207.スキルの解放
「もしもし? カルラ……シンプソン……入ってもいいかい?」
ティズと共に、僕は患者用ベッド付きのカルラ専用の客室の扉をノックすると。
少し遅れてどうぞというカルラの言葉が響き、僕は遠慮なく中へと入る。
「やぁカルラ……調子はどうだい?」
中に入ると、そこにはシンプソンとカルラの姿であり、シンプソンは入浴により傷口に変化がないかを見ていたらしく、特に問題はなかったようでいそいそと医療器具を片付けている真っ最中であった。
「ど、どうしました? その、さ、サリアさんは……」
カルラは僕の姿が見えるとすぐに嬉しそうな表情をこぼし、すぐにサリアの心配をする。
「あぁ、それはもう心配しないでも、もう大丈夫……怪我の具合はどう?」
「え、ええと」
「特に問題はありませんよ……このままであれば二週間で傷口もふさがります」
少しこまったようにシンプソンを見るカルラに対して、シンプソンはにこやかな笑顔でそう語り……。
「ただ」
と付け加える。
「どうかしたの?」
「いえ、この首のチョーカーなんですけどね」
「し、シンプソンさん!」
「チョーカー……」
確か、レオンハルトが付けたスキル封じのチョーカーだったと思うが……。
「それがどうかしたの?」
「いえ、話を聞いていたところ、カルラさんどうやら自然治癒のスキルを習得しているみたいでして……傷の治りが早くなるからスキル封じのチョーカーを外してもらえませんか?」
「え? なんで僕が?」
シンプソンが外すの無理だとしたら魔法も神聖魔法も使えない僕には到底外せるような代物ではないと思うのだけど。
「危険だから外したくないんですと……あなたのいう事しか聞かなそうですし、説得してください」
「……そうなの?」
シンプソンからの言葉をそのまま疑問にしてカルラに返すと、カルラはばつが悪そうな表情をして。
「……あ、あう……だ、だって私……まだラビの呪いが解けていないですし……今はまだスキルが封じられているから、ラビに体を乗っ取られてもウイルくん一人でも大丈夫ですが……もしスキルがこれに加われば……その……た、大変危険ですから……」
「なるほどね」
確かに、カルラの不安も無理はない。
素手であったとはいえ、彼女は殴り合いでサリアの腕を折るほどの力を有しているのだから。
「自然治癒の力にもよるわね……自然治癒のスキルが使えるようになったら、どれくらい早く傷がふさがるのかしら?」
「そうですね……完治とまではいきませんが、四日もあれば抜糸までできるでしょう」
「はやっ!?」
「ええ、そういうスキルですから」
「なるほどね、危険を冒すだけのメリットはあるという事ね」
「シンプソンの場合は、お金の回収を急ぎたいだけだと思うけどね」
「んっまっ!? ほほっ、うっは! そそそ、そんにゃ……そーにゃ、そんなことないですよ!? い、いやだなーマスターウイル!」
図星か。
まぁしかし、いつも危険なことは反対するティズだが……今回は迷宮教会のことがあるために、少し悩むような素振りを見せる。
相手がまた何かを仕掛けてくる前に、怪我をしたままのカルラでは守りにくいし……カルラを逃がす作戦も実行できない。
確かに暴走は恐ろしいが、サリアがいれば食い止められることは王都襲撃の際にわかっている……かならず安全とまではいかないが……。
そうなると……。
「よし、カルラ……外しちゃおうか」
「いよっしゃあぁ!」
「この【自主規制】神父」
「い、いいんですか? 私……また皆さんを襲ってしまうかも」
「常に君のそばにはサリアかシオンをつけさせるから……安心して」
「そうじゃなくて、皆さんに、迷惑かかっちゃいますよ!? へ、下手したら……こ、殺しちゃうかも」
カルラは一瞬その姿を想像したのか、瞳をくぐもらせて自分の体を抱く。
だけど、そんなことは百も承知だ。
「いいんだよ……君を助けると決めた時から、みんなそれぐらいの覚悟はできている。
そうなってもいいと思えるから……君に手を差し伸べたんだ」
「え?」
「友達の為だったら、みんな少しくらいの危険は喜んで引き受けるさ……ね、ティズ?」
「ふん、ウイルに色目使わないんだったらね」
ティズは不貞腐れながらも、そうつんとして言い放つ。
本当に素直じゃないんだから。
「そんな……いいんですか?」
「いいんだよ……友達だからね」
「……私、友達って……よく、分からなかったんですけれども……えへへ……こんな、こんな嬉しい気持ちにしてくれる……ものなんですね。 私……今まで友達……いなかったから」
カルラはまた泣きそうな声で、そう小さく喜びを表現する。
僕はそんなカルラの隣に座って、そっとその手を取る。
「ウイル君……」
「君一人じゃ不安なら、僕たちが君を支えよう、それに、怪我は早く治るに越したことはないからね。だから、全部一人で抱え込まなくていいんだよ?」
自分でその言葉をカルラに送り……後でサリアとシオンにも言っておかなきゃなと考える。
「……はい。よろしくお願いします」
「うん……じゃあ、とっちゃうよ?」
「えええええ!? こ、ここで!?」
「あんたがとれって言ったんでしょ?」
「いや、まぁそうなんですけど……あの、せめて迷宮で」
「じゃあ、ここの地下室使おうか」
「ここで構いませんどうぞどうぞ使ってください!」
「……こいつもいしのなかにいれたらどうかしら……と言いたいところだけど、寝床がなくなるのも困るわね……一応サリアを連れてこなくても大丈夫かしら?」
「大丈夫だよ、そんなの」
そういって僕は、そのままチョーカーを引っ張って外す。
魔法でできていたらしいそれは、僕の手に触れると、薄紙みたいに簡単にちぎれ、砂の様な塵となって消えてしまった。
「えっ!? う、ウイル君!?」
「……ちょっ!? あんっ! も、もう少し慎重に!?」
「ぎゃああああああああ!?」
しかし、何も起こるわけがない。
「……ほらね、大丈夫」
そもそもカルラの呪いはスキル封じのチョーカーも何も関係はない。
現在出てきていないのに、チョーカーを外して出てくるわけがないのだ。
「あ……ほ、本当です」
カルラもぽかんとした表情でそう僕を見つめており、何をみんなそんなに心配していたのだろうと僕は首をかしげる。
「具合とかは?」
「問題ありません……逆に……ふ、封じられてたスキルが戻って……少し体の調子もいいです」
「よかった。 じゃあ、これからの予定だけど……シンプソン?」
「例のごとく気絶してるわ」
「のろ……のろい……おのろのろ」
「やれやれ……」
何かが出てくる前に気絶とは……。
僕はそんなシンプソンにあきれながらも、懐から金貨を一枚取り出して床に放る。
床に金貨が跳ねる独特な音が響き渡ると。
「お金!」
シンプソンは自らの力で起き上がり、金貨へととびかかる。
「す、すごい……手品ですか!?」
その一芸にカルラは目を輝かせて僕を羨望のまなざしで見つめると。
「どちらかというとコントね」
ティズはあきれたようにそう呟き、カルラの肩に座ってため息をつく。
「マスターウイル! マスターウイル! この金貨は私が拾いました! 王都リルガルムの法律にのっとり! 一割は私のものに……」
「ウザいうえにみみっちいわ! 馬鹿神父!」
「はぁ……もうそれあげるからとりあえず話を聞いてシンプソン」
「いやっほーーう!」
「し、シンプソンさん……すごい最近疲れてるんですよ……だ、だからあんまり責めないで上げてください」
「この状況のシンプソンをかばうとか、カルラ、君は天使かい?」
「え? えと……忍です」
こまったような顔をするカルラに僕は愛くるしくて……そっと頭を撫でてあげた。
「ふえ?」
「それでマスターウイル……お話というのは?」
金貨欠乏症から脱したのか、シンプソンは僕の前にやって来て一礼をする。
本当に現金な男だ。
「ああうん……お望み通りスキルは解放したけど、四日後にはじゃあ呪いを解きに迷宮へ潜っても大丈夫なのね?」
「……ええ、大丈夫です。 暴走して暴れなければの話ですが……まぁ、呪いさえ解ければあとは私の力で何とかできますのでご安心ください」
「そっか……それじゃあ、呪いを解く作戦は四日後ということで……」
「サリアとシオンにはどう伝えるのよ? 今二人で抱き合ってイチャコラしてるんでしょう?」
「え?あ、あのお二人って……その、そういう関係だったんですか? そこのところをできればお詳しく……」
「あー、アンタなるほどねそういう感じかー」
「何を話しているかはわからないけど、とりあえずサリアたちには僕から言っておくよ」
「はーい……じゃあ、腐り姫様がご不安になりそうだからさっさと二人を連れてきて頂戴」
「腐りっ!? なんですかそれーー!」
「何はともあれ、怪我が治ったらマスターウイル、お金の方はお願いしますよ」
「はいはい……大丈夫だよ、任せておいて」
僕は念を押す神父と、楽しそうな声をあげるティズとカルラに苦笑を漏らし、チョーカーを外して正解だったなと心の中で思うのであった。




