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205.ウイルとサリア


走るサリアを追いかけて数分……。


かけていった方向へと歩き、サリアを探していると、僕は礼拝堂への扉が開いていることに気が付き、中へと足を踏み入れる。


と、そこにはクレイドル神の像の前に設置してある信徒用のベンチに一人腰を掛けて、ぼう


「サリア……」


その瞳はどこか曇っており、僕は声をかけるのは躊躇われたが、決心をしてそうサリアの名前を呼ぶ。


「……マスター」


僕が隣で呼びかけるまで、サリアは何か考え事をしていたのか……はっとしてこちらを向く。


「何を考えていたの?」


「……少し、お祈りをしていました」


僕の問いかけにサリアは少しだけ考えるそぶりを見せた後、そう答える。


「お祈り? なんて?」


「……ええ、願わくば次は、普通の女の子に生んでくださいと……贅沢な願いですよね」


次を……。


彼女が次に何を望むのかなんか言うまでもない。


死んでしまっていては……もう二度と、合うこともできない。


だからこそ、サリアに残された願いは、次でしかかなわない……。


もう死んで消えてしまった人に愛されることは出来ないから。


だから。


「むしろ、遠慮しすぎだよサリア」


僕はその言葉をサリアへと送る。


「そうですか?」


「せっかくのお祈りなんだから、もっと欲張ったっていいんじゃない?」


何を……とは言わない。


だって、サリアはずっとそれを願いたいはずだから……でも、いまではなく次の願いをしてしまうのは心のどこかで、自分を責めているからだ。


「あはは……それもそうですね……ええ。 マスターのいう通りです……馬鹿ですね私。どうせなら、お父さんもお母さんも生き返らせて……それで、これは呪いなんかじゃない……理由があったんだ、愛してるよって……どうせお祈りなら……それぐらい願えばいいのに……」


サリアは自分のお腹をさすりながらそうつぶやくように、そして心底自分にあきれるようにそう言い放つ。

「両親が憎い?」


自分を裏切ったこと……呪いをかけたこと、魔法の使えない体にされ……あがく姿を嘲笑されていたこと。


だが。


「いいえ」


サリアは静かに首を横に振るう。


「そっか」


「ええ……。 たとえあの笑顔が偽りだったのだとしても……魔法の使えない哀れな私を愛したのだとしても……私はお父さんとお母さんが大好きです。 二人と過ごした時間は……私にとっては何の偽りもない喜びに包まれた時間でしたから」


「うん……それはわかるよサリア……僕もお父さんが大好きだった……きっと僕も、お父さんが今後、悪いことをしていた人だったってわかったとしても……変わらないままだと思う」


だって、その背景に何があろうとも……あの時がとても幸せだったことに変わりはないから。


でも。


「それでもつらくないわけじゃないんだろう?」


それでも……それを知ってしまった【今】は違う。


両親を憎まなかったとしても……傷つかないはずはない。


「……ええ。 ですが大丈夫ですマスター……ええ……私は……」


「僕の前で嘘はつくな……サリア」


僕は出来るだけ優しく……しかしはっきりとそう命令をする。


「え、あっ……ま、マスター……本当に……本当に私は……」


サリアは困惑したような表情で慌てて僕に詰め寄ってくる……。


震える声に……震えるその体……。


今にもこんなに壊れそうだというのに。


彼女はいつも泣き言も言わずに一人で戦おうとしてしまう……。


だから僕はそれ以上は何も語らずにそっとサリアの肩に手をのせる。


「サリア……いいんだよ……君が一人で泣けないのであれば、僕が隣にいてあげるから……何もできなくて頼りないかもしれないけれども……胸を貸してあげることくらいはできるから……」



「っ………ます……たぁ……」


サリアはそう、今にも泣きそうな表情を僕に向けると。


そっと、その頭を少しうずめるように、僕の胸の中に沈め。


「ぐす……ひっく……ひっぐ……うぅ……」


声を押し殺すように泣く。


何とか押さえようとしても……一度あふれた感情は止まらないらしく……。


サリアはその後、声が枯れるほど……ひたすらに泣き続けた。


僕はそんな彼女をそっと胸に抱きながら……彼女が落ち着くまでずっと一緒の時間を過ごした。

                      ◇

泣きじゃくるサリアの姿を覗いて……私はそっと礼拝堂からティズさんと一緒に出る。


気付かれるかとも思ったが、サリアさんは気が動転していたようで、二人の様子を覗き見ている私とティズさんには気づくことはなかった。


「風呂場で様子がおかしいと思って色々とついてみて回ったけれども……まぁ何とか大丈夫そうね」


「……ご、ご、ごめんなさい……わ、私が……余計なことを」


私はそう、一連の騒ぎについて、軽率な発言をしたことをティズさんに謝罪をするが、ティズさんはさして気にする様子もなく。


「別にいいわよ……遅かれ早かれ……サリアはそのことに気づくことになったでしょうし……それに」


「それに?」


「真実ってのは、目を背けてれば綺麗なままだけどね……真っ直ぐ直視しなきゃ、本当の答えにはたどり着けないものだから……今はあれでいいのよ……」


ティズさんはそういうと、ふらふらと飛んで、私の頭の上にとまり。


「ほらほら……今日くらいはサリアのことは勘弁してあげようじゃないの 」


そう提案をして、私の頭をぺしぺしと叩く。


「わかりました……」


私は少し不機嫌そうなティズさんにそういうと……後はウイル君に任せて他の場所へと移ることにする。


踵を返し……そっと客室へと戻ろうとしてふと思う……。


ウイル君は……サリアさんの前ではあんなに優しい顔をするのだ……と。


胸をうずめるサリアさんに……優しく微笑んだままサリアさんを抱きしめていたウイル君。


そんな姿を私は思い出し……。


【羨ましい……】


同時にぞわりと……私の中の呪いが……心の中でこみ上げる。


「えっ!?」


私は慌てて自分の体を調べてみるも……その時にはすでに、呪いは収まっていた。


「どうしたのよ……カルラ……あんたあんまりほっつき歩いてると傷口開いちゃうんだから……戻るわよ?」


「え、あ、はい……」


偶然か、それとも私の少しの嫉妬に過敏に反応をしただけなのか……。


私はそんな疑問を自分に投げかけるも、呪いからは返事など来るはずもなく……私は一人偶然であると判断をしてその場から立ち去ることにする。


たまたま……ウイル君のことだからきっと過敏に反応してしまっただけなんだと自分に言い聞かせながら……。


しかし……あの一瞬に感じた感覚だけは……ベッドに戻っても拭い去ることは出来なかった。


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