215.クリハバタイ商店襲撃
クリハバタイ商店……。
伝説の騎士という最大の客人が去ったのち、リリムはムラマサをショーケースへと移す作業を終了すると、一人嘆息をついて客人のいないクリハバタイ商店を見回す。
「商売あがったりね……これじゃ」
王都襲撃により、冒険者の道の半分の店が機能しなくなったことや、ギルドの復興の目途が立たないことが原因となり、迷宮に潜る人がいなければこのクリハバタイ商店にも閑古鳥が鳴き始めることになり、私は壁に立てかけてある刀剣を一本手に取ると、鞘から引き抜いて刀身の手入れを始めることにする。
ついこの間もやったため、既に刀身を磨く必要はないが、それでも同じ作業を繰り返しに余裕ができてから習ったほうが楽しいかもしれない。
「あー、ひま」
私は刀身の手入れをしながらも、そう一人愚痴をこぼす……。
瞬間。
クリハバタイ商店の扉が開き……同時に。
世界が凍る。
「あっ……い、いらっしゃい……ませ」
まがまがしい瘴気に溢れ出す悪意……。
呪いの匂いをまき散らしながら悠々と迷宮教会に入り込むその男は。
「んん~~~~!お初にお目にかかりますううううぅ……わたくし、迷宮教会リルガル支部にて司祭を務めさせていただいております!! ブリューゲルアンダーソンと申します!! 以後お見知りおきを…… ラビ、万歳!!」
高々と自己紹介をしたのちに、わざとらしいかしこまった一礼を私に向かって行うと、ブリューゲルと名乗った男は不敵な笑みを私に向かって浮かべる。
「え、えと……今日は、どのようなご用件ですか?」
迷宮教会……ウイル君たちの家を焼き払って襲撃をした教団……。
私はウイル君に危害を加えた男に対し一瞬怒りを覚えるが、すぐにその感情を押し殺して
一人の客人としてブリューゲルアンダーソンに接する。
すぐに戦闘態勢に入れるように、最大限の注意をしながら。
「ふっふふ、用事ですかぁ、何に見えますかねぇ」
「武器や防具を購入しに来たようには見えませんけれども、アイテムをお探しであれば、奥にいるミルクが担当ですが」
「いやいやいや! 武器もアイテムも食材も粗材も錬金術の種火も何も必要はございません、たーだ、人狼リリムさん。あなたに少しばかりお尋ねしたいことがあるのですが?」
「訪ねたいこと?」
「ええそうです! ええと貴方は、伝説の騎士と恋人関係……つまり互いが恋愛感情を抱き合っているということなのですがぁ……それは本当なのでしょうか?」
ブリューゲルはそう真面目な表情でそう語ると、首を90度傾けてぎろりと私のことを目だけで見つめてくる。
私は一瞬どのように返答すればよいかに困ったが。
「……伝説の騎士さまとはよきご友人関係です……単なる店員とお客様という関係を超え、私も騎士さまも、親しき友人という関係であると認識しております」
本当は外堀を埋めていきたいところであるが、ウイル君に迷惑をかけるのも嫌なので、私はそう無難な返答をブリューゲルに返す。
と。
「なああぁるほどおおお!! ありがとうございます! わかりました、よおおおくわかりました、伝説の騎士さまにとって……あなたは、大切……ふっふふ、ほしいものが見つかりましたよええはい!」
ブリューゲルはそう首を曲げた状態のままカウンターまで身を乗り出す。
「……そ、それは良かったですね……それで、何をご所望でしょうか?」
狂気に染まった表情、その表情に私は気圧されながらもそう問いかけると。
ブリューゲルは満面の笑みを浮かべて私を見つめ。
「あなたの命ですね……」
その背中から強い呪いの匂いを発する黒い触手を発生させる。
「!? の、のろい!?」
突然の出来事に私は固まる。
警戒はしていた、いつ何をされても大丈夫なように準備はしていたつもりであったが。
目前の異形と、目前の狂気に私は一瞬にして飲まれ、戦うことを一瞬忘れてしまう。
そしてそんな私に対し、ブリューゲルは戸惑うことはなく……。
「安心してください……リリムさん!! きっと生き返れますよぉ! なんたってこの国にはシンプソンがいるのですからねぇ!!」
「ひっ!?」
黒い触手が空を切り、私へと走る……人狼族であるため呪いに侵されることはないが……その触手につかまれば終わりであることは、その呪いの強さで理解をする。
しかし、カウンターという狭い場所で、突如として現れた触手をよけきることは、今の怯えてしまった体では不可能であり、私はその触手を受け入れるしかない……そう瞳を閉じ衝撃に備えるが……。
「……ブリューゲルアンダーソン、そこまでだ……」
ブリューゲルの背後から、二人組の男が突如表れ、その首元に剣を翳す。
「おやぁ?」
ブリューゲルはくるりと首を曲げ、私はそのまま恐る恐るその剣を構えた人間を見る……。
その剣には獅子の文様が描かれ、その騎士の鎧は赤いマントを棚引かせ、いたるところに王都リルガルムの紋章が刻まれている。
現れたのは王国騎士団……それも、王都襲撃時にともに戦った隊長たちであったのだ。
「……ブリューゲルアンダーソン……クラミスの契約により、伝説の騎士の仲間に危害を加えることは禁止しているはずだ……」
騎士団の一人がブリューゲルに対し、そう語るも、ブリューゲルはそれを一笑した後。
「……いいえ、私が契約したのは、伝説の騎士のパーティーメンバーに危害を加えないというあり契約。 ただのご友人には決して意味ないはずです」
そういい、触手を再度私へと飛ばそうとするが。
「ならば実力行使しか手はなくなるが構わないか?」
そんなブリューゲルに対し、騎士団隊長は剣をのど元にさらに強く押し当ててブリューゲルを脅す。
しかし。
「私の首をはねれば……私は私の身を守る口実ができますが? よろしいのですか?」
ブリューゲルはそう騎士団たちをあざ笑うかのようにそう言い、構うことなく私へ触手を伸ばす。
「反撃の暇も与えないさ」
瞬間、騎士団隊長二人の剣閃が走り……ぼとりとブリューゲルの首がクリハバタイ商店へと転がる。
「……任務完了っと……」
「怪我はないですか……リリムさん」
「え、ええ……で、でもどうして、王国騎士団の方がここに? それに、一体どうして迷宮教会が私を?」
状況が整理できずに私は質問を騎士団の二人にぶつけるが、話がまとまらずに思いついたことを脈絡もなく話してしまう。
「それはですね……」
「……伝説の騎士は聖女を奪い自らのものとした……王国騎士団はクラミスの羊皮紙の力を使い……私から聖女を遠ざけた……だから、だからだからだからこそ……クラミスの効力が及ばないあなた方を、伝説の騎士のパーティーの代わりに殺して回っているのですよ」
「!! んなっ! 貴様!」
【痛苦の残留】
床に転がった生首は、そう言葉を発すると、騎士団の二人は驚いた表情で剣を抜き、再度ブリューゲルを迎撃しようと試みるが……。
時はすでに遅く……剣を抜き切りブリューゲルへと切りかかるよりも早く、ブリューゲルの胴体から放たれた一撃が騎士団の二人を貫き、いともたやすく絶命させる。
「そんな……」
私は驚愕に息を飲む……首を刎ねられてなお、ブリューゲルの体は跳ねられる前と全く変わらない動きを見せている。
「ふぅ……さすがは王国騎士団、あまり痛みを感じなかったためになかなか蘇生がままなりませんでしたね……さてさて、よいしょっと……お待たせいたしました」
絶命をした騎士団隊長二人はビクビクと床の上で痙攣をしながら、赤いものをその胸から噴水のように流し続け、私はその二人の蘇生の為に慌てて二人に駆け寄るが……。
「あなた、優しいのですね……この状況で他人を助けるために動くなんて……ええ素晴らしい……伝説の騎士を動かすには十分だ」
瞬間、私は一本の触手により、腹部を刺し貫かれる。
「あっ……はっ」
お腹が熱を持ち、力が抜けていきそのままゆっくりと私は床に倒れる……おなかから命が抜け出していくような……傷口が脈打つたびに、何かが流れ出る様な感覚に襲われ、同時に意識が少しずつ薄れていく。
「……はぁ……はぁ……ウイルく……」
「怖いですか? 安心してください……きっと生き返れますよ……この国にはシンプソンがいるのですから……ええ、でも……生き返っても……また私が殺しますけどねぇ……くっくっく……ええ、何度も何度も……何度も何度も……聖女を奪う罪は、失う痛みでしか理解できないでしょうから……失う恐怖を怖さを何もかもを……あなたを使って伝説の騎士にお教えしてあげるのです……あぁああぁ、リリム……感謝をします、そして痛いでしょう? すぐに……すぐにこれで楽にし……じっ……」
言葉の途中、ブリューゲルの内側で何かがはじけるような音が響き渡り……同時に口から赤いものを噴出させる。
「んなっ!?」
何が起こったのかはわからないが、同時に私へと向けられていた触手が同時に消え、ブリューゲルが何かによって臓器を傷つけられたことは理解する。
「っちぃ、これはクラミスの羊皮紙の魔法………レオンハルト……想像していたよりも……随分と頭が切れるようですね……くっ」
口元の血を拭いながら、ブリューゲルは触手を失い、ため息を大きく.つく
「ここで楽にしてあげれば簡単なのですが……契約違反となってしまうので……あなたへの用事はここまでです……知らなかった場合でこれなのです、知ってやったら恐らく再生に何時間もかかってしまう事でしょう……時は金なりです……なので、残念ですがあなたは楽にはしてあげられません……これで終わりです……運が良ければ……生きていられるでしょう? 伝説の騎士への見せしめは……まぁ関係は薄いですが……他の店員で満足させていただきますのでご安心を……」
そういうとブリューゲルは鼻歌を歌い、触手を振りまきながらクリハバタイ商店を襲撃する。
「や……やめ……」
静止しようと手を伸ばすも、もはや視界は靄がかかったようであり、私はそのまま意識を深い深い闇の奥へと落としてしまうのであった。
堕ちていく闇の中……クリハバタイ商店の仲間たちの声が聞こえた……ような気がした。