プロローグ 赤い花嫁
「おししょー!! 大変だよ大変だよー!」
寒い季節。
それが冬と呼ばれるものと知ったのはつい最近の話であり、私は日に日に肌を刺すような冷たい風に吹かれながら、今日初めて見て知った不思議な現象を、お師匠に伝えに行く。
「はいはい、どうしたんだい? またウオーターリッカーの巣にでも飛び込んじゃったのかなぁ?」
「違うよ! ちがうよー! これ見てほら!おししょーには見えないの!? ほらこれ! 空から、冷たい灰が降って来てるのー! 火事だよ火事!」
今日の発見は空から降りしきる無数の灰。
振れると少しざらざらしていて、握りしめると水へと変わってしまうその不思議な灰。
しかし、火のない所に灰舞わず。 どこかで火事が起こっていて一大事なはずなのに
ヴェリウス村の人々はみんな必死になって火事を知らせる私の頭を笑顔で撫でるだけで、火事を消そうとしてはくれない。
だからこうして、おししょーの元を訪れたのであった。
しかし。
「灰? あっ……はっははは……そうかそうか……君は暑いところから来たんだったもんねぇ……」
おししょーの反応も他の村の人々と同じものであり、私は抵抗する術もなく頭を撫でられる。
「お、おししょーまで! 火事だよ火事!」
私は必至になってことの重大性を伝えようとするが、おししょーは私を抱き上げてそっと一つ積もった灰を拾い上げる。
「いいかいシオン……これはねぇ、雪って言うんだぁ。 だからどこも火事は起きてない。安心してぇいいんだよぉ」
「ゆき?」
聞いたこともない単語に私は首をかしげる。
「んーと。 雪っていうのはね、今日みたいにさむーい日にこうやって空から降ってくるものなんだ。 ほら」
「つめたっ!」
渡された灰の塊は、氷を握っているかのように冷たく、冷たいものが苦手な私はすぐさまそれを捨てる。
「わかっただろう? シオン、これが、雪だ」
「う~……わかったけど、冷たいの嫌いだよー」
「はっはっは、さすがは炎熱魔導士……ふつうは子供は雪を見たら喜んで走り回るものなんだけどねぇ」
「寒いの嫌いだよー」
冷たいものは嫌い……寒いのも嫌い。
炎のようにあったかいものが私は好きなのだ。
そう、私は空から降り積もるゆきというものに対し不貞腐れて見せる。
すると、おししょーは一つ笑みをこぼし。
「ふっふっふ、……それもそうだよね……だってシオンは……」
瞬間……世界が腐って死んだ沼地に変わる。
雪も村も……何もかもが腐り堕ち、焼き尽くされた……死んでしまった土地。
おししょーはそんな泥にまみれながら……いや、体の内側からその泥を吐き出し続けながらも、愉快そうに不気味な満面の笑みと、真黒に染まった眼を見開きながら。
「コウイウ……世界 ガ……好キナンダモノネェ」
私の罪を……突きつけた。
◇
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ」
目を覚まし飛び上がるように体を起こすとそこは、クレイドル寺院に用意された私たちの部屋……。
「ぐがーーーー……ぐごおおーーー」
ティズちんのいびきが響き渡り。
「んぅん……はんばぁぐ……ぎょうざ……おすし……ちきんろぉすとぉ」
カルランの幸せそうな夢の寝言が漏れる寝室。
泥も、狂気も存在しない……私の居場所……幸せな場所。
「夢……」
そんないつもの仲間たちの光景に私はほっと胸をなでおろして。
額に触れると、しっとりと私の掌が濡れる。
うなされていたせいか……私はここでようやく、全身下着までびっしょりと濡れていることに気が付いた。
「……寒いのは苦手だけど……暑すぎるのも考え物だねぇ」
夢の中の自分に対し、私はそう一人つぶやいて平常心を取り戻す。
心臓はまだ高鳴っており、私は落ち着くついでに、火照った体を覚ますために、すこし夜風に触れようと考えつく。
窓から空を見上げると……これからお休みに入ろうとするお月様と満点の星空。
夜の風は優しくクレイドル寺院周りの草原を揺らし、心地よさそうに草木はその風に身をゆだねている……。
そして……そんな中。
「あれ?」
草原に一人、白銀の剣を振るう彼の姿を発見するのであった。
◇
「ふっ!……ふっ!……ふっ!……ふっ!」
朝の近づく草原にて一人、剣を振るう少年。
その少年は駆け出し冒険者でありながら、伝説の騎士でもある。
私の主人であり……大切な人だ。
始めて出会ったときは、気が弱く頼りない印象を覚えさせた少年であったが。
目前で剣を振るうその立ち姿は、初めてであった頃の初心者冒険者とは程遠く。
力強く、乱れのない剣閃は、百戦錬磨の英雄にふさわしい重さと気迫を備えている。
技術はまだ粗さは残るが、その剣には確固たる覚悟と力……そして、数々の修羅場を潜り抜けてきたという自信が宿っており、私はそんな英雄の素振りを見つめ……気が付けば先ほどよりも心拍数が上がっているのに気が付く。
これでは、夜風にあたりに来た意味がないため、私はもう少し眺めていたいのを我慢して、自分を落ち着かせるために一つの悪戯を思いつく。
「騒めき焔……」
こっそりと小さく私は呟き、的となる小さな焔日を四つ作り、ウイル君の背後から攻撃をする。
当たれば小さく爆発し、大きな音と突風でウイル君をびっくりさせるという寸法だ。
もちろんウイル君を対象にはしないので、怪我はしない。
私は気付かれないように死角より焔火を放つ。
四つの炎はウイル君へと迷うことなく背後から走り、私は悪戯の結果を想像して口元を緩める……が。
「……朝っぱらから元気だねぇシオン」
ウイル君はそう小さくつぶやくと。
【アイスエイジ】
四つの焔をみることなく、アイスエイジで炎を凍らせ。
【セット】
落ちた氷を一瞬で私の足元に転移させ転がらせる。
「あっ……ちょっ!?」
「返すよ、シオン」
氷の中で、騒めき焔は効果を発動し、同時に私の足元で四つの爆発が起こる。
当然やけどをすることはないが、先ほど説明したとおりの爆発音と突風が足元で起こり、私はその場で後ろにずっこける。
「あいたぁ!?」
頭を打ち、柔らかい土の感触に私は少し惨めな気持ちになった。
「ははは、大丈夫かい?」
そんな私の姿を見ながら、ウイル君はホークウインドをしまって笑いながら私に手を差し伸べてくれる。
悪戯失敗の上に仕返しまでされるとは……このウイル君さらにできるようになった。
「う~、何もずっこけさせる必要なかったんじゃないかなぁ~」
私はウイル君の手を取りながら少しだけむくれて見せると、ウイル君はあきれたように苦笑を漏らして。
「お仕置きをしないと、君は同じことを繰り返すだろう?」
なんて素敵な笑顔でそう言った。
「……もぅ、早朝から一人もくもくと頑張るウイル君への、いたずらという名の気分転換なのに~」
「あぁ、だから気分転換に、君を転ばせて楽しませてもらったんだよ」
「あー! ひっどーい!」
笑いあいながら私はウイル君に手を引かれて立ち上がり、埃を払う。
ウイル君に手が触れたとたん……全身から火が出てしまいそうなほど体が熱くなる。
悪戯も目論見も何もかもが失敗してしまった。
「それで、どうしたの? こんな朝早くから」
「目が覚めちゃって暑かったから、散歩がてら夜風に当たりに来たんだよー」
「あー、最近暑いものね。 マキナの試練とか、吸血鬼騒動とかなんやかんややっている間に、もう……そろそろ七の月?」
「あと二日だよ~、おかげでお日様が出るのも早い早い」
そういい、私はウイル君に差し入れの水筒をそっと渡すと、ウイル君は嬉しそうにそのお水を飲み干す。
そんな姿にさえも……目を奪われてしまう。
格好いい……。
「ん? どうしたの?」
しかし、私の想いとは裏腹に……彼はあんなことまでしておいて、いつもと全く変わらない様子で私と接してくる。
それがとても、悔しくて、ついついその思いが口をついて出る。
「それにしても~……なんというかーその……もう少し、なんかないのかなーウイル君」
「なにかって……何がさ?」
「あー……それは……確かに、確かにだよ? あの時はああするしかなかったかもしれないけれども……その……だって」
「?」
「私達……ううん、私……一応ウイル君のお嫁さんなんだよ?」
◇
これは……少女が花嫁になるまでの物語。
時間は、ひと月前にさかのぼる




