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230. 和平

迷宮教会


「お待ちしておりました……伝説の騎士……いいえ、ウイル」


「知っていたんだ、いつ思い出したの?」


「最初からでございますよ」


「食えない人だね、本当に」


僕はそんなブリューゲルの言葉に苦笑を漏らしながら、迷宮教会の敷居をまたぐ。


迷宮教会はカルラとサリアの戦いのせいで、大広間は完全に破壊されており、痛々しい斬撃跡やクレーターの様なものがあちこちに残っている。


瓦礫や壊れた彫像は、ブリューゲルがこの短時間で片づけたのか、見れないほどではなくなっており……壊れた教会の中で、何事もなかったかのように信徒たちはあいも変わらず悪趣味な賛歌を垂れ流している。


「和解の交渉にまいられたのですよねぇ……して、ラビの力は」


ブリューゲルの問いかけに僕は一つうなずき、ラビの力であるフェアリーストーンを懐から出す。


「んん―! いいでしょういいでしょう! では、交渉の始まりです……一つだけ奇跡的に無事だった部屋があるのですよ! そちらでお話をしましょう! もちろん和平交渉というものでございますゆえ、お互いにやることは多い! それに、カルラもそちらに引き渡す約束ですからね、カルラの私物もすべてそちらに運んでおりますので!」


ブリューゲルは小躍りをしながらラビの力から一切目を離すことなくそう語り、僕はそれに一つうなずいて案内されるまま迷宮教会の一室へと入る。


中は普通の部屋。


全てがおどろおどろしい深い赤色で囲まれている迷宮教会の中で、ここだけは異質を放っており、普通のレンガ造りとなっている。

いうなれば、客間といったところか。


そこには、ブリューゲルが言った通り対話用の机と、カルラの私物が置いてあった。


「……」


しかしそのどれもが、悲惨な過去を思わせるものしか存在していない。


ボロボロの衣服に、血で真っ赤に染まったタオル。


一見普通に見える本も触れてみるがすべてが呪われており、タイトルを読んだだけでも目がくらんでしまう。


「手紙……」


そして中でも目を引いたのは大量の手紙であった。


古く茶色く変色した手紙もあれば、まだ真っ白な手紙もある。


そのどれもが丁寧に蜜ろうの印が押されており……其の宛名には全て。


お父さんとお母さんへ……そう書かれていた。


「手紙を出していたの? カルラは」


「ええ……いや、正確には出そうとしていた……といったところでしょうか」


「……していた?」


「ええ、ご両親を思い、カルラは何度か書をしたためておりましたが……自分が捨てられたということを理解していたのでしょうね……結局は出すことなくそのまましまっていました……中身は一度も読んだことはないですが……きっとラビに成れることへの歓喜を綴っていたのでしょう……その夢も今はかなわずとなってしまいましたが」


もはや僕はその言葉に反応する気も失せる。


「……ご両親の行方は?」


「カルラを捨てた日に、死にました」


「死んだ? そのことをカルラは」


「先日お伝えしました……ああそうだ……カルラのご両親の遺品も一緒にご用意してありますよ……もうずいぶんと古いので、使えるものも少ないと思いますが……一応でぇす」


「そう……なんだ」


僕は唇を噛む。


……結局、彼女の願いはかなわなかった……。

自分が捨てられても、これだけつらい目に合っていながらも願い続けた両親の幸せ……その願いさえも……カルラは叶えることができなかったのだ。


僕は少しだけ、それを告げられたカルラのことを思うが……すぐにその思考を頭の隅へと追いやる……今は、それよりも考えることがあるだろう。

僕の馬鹿。



「そりゃそうでしょう……何を思って迷宮にカルラを捨てたのかは知りませんが……一般人が迷宮をなんの用意もなくうろついていればそうなるのは当然でしょう」


ラビはそう早口でしゃべり、説明をする。


その様子から早く、ラビの力を受け取りたいのだろう。


ブリューゲルは自ら僕の為に椅子を引き交渉の席に座るように促す……。


ここで席に着けば……交渉が始まる……そうなれば……。


ブリューゲルの掌の上で踊ることになると分かっていながらも、僕は仕方なくうなずき……席へと向かう……と。


カルラの私物が置いてあったテーブルから……一つのペンダントが落ちる。


普通のペンダントに比べると少し大きめであり僕はそれを拾い上げる。


「おっと……」


落ちた拍子に開いたのであろうそれは……ネックレスのようになっており、拾い上げると中に入っていた一枚の写真が目に留まった。


「……………………………………………」


「……いかがなされました?」


「いや……何でもないよ」


僕はそのペンダントを閉じ、交渉の席に着く。


「それではそれでは……交渉を先に行わさせていただきたいと思います!! ウイルさん!いやいやいや、ここでは伝説の騎士……フォースとお呼びしたほうがよろしいですかな?」


「呼び方なんてどうでもいいよ……ただ、聞きたいことは、人質を君はすぐに解放できるのかい?」


「お約束しましょう。町の方々にかけさせていただいた呪いは、シャドウオブインスマウス……内容は一時的に人々を発狂させるだけで、身体に害は与えません。今ここで解除をしてもいいですが……たぶんすでにあなたのお仲間である魔法使いさんがすべて解除し終わってる頃だと思いますよ?」


「……そうか……」


外の状況が分からない僕と、外の情報が逐一入ってくるブリューゲルでは、この交渉におけるイニシアチブに雲泥の差が生まれる。


そして、呪いが解かれたとしても、潜伏している迷宮教会の人間を割り出す方法がなければ意味がない……つまり、今の発言は次は被害を出す……そのことの忠告である。


ブリューゲルに人質をとられている状態迷宮教会という場で交渉を受けた時点で僕たちが不利なのには変わりない。


だが、僕はその言葉を素直に受け入れる。


「君を信じるよブリューゲル……それで、和平の条件は?」


「……おぉ、話しが早くて助かりますよぉ伝説の騎士いいい!! では早速ですが、我々は何も望みません! 今までと同じように、我ら相互不干渉を貫き、互いが互いに腐れアンドリューを邪心の身元に返すよう相互に協力をしあい。我々が以前までと全く同じように信仰を続けることができるように配慮していただく……それだけであとは何も不満はございませんよ!」


くふふと笑いながらブリューゲルはそう僕を見つめる。


一見公平に見える条件だが、僕はその真意に気づけないほど馬鹿ではない。


つまり、ブリューゲルは今まで隠れていたカルラの拷問や、街への信者の潜伏、王城への侵入を……黙認しろと条件を付き突けているのだ。


そうなれば、迷宮教会はやりたい放題……国公認で誘拐や、拷問がまかり通るようになるというわけだ……。


「いかがいたしました? あなた方にデメリットはないと思うのですが」


「あぁ、分かったよ……その方向で行こう……僕にはデメリットはない」


だが、もはやそんなことはどうでもいい。


「おおおお!さすが伝説の騎士……話が早くて助かります! でしたら契約です! クラミスの羊皮紙に契約を……ここに! さあここに! あああああ、契約が済んだら交渉は成立です! そのラビの力を私の手に渡すのです!」


「……あぁそうだね」


僕はクラミスの羊皮紙に……ペンを一度つけ。


ペンを置く。


「そうだ……少し聞きたいことがあるんだった……」


「んん? なんでしょうか?」


「あぁ、大したことじゃないんだけれども……カルラの事さ」


「カルラ?」


「うん……カルラの両親ってさ……迷宮で死んだんだよね?」


「ええ……迷宮でお亡くなりになりました」


「僕の聞いた話だと……そのあと冒険者に拾われて、孤児院に入れられたみたいだけど」


「そうですねぇ……そのあと私が聖女を手に入れた……」


「迷宮で生れた少女は……ラビの加護を受けているから?」


「そうです……迷宮で生を受けた子を……」


「おかしいよね?」


「はい?」


「なんで、迷宮の中で両親が死んでるのに……カルラが迷宮で産まれた子だってわかるんだい?」


「ふっふふ、迷宮で生き残っていたことに価値があるんですよウイルさん……あの魔物の巣窟で、魔物に襲われることなく生き残った……それはラビの加護なのです」


「うん……そうだね……でも、彼女は迷宮で産まれたから、忌み子だったんでしょう?」


「……何が言いたいのです?」


「一体誰が……カルラが迷宮で産まれた子だなんて言い出したんだろうね?」


「……………」


ブリューゲルは目を見開いて口元を大きく緩める。


その目は笑っておらず……そのまま僕は畳みかける。


「……もう一度きくよブリューゲル……カルラの両親を殺したのは……誰だい?」


一瞬の沈黙……その言葉にブリューゲルは笑いながら首を傾け。


「知らなければ終わりだったのに」


瞬間、僕はブリューゲルの首を掴み……壁へとたたきつける。


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