メイズイーター ～いしのなかにあるものは全部僕のもの～

三章 ナイトストーカー

226. 双爪迫撃

「何がパワーアップだか知らないけれど！　落ちこぼれのエルフの魔法程度で何が変わるって言うの！　死にぞこないがあああぁ！」

怒声と共に、ラビはサリアへと切りかかり、その首を刎ねようと振りかぶるが。

サリアはその一撃を朧狼により受け止める。

瞬間……。

先ほどまでとは反対に……剣を振るったはずのラビの腕が切り裂かれ、その腕が切り裂かれる。

「なっ！？」

その光景にラビは動揺をし、サリアはその隙に刃の柄をラビに叩き込み吹き飛ばす。

「がっ！？」

その隙にサリアは飛んできた陽狼をその手中に収め、ラビを待つ。

「馬鹿な……馬鹿なバカなバカな……私が負けるわけがない！　……この私が！」

吹き飛ばされ、嗚咽を漏らしながらラビは立ち上がるが。

「まだ終わりませんよ」

「えっ！？」

その言葉の通り、サリアは二刀によりラビへと迫撃を仕掛ける。

「ぐっがっうっぐあっ！？」

先ほどとは打って変わり、サリアの迫撃が一方的にラビを圧倒する。

カルラの刃を受け止めても、もはやサリアの体は切り裂かれることはなく、代わりにサリアの攻撃を受け止めるたびに、ラビの体は血霧のように呪いを噴出させる。

もはやラビは防戦一方であり、死に体のはずのサリアの攻撃に圧倒される。

魔法の行使ができるというアドバンテージも、もはやその攻撃の前に唱えている余裕などありはしない。

一閃……また一閃と刃を重ねるごとにラビの体は切り裂かれ、呪いは霧散していく。

もはや敗北は時間の問題であり、どうあがいても勝利は不可能という圧倒的なものをサリアは見せつける。

「っこのっ！調子に乗るなああぁ！」

状況を打開させるために、ラビはムラマサを大ぶりに下段から切り上げる。

「むっ！？」

渾身の一撃はサリアの二刀を弾き飛ばし、サリアはその一撃により体勢を崩す。

「もらったああぁ！」

ラビは好機とばかりに、その隙ができた胴体を今度こそ確実に両断する為に返す刃でサリアへ切り付ける。

が。

「油断をするなと、先ほど忠告したはずですよ」

その顎を、サリアは上段蹴りにより打ち抜く。

「ごぶうっ！？」

いかに触手に守られているとはいえど、顎を打ち抜かれたラビは軽い脳震盪を起こし、ふらりと隙を作り。

「はあああああああああああっ！」

その隙だらけの胴体にサリアは二刀による二閃を叩き込む。

「がっ！？」

吹き飛ばされ、崩れたラビの彫像に突っ込み埋もれるラビ……。

その様子を見やりながら、サリアは一度剣を振るい。

「安心してください……峰打ちです」

そう凛と言い放つ。

もはや命の気遣いをする余裕もできたのか、サリアはそう笑みを浮かべてラビにそう語り、僕たちはそんなサリアの姿にただただ見とれることしかできないでいた。

だが。

「ふっ……ふざっ……ふざけ、ふざけんなあ！！　殺してやる！　殺してやる殺してや！　この国の人間すべての呪いと憎しみをこの刃に込めて、殺してやる！！」

瓦礫を呪いにより吹き飛ばし、ラビはそう叫びながら呪いを増幅させる。

「あれは……」

「すごい量の呪い……何あれ、見たことない……あんなの、一人だけの力じゃあんなにすごい呪いなんて生み出せないよ……」

シオンはその呪いに驚愕をしたような表情をし、同時にラビはその呪いをすべてムラマサへと送り込み、サリアへと向かい対峙をする。

近くにいるだけで全身が焼けただれてしまいそうなその呪いに……離れている僕たちでさえも皆後ずさり、その一撃を見送る。

「なるほど……ならば、私もせめて奥義で葬りましょう」

しかし、サリアはその光景に決して決して引くことはなく……真正面から呪いを見据え、刃を構え……その刃の鋭さを釣り上げる。

「どこまでも、どこまでもどこまでも、貴方を追って食い殺す！」

必殺の誓いを立て、ラビは刃を構え。 その刃に呪いを込める。

呪いは刀に宿り、刀から浮かぶ朧げな呪いはまるで猟犬の様な姿を模し、敵を喰らいつくさんと咆哮を上げる。

「黒龍葬送奥義」

対するサリアもそれに呼応するように、陽狼を逆手に持った独特な構えを取り静止したままカルラの動きを見据える。

固唾をのんでその様子を見守る中……先に動いたのは、カルラであった。

【ティンダロス！！！】

呪により生まれた猛犬は大口を開けてサリアを飲み込まんと走る。

其は名状し難き異形の猟犬。

しかし……サリアはその異形を、真正面から切り伏せる。

【双爪迫撃（そうそうはくげき）！】

惚れ惚れするような二つの剣閃。

切るもの問わず。

研ぎ澄まされた剣閃の前にはもはや切れぬものなど存在せず。

その一閃は、たやすく呪いの首を刎ね霧散させ。

「切り裂け！！」

続く一閃でムラマサごとラビを両断する。

圧倒的な一撃……。

周りのものが破壊されないため、一見威力が低く見えなくもないが……。

それは無駄な切り口を排し、全てを一点に集中させたからであり、無限頑強のアルフレッドを両断した刃を……それからさらに成長しているはずの妖刀を、いともたやすく両断したことから、その破壊力の絶大さは容易に想像ができる。

そんな神をも両断するムラマサを断ち切るサリアの目を疑うような一撃を前に。

「……また折った……」

僕はそんな感想しか抱けなかった。

「……勝負あり……だね！」

「あ、ああうん……そうだね」

僕の代わりにまともな感想を述べてくれたシオンに感謝をし、僕は勝負のついた二人へと視線を戻す。

「……がっ……はぁ……はぁ……はぁ、馬鹿な……なんで私が……負け……」

「カルラを返しなさいラビ……ムラマサが折れた貴方ではもはや相手になりません」

「ふざけっ！」

苦し紛れに、折れたムラマサを振るうラビであったが、サリアはその刃を朧狼で弾き飛ばす。

「ぐっ……」

「無駄です……」

「ふー……ふー……ふー……」

血の滾った眼、魔族そのものの姿でサリアをにらみつけるラビ。

しかしサリアはひるむことなく凛とした表情で朧狼を眼前に向ける。

諦めろと……。

「ふっふふふ、確かに今はあなたには勝てないみたいねぇ」

その行動に、瞳は一切笑ってはいないが愉快そうな笑いを浮かべラビは敗北を認める。

そして。

「だったら、逃げさせてもらうわ……この子の中にね……知っているわよ？　体験してるわ？　あなたもメイズイーターも……この子の中までは対処できない……内臓に手を突っ込んで内側から処理でもしない限りねぇ！　でも、そんなことしたらこの子死んじゃうものね？　知ってるわよ？　アンタたちはそんなことできないって！！　あっははははは！残念だったわね！　私は負けない！　無駄な努力！！　どんなに頑張ったところで、私が彼女を支配している限り、この子がラビになることは変わらない！！　さようなら聖騎士サリア！」

「あんの腐れ呪い！！　往生際の悪い……」

「今からでも呪いだけ焼きつくして！！」

ティズは舌打ちをし、シオンは慌てて魔法を発動しようとするが。

「大丈夫だよ二人とも……」

僕はその二人を優しく止める。

「なんでよ！」

「そうだよ、早くしないと！」

「君も言ってただろう勝負ありって……もう、全部終わりだ」

サリアはこちらを向いて微笑み……僕は一度うなずいてラビの元へとゆっくりと歩く。

「ラビ……あなたはカルラを舐めすぎです……カルラは、貴方などよりも数倍強い」

「なっにを……其の減らず口も今に聞けなく……えっ？　あれ？」

カルラの体の中に戻ろうとするラビは、驚愕に声を漏らす。

「貴方は、耐えることから逃げ出し、人から奪うことを選択した……弱きものだ……。

それがどうして、理不尽も、迫害も、痛みも死をも耐え忍んで生きてきた彼女に勝てるのですか？」

「そんな！？」

もはや、ラビはカルラの中には帰れない……。

そう、カルラがブリューゲルを襲撃したのはこれが狙いだったのだ。

メイズイーターを警戒して、奥から出てこないラビの呪いをすべて表に引っ張り出すことが一番困難であり、カルラ自身も自らの意思ではできない問題であったが……。

カルラが挑めばブリューゲルはカルラを無理やりラビにしようとするはず……。

そうなれば、必ず一度はカルラから主導権を奪うために、ラビは全ての呪いを表に出さなければいけなくなる……。

そうすればあとは、ラビがカルラの意識を奪い押し込めていたように……ラビがカルラの中に帰れないように……シャットアウトをすればいいだけ……。

僕たちが抱えていた、ラビがカルラの中へと逃げてしまうという問題点を……カルラはブリューゲルを利用することで達成したのだ。

「……まさかここまで強くなるとは予想外だったんでしょうけどね」

かならずもどります

その意味は……僕たちが必ず助けてくれると信じての置手紙でもあったのだ。

「もう一度言います……あなたはカルラを舐めすぎだ」

「そんな……」

絶望をするラビの肩に僕はそっと触れ。

「ひっ！？」

「喰らえ……メイズイーター」

カルラを蝕む……アンドリューの魔力により形成されたその呪いを僕は喰らいつくす。

「あっ……がああああああぁあっ！？」

苦悶の声を上げるラビ……その声はもはやカルラのものではなく名状し難き化物の咆哮にも近く。

僕はさらに腕に力を込めて、呪いの源になっている、アンドリューの魔力を喰らいつくす。

やがて、声も枯れ……呪いは完全に消失した。