20.囚われのアークメイジ シオン
目の前に倒れる小さな少女。
白い髪に少し赤い髪の混ざった容貌に赤い瞳……
洋服は赤と黒を基調としたものであり、サリアとは色々な意味で対照的な感じがする。
「……えと、君たちどこから来たの?」
キョトンとした表情で中に居た少女はそう僕達に問いかける。
「いしのなかからよ」
「へ?」
少女は色々と混乱しているらしく、背後の破壊された壁と僕達を見比べながら理解不能といったような表情をする。
当然だ、僕達は今彼女の理解できる範疇を超えた場所からやってきたのだから。
「マスター、どうやらここは独房のようです」
サリアはそんな目の前の少女が目に映っていないかのようにそうあたりを見回して呟くように報告をする。
「ということは、この子がオークにつかまったって女の子?」
「みたいね」
一晩たっているため、もっとオークたちに手ひどく痛めつけられているものと覚悟をしていたが、幸い怪我一つなく元気そうだ。
よかった。
「えっと~、なんの話してるのかわからないんだけど、とりあえず自己紹介しとくね」
僕達の登場に困惑気味にきょとんとしていた少女は、不意に立ち上がりそんなことを言ってきた。
「私はシオン! 冒険者をしている アークメイジだよ。 レベルは10で得意な魔法は炎系の呪文だよ!」
囚われの美少女が捕らえられている独房かと思ったら化け物を捕らえておく檻だった。
「あ、アークメイジですって!? しかもレベル10って、なんでそんな化け物レベルの魔法使いがオークなんかに捕まってるのよ」
「ふっふっふー! それには深いわけがあるのだ」
「深いわけ?」
ごくりと息を飲む。
このオークたちとこの少女に一体何が……。
「私は下層を目指して旅をしていたのだけれどもあら不思議、生きているかのごとき巧妙な迷宮の罠にかかり助けを待っていた所、救いの手が差し伸べられたかと思って手を伸ばしたらオークに生け捕りにされてしまったのだよ」
要約 迷宮一階で迷子になった挙句罠にかかり、オークに助けられて捕まった。
「……」
ダメだこの人。 色々ダメな奴だ。
「まぁそれで、繁殖期のオークも面白いなーってこの部屋から観察をしていたら、君たちが現れたってわけ」
「面白いなーってアンタ下手したら襲われてオークの子ども生まされる所だったのよ?」
「あーそれは大丈夫だよ、いざとなったら私の炎熱魔法で一網打尽だから!」
「肝心の杖を奪われててもか?」
……………………………………………。
「あああああああああああああああああああ!? なんで!?ない!」
なぜ気付かない。
そしてどこの世界に武器を手に持たせたまま敵を独房に監禁する馬鹿がいるのだろうか。
ダメだこの人。色んな意味でダメな人だ。
何がどうダメとかそういう次元じゃなくてもはや全体的にダメなやーつな人だ。
「どどどど、どうしよう……ところで君たち誰?」
天然か……天然なのか。
「えーと、僕はウイル。そしてこっちが」
「パートナーのティズよ」
「聖騎士のサリアだ」
「クエストボードでオークの巣の殲滅と、君の救出依頼を受けてやってきたんだ。
無事でよかった」
「クエスト!? 私友達いないのに一体誰が!?」
更に残念・ぼっちも追加だ。
「ギルドマスターのガドックがどこかの冒険者から報告を聞いてギルドとして出したクエストだ。 幸運に感謝するんだな」
「うぅ、何たる幸運でしょうか。女騎士じゃないのに危うくオークたちのお母さんになってしまうところでした。 この恩には報いなければならないね! このシオン! レベル10冒険者として、微力ながらお手伝いさせていただきますよ!」
「杖もないのにか?」
「……おねがいしゃっす! 杖を取り返してください! 何でもしますから!」
「じゃあ盾にでもなってもらおうかしら」
慈悲はない。
「ふぁっ!? 生命力5のこの私に肉壁になれと!? か弱いこの私を!」
「依頼内容生死問わずだからね。大丈夫よ、ちゃんとクレイドル寺院で蘇生は試みてあげるから」
「こころみるだけ!? 私もう寺院で3回灰になってるんですよ!? 次はないって言われてるんです! 次生き返ったとしても生命力4ですよ!? 迷宮一階層のスライムと同じ生命力になっちゃうんですよ!?」
ちなみに5はコボルトの生命力である。
とりあえず泣きながら懇願する少女が気の毒に思えたので、ティズの頭にチョップを食らわせる。
「ひぎゃっ!? 何するのよウイル!」
「調子に乗ってるからだろティズ」
「だって何でもするって」
「ふざけすぎだよ。 まったく、大丈夫だよシオン。 君の事はちゃんと助け出すから。
杖もまぁ、どうせオークの巣を殲滅しなきゃいけないから一緒に探してあげる。 それでどうかな?」
「おおおおお! ウイルさん! ありがとうございます! ありがとうございます! 」
「そして、この依頼が終わったらこのお方のことはマスターと呼ぶこと」
サリアも調子に乗っていた。
「あ、そういう趣味なんですかウイルさんって」
そして変な風に誤解を受けてしまった。
「サリア!」
「も、申し訳ございません! そういうつもりでは……」
サリアは慌てて弁明するも、なにやら目が泳いでいる……もしかしてこの子、僕を中心になんかそういう集団を作ろうと画策してないか……。
これは一度問い詰める必要がありそうだ。
「とと、とりあえず! 先にオークの巣の殲滅を開始しましょう! レベル10のアークメイジの火力は絶大です! 杖を見つければその分ラクに殲滅が出来るでしょうし!」
あ、ごまかした。
「でも、どうやって外に出るの? ウイル様」
「ウイルでいいよ。 とりあえず扉には鍵が閉まってるみたいだけど……えい」
メイズイーターの能力で壁を壊す。迷宮を構築しているブロックではない薄壁の場合は、僕の意思に応じて任意に壊すことが出来るのはティズとの実験で検証済みだ。
「ななんあな!?」
本当は外にこの力がもれるのは防ぎたいのだが、いきなり独房に出てしまったのだから出し惜しみしてしまっても仕方ない。
驚愕して魂が口から飛び出してしまっているシオンを横に、僕とサリアはオークの巣へと足を踏み入れる。
「これは……えぇ?」
「ウイル だ け のスキルよ……ちなみに、このスキルのことを外にばらしたら、筋肉エルフが貴方の首をちょんぱしに行くからそのつもりでね」
「ちょんぱ……」
その言葉に顔を青くするシオンもかわいそうだが、筋肉エルフといわれるサリアも複雑そうな顔をしている。
「と、とりあえずは、シオンの装備を探そうか」
色々と不安はあるが、とりあえずオークの巣の討伐開始である。
◇
「はあああっ!」
「ぐぎゃああぁ!?」
悲鳴と同時に、二メートルを越える豊満な体が倒れ、死体となる。
この時期のオークは体が大きくなり力も強くなるというのが通説であり常識であるが、マスタークラスのサリアにとってはものの数ではないらしく、湧いて出てくるオークを一太刀の元に切り伏せていく。
「ふおー! 強いねサリア! エルフなのに」
「魔法の授業サボって筋トレばかりしてたからねぇ」
「さらっと嘘を言わないでくださいティズ」
先陣をサリアが切ってくれているおかげで、巣の内部は特に危なげなく進めている。
裏手から入ったため敵の数も手薄であり、倉庫のような部屋に居合わせた哀れなオークを切り伏せながら、僕達はシオンの杖や他に囚われている冒険者はいないかを探す。
「どうやら、シオン以外で連れ去られた人間はいないようだね」
「そうみたいね……独房はあらかた探したけど、誰かがいた形跡もないし……つくったばっかりだったみたいね」
「それは幸いです。 人質がいなければこちらも戦いやすい」
「ううぅ~これだけ探しても杖がないよぉ~」
シオンは倉庫をあさりながら半べそをかきながらそんな泣き言を言う。
倉庫らしい所はあらかた探したが、出てくるものは剣や斧、それに汚らしい生活用品のみで、杖のようなものは一切見当たらない。
オークは魔法を使えないため、誰かが使用しているとも思えないし、杖を振るうぐらいならばオークは棍棒を振るう。
「何かに使われてるのでは?」
「……老オークの孫の手に使われてたりして」
「いーやーーー!? そんなの絶対嫌!」
「焚き火にくべられちゃったんじゃないの?」
「それはもっと嫌!?」
「嫌々言っていても仕方ないでしょうシオン。 このままだと居住区とオークの集中している場所に出てしまいます。 次でダメであれば諦めてください」
「うぅぅ……お願いします! あってくださいお願いします!」
「じゃ、じゃあ、開けるけど……」
オークの巣奥にある扉の鍵を壊し、僕達は中へと侵入する。
つんとする匂いと共に、なにやら色々なものが干されている場所だ。
倉庫とはちがうその場所は、足元になにやら水のようなものが滴り落ちている。
これは……。
「洗濯場のようですね」
ボロボロの布切れのようなものはオークの服だった。
彼らにも一応洗濯という概念はあるようで、洗ったのかどうか不思議なくらい汚れてはいるが、確かに干された洗濯物からは水が滴り落ちている。
「迷宮内部で干すとかび臭くなりそうね」
「仕方ないよ~、彼らも必死にこの迷宮に閉じ込められながらも生きて……ん?」
シオンはそういうと、服が干されている物干し竿の中でも、一際変な形をしている物干し竿を見やり。
「ああああああああああああああああああ!?」
急に叫び声を上げる。
「……どうしたの?急に」
「私の杖……あった」
オークの服を床に投げ捨て、シオンは物干し竿を取り出すと、確かに其れは魔法使いが使用する杖であった。 しかもトネリコの木で作ったかなり上級な杖だ。
「うぅ……かび臭い……まさか物干し竿にするなんて……ぶっ殺してやる!」
杖を取り戻した瞬間に、怒りであちこちに火花を飛ばさないでほしい。
「まぁ見つかって何よりです……。 後はこの巣の中のオークを殲滅するだけですが……」
「この娘にも手伝わせましょ。 助けてやったんだから其れぐらいしてもらわないと……というより」
「私の愛する杖を! 唯一の友達をおおおお! 焼き尽くしてやるーー!」
「放っておいても殺る気満々よこの娘」
火花が気が付けば炎になっている。 彼女の回りだけ燃えているがなんという魔法だろう。
「たしか、炎熱系魔法が使えると言っていましたね、範囲攻撃、殲滅魔法は放てますか?」
「今なら何発でもぶっ放せるよ!」
「頼もしいですね」
サリアは口元を緩めてシオンの肩に手を置く。
「何か策でもあるの?」
「えぇ……今日は早く帰れそうですよ?」
「任せてください!!!」
そのサリアの自信満々な表情に、僕は一抹の不安を覚えるのだった。
◇