークメイジのシオンじゃ……」
サリアの登場に、人々は伝説の騎士の姿を探し始め、僕たちに皆が道を譲ってくれ、シオンは急に支えを失ってそのまま床にダイブをする。
「えぶっ!?」
「ちょっとシオン……大丈夫?」
「だ……大丈夫……ちょっと目にゴミ入ったよ~」
「まったく、本当にマイペースなんだから」
そう呆れながら僕はシオンを立ち上がらせると。
「やあやあ……君たちが風のうわさに聞く冒険者、伝説の騎士フォースのパーティーかい?」
いつの間にかリュートの演奏はやんでおり、恐らくその演奏者であろう人間から僕たちは声をかけられる。
「え、えと……そうですが……」
演奏を中断させてしまったことに対して苦言を呈されるのかと僕は少し身構えて返答をすると。
「ひょっとして僕の事……君たち知ってたりしないかな……」
「はい?」
投げかけられる変な質問。
それに僕は一瞬首を傾げ、その質問を投げかけてきたリュート演奏者を僕は見やる。
その髪は白く長く……顔は女性かと見間違いってしまいそうなほど優しい柔和な顔立ち。
細く、今にも折れてしまいそうなその姿はたとえるならば百合の花であり、白いゆったりとした服を男は着て、リュートを大事そうに抱えている。
「えと……」
当然のように面識はなく、僕はその質問の意図が読み取れずに首をかしげていると……。
「やっぱり、知らないみたいだね」
残念そうにうつむき、男はやれやれとリュートの弦に指をかける。
「め、目のゴミとれた? シオンちゃん」
「うん。 なんとかとれたよー……って……ありゃ?」
先ほどまで目に入ったごみと格闘していたシオンが顔を上げ……その男を見やると、一瞬きょとんとしたような顔をしたのち。
「おししょー? なんでここに?」
そんなことをつぶやいたのであった。




