204.強がり
「え? のろ……え? 冗談……だよね?」
シオンの言葉に、僕はそううろたえる。
サリアが呪われている、そんなことをいうシオンの表情は真剣そのもので、とても冗談だとは思えず、その今にも泣きだしそうな表情が、それが紛れもない真実であることを告げている。
「一体誰に?」
だからこそ僕は、その先を聞く。
「……ウイル君は、サリアちゃんのお腹にある、刻印……見たことある?」
「え……うん」
そう問われて僕は一度その真意がわからずにうなずき……。
「え……まさか」
気付いてしまう。
「そう……あの刻印は、エルフに伝わる刻印魔法なんかじゃなくて……サリアちゃんの体から魔力が一切外に出ないように遮断する呪い……エルフにとっては、拷問みたいな呪いだよ」
ぞくりと背筋に悪寒が走る。
なぜなら、その刻印を刻んだ人間は、サリアを生んだ父親と母親なのだから。
「どうして……サリアのご両親は」
「わからない……わからないけど……サリアちゃんの魔力量は確かに尋常じゃなかった……きっと呪いが無ければ……今頃魔道国家エルダンの議長席に座っているくらいに……魔法の才能に溢れてる……でも」
シオンはその答えを出したくなさそうに首をふって声を絞り出す。
でも、それしか考えられないだろう。
「嫉妬……」
僕は残酷な現実に、肩の力が抜け落ちる。
確かに、サリアは前に、両親はエルフの里一番の魔法使いだったと自慢していた。
だが、そんな二人の前に……赤ん坊でありながら、自らをはるかに超えるほどの魔力を有したものが生まれ、嫉妬が芽生えたのだとしたら……。
想像の範囲内でしかないが……僕は自らの想像に気分が悪くなる。
「いつから気づいてたの?」
「初めて一緒にお風呂に入った時……すごい力の呪いがかけられてて……すぐに気づいたの、私にも解除できないくらい強力で……それも絶対に消えないように二重掛けされてて……お話を聞きながら、お父さんとお母さんがかけたんだってすぐに分かったの……でも……サリアちゃんはその時とっても嬉しそうにお父さんとお母さんの話をしてて……ごめんなさい……私……言えなかった」
イスに座った状態で、シオンはうつむいてそう語る。
「……ずっと隠してたの?」
「そう……でも、いつまでも隠してられない。 今日呪いに飲み込まれてもサリアちゃんが平気だったのは、呪いの所為。獣王が暴れだしたのも……サリアちゃんの呪いに反応したの。
今はまだごまかせるけど……いつかサリアちゃんがそれを疑問に思っちゃったら……もう隠せない」
「シオン……」
「それに……これだって」
そういうと、シオンはバッグの中から一冊の本を取り出す。
それは確かに僕も見覚えがある。
重厚で古めかしい……魔法の痕跡が残る本……。
「グリモワール……なんでシオンが……」
「サリアちゃんの呪いは……魔力が外に出ないようにするだけじゃなくて……外からの魔法も完全に遮断されるの……このグリモワールみたいに、直接魔法が入り込もうとするアイテムなんかも、サリアちゃんの体は拒絶する……無理やりに魔法を覚えようとすれば……サリアちゃんは呪いに影響されちゃう……きっと、呪いが現れて……この本を焼き払う……サリアちゃんの呪いのことを隠し通すには盗むしか……これしか、これしかなかったの……ごめんなさい……ごめんなさい……」
シオンは涙をあふれさせながら僕にそう懺悔をし、僕はそんなシオンに対してどう声をかけていいかわからないでいる。
と。
「その話……本当ですか?」
「!?」
気が付けば、客室の扉が開いており……そこには風呂上りのサリアが立っていた。
「さっ……サリアちゃっ、どうしてここに!? お、お風呂は!?」
慌ててシオンはグリモワールを隠そうとするが、時すでに遅く……サリアはゆっくりと客室の中に入ってくると、シオンの前までやって来て。
「カルラから呪いのことを聞いて……その真偽のほどを確かめるために……ここに来ました……シオン、今の話は本当なのですか?」
問いただすようなサリアの言葉に……シオンは小さくうなずいてしまう。
「ごめんなさい……ごめんなさいサリアちゃん……私、私」
シオンはそうサリアへと視線を向け、泣きそうな顔で謝罪をする。
サリアが信じていた世界は今日この時をもってあっさりと砕け散り、驚愕に目を見開いたまま硬直をする……。
それは、どれだけサリアの心を踏みにじったのか……彼女が最も愛した人間が……彼女に消えない心の傷を作った張本人だったのだ……。
その衝撃はぼくなんかでは到底想像もできない……。
しかし。
「も……もぅ、それならそうと言ってくださいよシオン」
サリアは笑ってシオンの肩を優しくたたく。
「サリアちゃん?」
「気にしないでください……と言えばうそになりますが、思えばカルラの親のように子を捨てる親もいるのです……父と母が私の力に嫉妬して、私に呪いをかけるのだって珍しいことでもないのでしょう。 むしろ呪いをかけるほど憎んでいても、育ててくれたのです……感謝しなければ」
「でも……でも」
「大丈夫ですよシオン、ええ大丈夫です。 逆に考えれば……私は生まれつき才能がなかったわけじゃないんです……私を馬鹿にしていた人たちも、それを知っていたうえで私を蔑んでいた私が落ちこぼれだったのではなく、皆が私に嫉妬していたのです……私は魔法が使えたのです……ええ……だから、それだけで私は十分です……十分なんです……」
サリアは気丈にふるまいながら、そっとシオンの頭を撫でる。
「気を遣わせてしまってごめんなさいシオン……私がふがいないばかりに……」
「サリアちゃん……」
「サリア……」
心配する僕たちの表情に、サリアはわざと気づかないふりをしたのだろう。
いつもの様に僕たちに微笑むと、一度頷いて立ちあがる。
「そのグリモワールの処分はマスターに任せます……。 私には扱えない物みたいですし……あぁ、急いできたので髪がまだ濡れてますね……あはは……私としたことが……湯冷めしてしまいますし……すぐに乾かしてきますね!」
言い訳をするようにサリアは少し早口にそう僕たちへと言葉を投げつけると……足早に客室を出ていく。
大丈夫なわけがなかったのだ……。
「お願いウイル君……私……私どうしたらいいか……」
シオンは今にも泣きそうだ……。
「分かってるよシオン……君に一人で頑張らせちゃったのは僕だ……ありがとう」
うなだれ、涙をこらえるシオンの頭を一つ叩き、僕は出来るだけゆっくりと……サリアの後を追いかける。
何もできないかもしれないけれども……一人にしてはいけない……それだけはわかったから。




