19.オークの巣への侵入
「さて、これからオークの巣に入るわけだけど」
エルキドゥの酒場から出て、僕達はそのまま直接迷宮の中へと入り、オークの巣のそばまでやってくる。
気配を出来るだけ消して、オークの巣と思しき場所を見ると、迷宮一階層東側の大部屋に繋がる扉の前に見張りのオークが二体立っており、しばらく様子を見ると何体かのオークが出入りを繰りかえしている。
どうやらここがオークの巣であたりのようだ。
始めてのクエストに僕は息を飲む。
いつもと同じなはずの迷宮の空気が少しだけ重く感じる。
今までとは違う……迷宮を探索するのではなく、自ら敵のど真ん中に強襲を仕掛けるという目的と危険度の違いも、僕を緊張させている要因の一つなのだろう。
僕は後ろの二人に気付かれないように、こっそりと深呼吸をして自分を落ち着かせた。
「オークの巣へ突入を仕掛けましょう。繁殖期とは言えオークです。レベル3のマスターなら危険もないでしょうし……正面突破です」
「女を人質に取られても生き返らせりゃ良いだけだからね、代金ギルド持ちだし……まぁ、灰になったらそのときはそのときだけど」
「ちょっと待ってよ二人とも、流石に考えなしすぎるでしょ」
サリアとティズはそのまま正面突破をする気満々の用で、僕の発言に首をかしげてなんかいる。
サリアはまぁ分かるけど、ティズ、君は僕と同じ貧弱パーティーの一人なのになんで余裕そうな顔してるのだ。
「何か策でもあるのですか?」
「僕がいくらレベル3だからって、囲まれたらどうしようもないさ……せっかくメイズイーターがあるんだから、手薄になっている巣の後ろ側を叩こうよ……。まさかオークたちも崩れた壁から敵が侵入してくるなんて思わないだろうし。上手く行けば後ろを取って混乱している所を楽に制圧できるかもしれない」
「なるほど……確かにそれならば大勢の敵と戦うリスクも少なくなる」
「でも、壁なんか壊したら音でばれちゃうでしょ、ただでさえ壁壊したときに大きな音が出るんだから」
「そこでサリアの魔法だよ……昨日教えてくれた、音を消す魔法」
「あぁ、カーム(消音)の魔法ですね。確かに、この魔法をかければそのかけられた人間から発せられる音は軽減されます……百パーセントでは勿論ないですが」
「なるほどねぇ」
ティズは納得したようにふむうとうなる。
「上手く行けば、囚われている冒険者を先に救出できるかも知れないからね……。できれば女の子が傷つくところは見たくないし」
「流石ですマスター……」
「文句はないわ。そっちの方が早く終わりそうだし」
「よし、じゃあそれでやろうか」
「やりましょう!」
「やるわよ!」
ということになった。
◇
「密やかなる秘め事の言葉よ、神にこの戯言が届かぬよう悪戯に神秘を模倣せん。
穏やかなる神の心は隠されたる真実の元に…… 消音」
呪文の詠唱を負え、サリアは僕にカームの呪文をかける。
「んっ」
「どう? 始めての魔法体験は」
「ええと、なんていうか、特に何も変わった様子はない気がする」
「そうでしょうね、カームは基本的にマスターの体に変調をもたらす魔法ではないですし……一人で使うと効果があるのかないのか分からない魔法ナンバーワンにも選ばれているほどの呪文です。 通常は地味で殆どの僧侶は使おうとはしませんから」
「そうなの、でも今回はこの能力のおかげで敵との遭遇を避けられそうね」
ティズは満足そうにそう呟くと、自作の地図を取り出しオークの巣への近道を掲示してくれる。
メイズイーターの能力で儲けることは諦め、最初に言っていた地図作りで儲けるというプロジェクトを再燃させたらしい……ある意味この妖精もたくましい。
「オークは匂いに敏感です。特に二日酔いのティズは存在が気付かれやすいでしょう。少し離れた所から迂回する形で、メイズイーターで巣の裏手まで進んでいくという方法がよいかと思います」
「そんなに匂うかしら? ねえウイル?」
「とても」
「紛れもなく」
「あう……」
流石のティズも反論が出来なかったらしく、高度を落としてフラフラと落ちていく。
「では、早速参りましょうか、作戦は北側の裏手から壁を破壊して強襲……でいいですね」
「うん、問題ないよ」
「じゃあウイル、お願い」
「任せて!」
ティズの言葉を合図に、僕はメイズイーターを起動させる。
がらがらと瓦礫が崩れる音が迷宮に響き渡ったような気がしたが、恐る恐る見張りのオークの様子を一度確認してみても気付いている様子はない。 どうやらサリアの魔法はしっかりと効いているらしい。
「行きましょう」
サリアの言葉と同時に、僕達はメイズイーターで壁を壊しながら回り込むようにしてオークのいる部屋の裏手に回りこむ。
「そういえば」
景気良く壁を破壊していく中で、ふとティズが言葉を漏らす。
「繁殖期のオークだけど、なんで人間を襲うの? 食べるため?」
「そこまでオークは野蛮な生き物じゃないよティズ」
「じゃあ何でよ?」
「何でって、勿論繁殖するためだよ」
「え?」
「オークは繁殖力に秀でた代わりにメスが存在しない種族でね、神様の次に繁殖力が強いとも言われている生き物で、エルフ以外の全ての種族と子どもを作ることが出来るんだ。だから、この時期になると人間だけじゃなくて、コボルトやスライムも襲って子どもを作ろうとするんだよ。 だから危険度が増すんだ」
「え。そんな恐ろしい魔物だったのオークって」
「ええ、しかも生まれる子どもはこぞってオークなので、襲われたほうは洒落になりませんね」
「そんなところの巣なんて女性としては絶対行きたくないわね……身の危険を感じるわ」
「ええ、ですのでティズは気をつけてください。危険なので」
「なんでアンタは除外されてるのよ、あんまり慢心してるとアンタこそ危ないんじゃないの?」
「いやいやティズ、其れは違うんだ。サリアはエルフだから、襲われることはないんだよ」
「そうなの? なんでよ?」
「オークとは逆に、私達エルフは、エルフ同士か、神の血を引く人間としか子孫を残すことが出来ないんです。 そしてそれはオークも本能的に理解しているのか、オークが繁殖期にエルフを襲うことはありません、彼らにとってエルフはとても醜悪な顔に見えるらしいですよ」
「へぇ……て、この中でオークに襲われる可能性があるのって、もしかして私だけ?」
「はい。 当然妖精とならばオークは繁殖可能です。大半は死にますが」
さらっと怖いことをサリアは付け足した。
「いやああああ! これでも一応女なのよ!? そんな死に方絶対嫌!? ねえウイル、今からでも引き返しましょうよ! 無理でしたって! ごめんなさいしましょう、私も謝るから! むしろ私が謝るから!」
ティズは懇願するが、そんなティズに僕は笑顔を向けて。
「だぁめ」
優しくその願いを却下する。
「あうあうぅ……嫌だからね……絶対そんな死に方嫌だからね! 守ってね! 守ってくれるよね!?」
「安心してくださいティズ、私とマスターが付いている」
「そうだよ……前に言ったでしょ、君を助けるって」
「ウイル…… ひしっ」
ティズは半べそをかきながらいきなり僕の腕にしがみついてくる。
「ウイル~! 最近色んな女の影がちらついて浮気されるかと心配だったけど、やっぱりウイルは私の物なのねー!?」
いつから君のものになったのかはわからないけど、とりあえず否定すると今僕の洋服に付けられている鼻水が倍の量になるのでとりあえず頷いておこう。
「さて、仲むつまじいことは良いことですがマスター ティズ。目的地が来たようです」
そういうとサリアは地図を見ながらそんなことを言ってくる。
迷宮の壁も相当数壊した。 願わくばアイテムの一つくらい出てきてくれても良かったのだが、どうやらそう簡単にことは運んではくれないようだ。
「わかった。じゃあ開けるけど、準備はいいかい?」
「ええ」
「いつでも大丈夫よウイル!」
ティズの声が甘いのが少し気になったが、とりあえず僕はメイズイーターを起動する。
いつものようにガラガラと崩れる瓦礫、しかし先ほどまでとは違うのは、その先に炎より発せられたオレンジ色の光が瓦礫の向こうから差し込んでくる。
「行くよ!」
サリアは剣を抜き、僕もホークウインドを構えて部屋の中へと突入する。
が。
「きゃぁ!?」
オークにしてはやけに愛らしく高い女性らしい声が響き渡る。
「む?」
「あれ?」
その目の前の声の主が少女であり、オークではないことに気がつくのにはそう時間は掛からなかった。