212.サリアに壁ドン
「おい……伝説の騎士だぞ……」
「まじかよ、本物だ!? すっげぇ……」
「うわぁ……隣の女の人すごい綺麗……」
「あれが伝説の宝剣……螺旋剣ホイッパ―か……すっげぇ、マジで拝めるとは」
「ホイッパ―もすごいけど、あの御付きのエルフの持ってる刀なんだあれ」
「真っ黒いのと真っ白いのの二本か……きっとあれもすごい名刀なんだろうな」
「そりゃ、伝説の騎士のパーティーが鈍腰にさすわきゃねーだろう」
「いいなぁ~……私も騎士さまの付き人になりたーい」
「そういや、クリハバタイ商店のリリムと恋仲なんだってな」
「みんなのアイドルリリムさんが……普通だったらぶっ殺してやりたいくらいに嫉妬するんだけど、英雄だからなんも言えねぇ」
「英雄色を好む……だけど何だろう、伝説の騎士なら納得しちまうんだよなぁ」
冒険者の道を抜けて、僕たちは繁栄者の道に入り……すれ違い道を開けてくれる人たちの噂話を聞きながら、悠々と二人王城を目指す。
「さすがですね、マスター……歩くだけでこれだけの注目を浴びるとは、皆が皆伝説の騎士の話題で持ちきりですよ」
サリアは羨望のまなざしを向けながら僕にそう嬉しそうに語るが、僕は一度ため息で返事をする。
「あまり浮かない様子ですね? どうしました?」
「あんまり目立ちたくはないんだよねぇ」
フルプレートを着て町中闊歩しておいて何を言っているんだという話ではあるが、冒険者の道から王城へ向かうには、やはりこの中央広場をとおるのが一番早い。
当然人が大勢いるのは覚悟のうえであり、注目を浴びるのは仕方ないと覚悟をしつつ、この繁栄者の道を歩いているつもりだったのだが、僕の覚悟など簡単に踏みにじるかのように、繁栄者の道で買い物等を楽しむ冒険者や町の人々はありもしない噂話を僕の預かり知らないところで勝手に広げていっており、僕はそんな根も葉もない情報を敏感に拾いながら、そのたびにうんざりしてため息を漏らしていく。
今のところ悪評は上っていないのは幸いだが、女好きと噂が広まるのはいささか不名誉な気がする。
まぁ、不名誉だと感じてもどうすることもできないわけで、称賛の声に交じりそんな独り歩きする噂を耳にするたびに、僕はため息を漏らし続けることになるのであった。
「何を言うのですかマスター、名声はあればあるだけ良いというもの……色を好むと言われようが、それが英雄の証ととられているのですから、気にする必要はありませんよ!認められている証拠です!」
サリアは力説しながら僕へと顔を近づけてくる。
ヘルム越しだが、それでもサリアの唇がどうしても目に映ってしまい、僕は顔を赤くしてのけぞる。
「た、確かに君の言う通りかもしれないけど、君はいいのかい? 今の流れだと君も僕の愛人の一人みたいな扱いになってるんだよ?」
「へ?」
まさか自分がそのカテゴリーに入っているとはつゆほども思っていなかったのか、サリアは顔を耳まで真っ赤に染め上げる。
「ななっ……何をマスターいっていらっしゃりますのやら?」
口調がおかしく、明らかに動揺しているのが見て取れる。
「いや……噂話の話でだけど……君が一番僕の隣にいることが多いんだ……そんな噂が流れていてもおかしくないはずだけど」
「しかし……私はその……」
もごもごと口ごもりながら慌てふためくサリアは、どこか考える様な素振りを見せた後。
「…………いやじゃ、ないですよ?」
顔を真っ赤にしながらそうつぶやくように上目遣いでそう僕に告げる。
当然、僕もつられて耳まで顔面を真っ赤に染め上げたのは言うまでもなく……僕はこれ以上は互いに精神が持たないと踏んで話題を変えることにする。
「ま、まぁ、いろんな噂が立つのはサリアのいう通りみんなが応援してくれてる証拠だから、あんまりな誹謗中傷でなければ受け入れたほうがいいんだろうね!ありがたいことだし……だけどこのままじゃ、人込みが出来ちゃってて王城まで時間がかかりすぎちゃうよ」
今はまだ人々が遠慮をして道を開けてくれてはいるが、一歩一歩進むたびに見るからに道幅は狭くなっており、人々の注目もかなり浴びるようになった。
少し無理のある話題の変更ではあったが、割と深刻な問題になりつつあったので、サリアも平静を取り戻してその話題に乗っかってくれる。
中にはサインを貰おうか握手を貰おうかという声もあちらこちらからちらちらと聞こえ始め、僕はどうしようかと悩む。
「このままではゲリラ握手会が観客たちにより開催されてしまう可能性もありそうですね」
「そうなれば確実に王城に到着するのは夜になっちゃうね」
ブリューゲルのこともあり、夜中は出来るだけ動きたくはない僕たちは、できれば人込みには巻き込まれないようにするという方針を話しながら固めていく。
と。
「ならば裏路地に逃げましょうかマスター」
「えっ? っとわぁ!?」
サリアは僕の手を取り、そっと裏路地へと僕を連れ込む。
あまりにも急な裏路地への侵入であったため、僕はバランスを崩すも、人々は裏路地まで追いかけてくるつもりはないようで、僕たちを一瞥すると、またいつもと同じような日常に戻っていってしまう。
まぁ、今はそちらの方が好都合なのだが。
「とりあえず脱出成功です、マスター」
繁栄者の道に比べ細くなった路地裏、喧噪も人々の噂話も聞こえてこないその場所で、僕は一つ息をついて体を伸ばす。
刺さるような視線のせいで、伸びをすることもできなかった。
「あー肩がこるよ」
「お疲れ様ですマスター……ここを抜ければ王城の近くに出れるはずです……少しばかり遠回りになってしまいますが」
「結構入り組んでる見たいだけど、道はわかるの?」
「ご安心を、このあたりの地図は全て頭に入れてあります。 いつまた王都襲撃がやブリューゲルの襲撃があるとも限りませんからね……仮にマスターが助けを必要としているときに、迷子になりましたではすみませんから」
「このあたりの全部? それはすごいね」
「ええ……知識18ですから!」
サリアは胸を張ってそう僕に知的な点をアピールしてくる。
最近脳筋と呼ばれることに対して、彼女は僕たちが思っているよりもはるかに気にしていたのだろう……これからは少しいじるのは控えよう。
「さすがはサリアだ……頼りになるね」
「ええ、ですのでもっと頼ってくださいマスター……何があろうとも私が、マスターのことを守ってあげますから」
サリアは嬉しそうな笑顔を見せてそう笑う。
その笑顔はどこか吹っ切れたような表情であり、僕は気付かれないように胸をなでおろすが、どうじにサリアの言葉にむっとする。
魔王の鎧のおかげでその表情はサリアに読み取られることはなかったが。
「背中は預ける……だが守る必要はない」
「えっ……マスター……何を?」
僕はサリアを壁と挟むようにして立ち、手を壁について見下ろす……。
いつまでも、弱いままでいると思われるのも心外である、だからこそサリアが油断をしているすきに……僕は自らの意志を彼女に伝えることにする。
サリアが驚いて膝を曲げてしまったせいもあるだろうが、少し驚いた様子で僕を見上げる少女の表情はとても美しく、吸い込まれそうだ……。
そんな条件がそろってしまったからだろう。
「お前が私を守るのではない……私がお前を守る、何があってもな」
こんな恥ずかしくも身の程をわきまえない台詞をこぼしてしまったのは。
「は……はひ……」
サリアは呆けたような表情をして、顔を真っ赤に染め上げている。
恐らくヘルムの下の僕の顔も真っ赤だろう……。
だが、後悔はない。
なぜならこれは、僕がサリアに対して抱き続けている意志だから。
「あ、あの……その、マスター……え、えと……人通りが少ないとはいえ……その、は、恥ずかしいのですが」
しばらく僕はサリアとその態勢でいると、耐えかねたかのようにサリアが絞り出すようにそんな言葉を発し、僕も我に返る。
「あっ、ご、ごめ……」
慌てて僕は壁から手を放しサリアから離れる。
自分でやっておいて何だが……すごい恥ずかしい。
サリアもどこか怯えているというか驚いていたようだし……下手をしたら引かれてしまったかもしれない……。
後悔はないが、しかし反面不安が僕を襲い始める。
サリアは顔を真っ赤にしたまま唇に指をあてて、ちらちらとこちらを何度もうかがっている。
正直、何の脈絡もなくやってしまった感があり、僕は謝罪すべきか否かを真剣に悩み始める……と。
「そ……その……マスター」
悶々とするサリアの方から言葉をかけてくれ。
「な、なに?」
僕はそんなサリアに怒られることも覚悟のうえで返事をして振り返ると……。
「え、えと…………じゃあ……ちゃんと、ま、守ってくださいね……信じてますから。 それで……その代わり、ちゃんと、頼ってくださいね?」
そんなとどめの一撃を僕に差し、サリアも自分の言葉にダメージを受け、即座に壁にヘッドバッドをかまし始める。
恐らくこれ以上は、互いにダメージを追うだけであり、深追いをすれば王城に着くまでにお互い精神的な疲労が限界を迎えることになるだろう……。
というかこれを続けていると町が破壊されていしまう。
なので僕は仕方なく最終手段をとる。
「よーーーし!じゃあさっそく頼らせてもらおうかな、いこっか、サリア。 道案内は頼むよ!レッツゴー!」
「ははは……はい!マスター!! お任せください! レッツゴー!!」
半ば強引に、ほとんどヤケクソに……今までの行動を全てなかったことにして、僕たちは無理やり王城を目指すことにするのであった。




