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197.高貴な魂 サリア

放たれた炎は爆炎となり、リオールをそのまま包み込む。


「がああああああああああああああああああああああああ!?」


たけだけしき炎熱。


メルトウエイブの様な核の炎ではなく、純粋な高温の炎は、炎竜の吐息の名の通り、

すさまじい速度で液状化したリオールへと走り、その身を蒸発させる。


「! す、すごい……これが古代魔法……」


後ろで見ていたカルラは、目を丸くしてその光景に息を飲む。


精密動作により、爆炎はほかに燃え移ることなくリオールのみを焼き。


僕の意志のまま、描いた想像のままに敵のみへと牙を剥き、一瞬にして消える。


そう、爆炎が放たれたのは一瞬。


しかしその一瞬にして、リキッドリオールの液状化のスキルは解かれ……黒焦げになったリオールがその場に倒れて動かなくなる。


「なんと……なんとなんとなんと……!? あなたにそんな隠し玉があったとは、古代魔法……見るのは初めてではありませんが……まさかここまで思いのままに操るものがいるとは……くっふふ、貴方は本当にラビの寵愛を受けているようだ……」


迷宮の壁に吹き飛ばされ、壁に打ち据えられていたブリューゲルは、体勢を立て直したのか、その光景を見てそう素直に僕へと称賛の言葉を投げかける。


嬉しくはないが。


「……これでようやく一体一だね……カルラを諦めるっていうなら、これ以上はやらないけどどうする?」


「ふっふふ、愚問ですねぇ、我はラビを愛しラビの為のみに生きるもの! 目前にラビがあり囚われているならば、この首この心臓この脳髄の一滴に至るまで焼き払われようが、そこにラビへの愛がある限り、たとえ肉片の一片であろうとも背教者への断罪を企てん!!」




そうブリューゲルは怒声を僕に浴びせると同時に。


【ダークランス!!】


無詠唱にて、漆黒の槍を僕へと放つ。


「詠唱破棄!?」


そう驚愕に声を漏らすも、僕は冷静に的確に迷宮の壁でその槍を防ぐ。


高位の魔法使いだとは思っていたが……まさか詠唱破棄まで使用できるなんて……。


僕はそう迷宮の壁の後ろでそう安堵のため息をつくが……。


しかし、その直後にこの行動は失態であったことに気が付く。


「その壁の弱点は……目の前が見えなくなることですねぇ」


壁の裏からブリューゲルの声が響き、僕は驚愕に周りを見回すと……壁を迂回するように

左右と上……すべてから触手が僕を取り囲むように伸びていた……。


その数は一つではなく……二十。


先ほどメイズイーターでやっと破壊したその触手が……目前に無数にうごめき僕へと向けられている。


「数的優位など、ラビの愛の前には関係はありません……足りなければ二百……いや、二千本でも出しましょう?」


僕はそれに一歩後ずさるが、こちらが見えているのか、触手も僕と一緒に移動をする、どうすればよいか思案するが……良い方法が思い浮かぶわけがない。


眼前に触手を突き付けられた状態……この状態では、どのスキルよりも早く、触手が僕を呪うだろう。


「くっくっく……若き息吹、堪能させていただきました……。 しかしそれも終わり。

何かと抵抗をしているみたいですが、考えてもみてください、あなた方の主戦力である聖騎士サリアはすでに私の手中にいるのです……。 アークメイジも魔法を封じました……今のあなたはまさに詰み……このままラビの寵愛に包んでしまってもよいのですが、私としては強制的な盲信は好みではありません、おとなしくカルラを差し出したほうが良いと思いますが?」


「ウイル君!! もう、もうやめて! わ、私が、一緒に行きますから! お願い……」


カルラはベッドから身を乗り出してそう叫ぶ……確かに、ここはカルラを差し出したほうが……賢い選択なのかもしれない。


だが。


「死んでもやだね……」


守ると約束した人を、自分可愛さに差し出すのが賢いのだとしたら、僕は一生馬鹿でいい。


「ふーむ……なるほどなるほど、ではでは、聖騎士サリアと同じ末路をたどりたいというのであれば仕方がありませんねぇ……たとえ愚者であろうとも、私達迷宮教会は、貴方を歓迎しますよ……ミスターウイル」


ブリューゲルの声と同時に、触手たちは感激をするように新たな狂信者の誕生に喜び猛るように震え、僕へと一斉に迫る。


ここだ!!


「ブレイク!!」


ブリューゲルが攻撃を仕掛けてくる最後のチャンス……僕は目前の迷宮の壁を破壊し、

前方へと跳ぶ。


回り込むように触手を張り巡らせているならば……正面はノーガードのはず!!


攻撃をかわせさえすれば……後は触手ごとアイスエイジで……。


「いらっしゃいませえええええぇ!」


しかし、その攻撃はブリューゲルには読まれていた


目前にはほかの触手とは異なる太い触手が二本待ち構えており……。


僕は自ら鳥かごの中へと入ってしまったことに気が付く……。


「しまっ……」


判断ミスを後悔するがもう遅い。


ここまでか……。


僕は歯ぎしりをし、己の弱さを食いながらその触手を受け入れようとすると……。


「愛を語るのはいいが、盲目が過ぎても足元をすくわれるぞ! ブリューゲル!!」


聞きなれた気高き凛とした声……。


「なっ!?」


【断空!!】


瞬間、目前の触手は何者かの一閃により断ち切られ霧散する……。


「んなっ」

ブリューゲルアンダーソンは驚愕の声を漏らし、何が起こったのか理解できないといったようにあたりを見回すが……。


何が起こったのかなど言うまでもない。


「……確かに、貴方のいう通り……根元から断てばお粗末な言葉でしかありませんね」


小さな言葉と共に、ゆらりと聖騎士・サリアがブリューゲルの前へと現れる。


その手に握られたのはリキッドリオールが使用していた少しすすけた白銀の刃……。


腹部からいまだに赤い血は流れ出ているものの……その気迫、殺気はみじんも衰えることなく、鬼人のごとき威圧感を放っている。


「おやおやぁ? なぁぜ、貴方が?」


「呪いをばらまいたのが仇になりましたね」


そういうとサリアは背後を少し見やる。


そこにはシオンと。


「ナーガラージャ?」


少しだけ大きくなったような気がするナーガラージャがいた。


「あの蛇の様なものがぁ、なんだかよくわかりませんが、なるほどなるほど、隠し玉は最後まで取っておくことが肝要という事ですかぁ……いいですねぇ、いいですねぇ!? ですがあの形態で呪文を唱えることは出来ないでしょう、アークメイジの魔法もまだ解けてはいないはず……できたのはあくまでラビの寵愛を破ることぐらい……ふむふむそうするとなぜラビの寵愛を受けてなおラビに屈しないのか……考えられるとしたら一つ……あぁ、それなら納得です……くくく……あなたへの愛も、ゆがんでますねぇ? サリア?」


「?……一体何を」


ブツブツとつぶやきながらブリューゲルは一人納得したような言葉を漏らし、首をありえない方向に捻じ曲げながらサリアを凝視する。


その瞳は何かを品定めするような……そんな恐ろしくもねっとりとした目つきであり。


見つめられているのは僕ではないはずなのに背筋に悪寒が走る。


来る……。


「サリア!!」


僕はそうサリアへと叫ぶと。


「分かっています」


サリアは目前から飛ばされた呪いの触手をその刃で両断する。


「無駄なあがきを!」


「まだまだまだあああ!? ラビへの愛がある限り!! この触手は鞭となり剣となり盾となる! ラビ万歳! ラビ万歳! ラビ万歳!」


放たれる触手は幾重にも枝分かれし、サリアを狙いうがつが。


サリアはそれさえもものともせず、一振りで十本の触手を打ち払いながら、ブリューゲルまで走り寄る。


もはや力の差は歴然であり、気が付けば触手はすべて叩き切られ、サリアはブリューゲルの目前へと踏み込んでいた。


「貴方の狂気もここまでです! ブリューゲル!」


そう……サリアは一閃を放ち、ブリューゲルの首元へと刃を走らせる。


神速の一閃は重く……リオールのそれとは比べ物にならないほどの速度を誇っており、同回避も防御も許さずにブリューゲルの首を刈る。


しかし。


「ええ、これでいいのですよ……聖女は確かにもらい受けました……」


「何?」


首を刎ねられる直前、ブリューゲルはそう不敵な笑みを浮かべ……

同時にその首が胴体から離れる。


全てが終わった……。 ブリューゲルもリオールも死に、これで終わったのだ……僕は飛ばされるブリューゲルの首を見やりながらも、そんなことを考え一つ息をつく。


しかし。


その時点で……ここにいた誰もが油断をし、ブリューゲルの策にはまってしまっていた。


「きゃあっ!?」


「なっ!? カルラ!!」


ブリューゲルの首が飛んだ瞬間……黒く焦げたリオールの遺体が動き出し。


道をふさごうとしたシオンとナーガを突き飛ばし、その全速力をもってカルラを抱きかかえると、寺院のガラスを破って逃走をする……。


其の一連の動きはまるで示し合わせてあったとしか思えないほどの手際であり、僕たちはようやくここまでブリューゲルの掌の上で踊らされていたことに気が付く……。


「くっ!? 死体への擬態!?」


サリアは慌てて逃げ出したリオールを追おうと走り出すが……。


「いいえ……遺体の再利用です……そして私のこれは蘇生です」


ありえない言葉が背後から響き、触手の一撃が首を刈り取られたはずのブリューゲルから放たれ、サリアは吹き飛ばされ壁にたたきつけられる。


「あっぐっ!」


「追わせませんよ……ラビの力は私たちのものだ!!」


気が付けば、いつの間にかはねられた首を元に戻し、僕たちへ向かいリオールの逃走を妨害する……ブリューゲルアンダーソン司祭が不敵に笑っていた。



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