227.ラビの力と掌の上
ラビは消え、カルラがのこされ、力なくカルラはその場に倒れそうになる。
「おっと」
抱き上げたカルラは全身傷だらけであり、わき腹の傷も開いてしまっている。
あれだけの戦いを繰り広げれば当然と言えば当然だが……もうこの傷にも肝を冷やす必要はない。
「サリア……」
「ええ、分かっています……キュア」
わき腹の傷口に、サリアは第一階位奇跡、治癒をかける。
第一階位ではたかがしれているが、カルラのわき腹の血は止まったようであり、同時にサリアの剣圧により切り裂かれた小さな裂傷は全てふさがってしまう。
……本当に、クレイドル様様である。
「ティズ、薬お願い……わき腹の傷に」
「はいはーい!」
もはや呪いによる傷口の悪化を気にすることはなく、僕たちは出来る限りの治療を施し、僕はカルラを抱き上げる。
「終わりましたね……マスター」
「うん……無事にね」
「というかなんでこの子上脱いでるの?」
「忍は脱げば脱ぐほど強くなるんですよ」
「え? 痴女なの?」
「そういうものなのです」
「寝てる状態じゃうまく着せられないわ、マントでくるみなさい誰か」
「あ、じゃあ私の貸してあげる―! ホッカホカだよー!」
「ありがとうシオン、さすが炎熱魔導士」
「やれやれ、それにしてもえらそーな顔して寝てるわねこの子……」
「ティズちんよりかは控えめだよー」
「なっ! あんですってー!?」
「っふふ、でも……泣きそうな顔よりは、こっちの方がいいですね」
「うん……そうだね」
意識は失っているが、脈拍呼吸共に安定しており、どこか成し遂げたような誇らしげな表情をするカルラに僕たちは笑いあいながら……頬をつついたり、マントで包んであげたりしていると……。
「ん?」
僕たちはふいにカルラから何かが零れ落ちたことに気が付き、その物体を目で追う。
「……これは?」
どこから落ちたのかはよくわからなかったが、こぶし大ほどのいびつな形をしたそれは、透明なクリスタルのようであり……何か不思議な力を感じる。
「とりあえず害はなさそうですが」
サリアはそう言うとそのクリスタルを拾い上げてそう確認をする。
「ドカーンっていかない? 大丈夫―?」
「アンタよりは安全でしょうよ」
「ひどい!」
そう言い合いをするティズとシオンをよそに、サリアはそのまま光源に推奨を照らす。
「これが……ラビの封印ですかね?」
「力の封印って割にはちゃっちいねー」
光りにすかすと、クリスタルは虹色に輝きを放ち、そしてかすかだが魔力の様なものが漏れ
出しているようにも感じる……はて。
僕はそんな特徴に、どこか引っ掛かりを覚える。
「……ん~~ これ、どっかで見たことあるような?」
「本当ですか? どこですかマスター」
「んーーーどこだったかなぁ、結構前な気もするし……直接見たことはないような気も……」
そう頭を悩ませ、必死に記憶の中をまさぐっていると。
「あれ? こ、これもしかして……フェアリーストーンじゃない?」
ふいにティズがそう声を上げた。
「ふぇ、フェアリーストーン!?」
驚愕に声をあげる。
当然だ、フェアリーストーンと言えば……妖精にのみ与えられる魔力の結晶であり、妖精の魔法の源である。
妖精にはフェアリーハートと呼ばれる魔力を生み出す器官があり、長年生きた妖精には魔力の結晶がその中で形成される……。
その美しさと利便性から、妖精狩りという蛮行が行われ、妖精族が絶滅の危機に瀕した原因にもなった宝石の一種であり、僕が迷宮へと潜るのはティズのフェアリーストーンを取り戻すためなのだが……。
しかし。
「こんな大きなフェアリーストーンなど……見たことありませんよ」
妖精の持つフェアリーストーンとは、どんなに大きくても一カラットくらいの大きさにしかならない。
ましてやこんなこぶし大ほどの大きさのフェアリーストーンなど妖精族の小さな体では決して生成は出来ない。
となると。
「……スロウリーオールスターズのラビのものと考えるのが妥当でしょう」
「……妖精族ではないが……ラビはこの大きさのフェアリーストーンを有していた」
「なるほどね、これだけのフェアリーストーンが作れるくらいの魔力なら、スロウリーオールスターズの一員になれるのもうなずけるわ……本当に魔法のスペシャリストだったんでしょうね……」
「力の封印……なるほどね、ラビの力の源ってわけね」
ティズは納得したようにそう笑い……同時にそれを拾い上げる。
と。
「それは形あるものでしかありません……私の目的はそれですが、今どこかで確かに……ラビは目覚めましたよ? その封印は、ラビの存在そのものを封印しているのですから」
……絶望的な声が響きわたり、振り返るとそこには、不敵な笑みを浮かべるブリューゲルが立っていた。
「ブリューゲル……あんたいつの間に」
その衣服はボロボロであり、体中には血が付着している。
「ずーっとそこでミンチになっていましたよ? 復活したのはつい先ほど!」
そう愉快気に笑うブリューゲル。
正直、ここでのブリューゲルとの遭遇は僕たちにとってはまずい状況である。
現在サリアは負傷中であり、シオンも右手首がない状態……まともに戦えるのは僕だけだ……しかし、僕には現在呪いに対する耐性がなく、魔王の鎧を現在身にまとっているとはいえ、まともにやりあっても勝てる相手ではない。
「なによ、見ての通りアンタの大好きなラビは消えたわよ、残念だったわね」
しかし、そんなまずい状況であってもティズはものおじすることなくブリューゲルに対してそう言い、サリアとシオンは僕とカルラを守るようにブリューゲルの前に立つ。
が。
「いえいえいえ……もはやあなた方と戦おうなどとは思っていませんよ……もはやカルラは用済みです……」
「用済み?」
「確かにラビを再現するのには最も適した存在だった……それは確かです。この少女であれば、ラビの力 人格 存在のすべてをラビと置き換えることも可能でしたでしょう……しかし、適合する人間など他にもいくらでも作りだせる……」
「ではどうすると?」
「カルラは諦めましょう……呪いも解かれてしまいましたし……何よりも彼女はラビの精神に打ち勝ってしまった、もはや依り代としては不十分です……苦労をして作り上げた器ですがいやはや……伝説の騎士さまぁ……あなたは人を変える力をお持ちのようだ」
「……」
ブリューゲルはそう呆れたようにそう語り、僕は黙してただブリューゲルの出方をうかがう。
嘘を言っている様子ではなく、他に何かをたくらんでいる様子もない……。
「カルラは残念でしたが、その代わりさらに素晴らしい結果を得られたことですし……まさかまさかまさか……こんなにも早くアンドリューの魔力の棺を壊せるとは思ってもみませんでした……呪いに取りつかせてゆっくりゆっくり魔力の棺を破壊してはいたのですが……あのやり方では何年かかるかわかりませんでしたからね……そのラビの力……それをこんなにも早い段階で手に入れることができる……想像以上の結果と言わずにこれを何というのでしょうか?」
そうブリューゲルは歓喜の表情を浮かべながらそういうが。
「あんた、さも当然のようにこれもらえると思ってるみたいだけれども、渡すと思ってるの?」
この膨大な魔力の結晶……ラビの力を、ブリューゲルが慈善活動に使うところなど想像できず……ろくなことにならないのは目に見えている。
それならばまだ、シンプソン辺りに治療費として差し出したほうがまだましだ。
そのため僕たちは、ラビの力が奪われないように、そっと懐にしまい込む。
「おやぁ? 返して……いただけないとなると私もそれ相応のことをしなければならなくなりますねぇ」
きょとんとした表情のブリューゲルは、脅しているのかそれとも何かほかに考えがあるのか、不気味な動きをしながらそううなだれる。
「力づくというならばこの私が」
その行動を敵対ととり、重症の状態で剣を構える。
その手はふらついており、もはや戦闘続行は不可能なのは一目でわかる……。
しかしブリューゲルは警戒を解き。
一礼をすると。
「いえいえ……私は力づくという言葉はあまり好きではありません。あなた方はラビの力の偉大さを知り、自ら私のもとにラビの力を私に来るでしょう……ですので、今はその力をお持ちいただいていて結構ですよ?」
そう敵対関係を解除する。
その真意はわからず、不敵に笑うブリューゲルの表情のみが迷宮教会に浮かぶ。
「私たちが返しに来るとでも思っているのですか?」
「ええ、思っております……ふっふふふ、ラビの寵愛を受けている私です、ラビは私を選ぶ……それは自明の理なのです。 私はいつでもこちらでお待ちしていますので……それでは……私はここの片づけをしなければいけないのでね……ここで」
ブリューゲルは淡々とそう切り上げると、背を向けて壊れた迷宮教会の瓦礫を触手を使って片づけ始める。
もはや話すことはないといった様子であり、鼻歌を歌いながらブリューゲルは巧みに触手を操って迷宮教会の片づけを始める。
「ちょっとアンタ! それってどういう……」
ティズがブリューゲルを問いただそうと走り寄るが。
「やめましょうティズ……すんなりと帰すと言っているのです……今は引きましょう」
サリアはティズの羽をつまみあげてそれを止める。
「そうだね。 サリアもカルラも重症だ……今は、早くクレイドル寺院へ向かわないと」
「でも……アイツ絶対なんかたくらんで」
僕たちはサリアとシオンと共に迷宮教会を出る。
ティズは終始納得いかないという表情をしており、僕たちの誰もがブリューゲルの掌のうえで踊らされていることを理解していたが……それでも僕たちはブリューゲルの描いた筋書きの上を歩くことしかできないのであった。