196.ウイルVSリキッドリオール
「なっ!?」
「サリア……」
「サリアちゃん!!」
驚愕の声が漏れ、同時に一同が招かれざる来訪者の存在に息を飲む。
「がっ……」
白銀の剣はずるりと引き抜かれ、同時にサリアは片膝をつく。
どろりとわき腹からは赤いものが流れ出し、口からはうっすらと血をにじませている。
急所を外れてはいるのだろうが、重症なことには変わりない。
「サリア!」
「下がって!!」
自分も重症なくせにサリアはそう叫び、扉からの侵入者をその殺気で牽制する。
「流石は聖騎士サリア……刺し貫かれてなお、殺気はみじんも衰えませんねぇ。しかし、さすがのあなたも、マスタークラスの暗殺者の技と、私の気配遮断の魔法を併用されては、気づきようがなかったみたいですねぇ……」
白銀の刃が引き抜かれた扉がゆっくりと開き、そこから此度の襲撃者が堂々と姿を現す。
「な……え?……な、なんで?……あなたたちが」
カルラが驚愕に目を丸くする。
無理もない……なぜなら目前には、司祭・ブリューゲルアンダーソンと、アンドリュー軍隠密機動……リキッド・リオールが並んで立っているからだ。
赤い血が付いているのはリオールの剣である。
「ふっふふふ、彼は偉大なるラビの考えに賛同し、我々の仲間となったのですよ! おおおぉお! ラビ万歳!」
「種は割れてんのよいかれ野郎! どうせ呪いかなんかで操ってるだけでしょうに!」
「ラビの意思に飲み込まれることにより! そのものは生まれ変わるのです! ラビのいる人生! ラビを愛する人生そのものが! 人間にとって最高の一生なのですよ!」
「話は……通じないようですね」
サリアはそういうと、ふらふらとわき腹を押さえて立ち上がる。
「ほう、まだ動けますか」
「……当たり前だ……ここで全てを終わらせる! ブリューゲル!」
腹部から血を噴出させながらも、サリアは拳を振りかぶりブリューゲルへと殴り掛かる。
しかし。
「ですがまぁ、そうでなければ困るんですけどね」
「あぐっ!?」
ブリューゲルが指を鳴らすと同時に……サリアの傷口から呪いが噴き出し、気が付けば一気にサリアを縛り上げる。
「私の呪いは侵食性……傷口より増殖し、貴方を縛りそして犯す……」
「ぶ、ブリューゲルウウウウ!」
「サリア!」
呪いにとらわれ、サリアはもがくも、全身を触手が縛り上げ、逃げ出せそうにない。
「……もう遅い。 くっくっく、これであの方も、美しきラビの虜になる!」
「させないよ!メルト」
シオンは杖を振り上げ、扉の前のブリューゲルへ魔法を放つ。
サリアを傷つけられた怒りか、その魔力の奔流はすさまじく、そのすべてがブリューゲルを焼き尽くすためだけに向けられる。
しかし。
【根元から立てば、魔法もただのお粗末な言葉である……】
シオンのメルトウエイブよりも早く、ブリューゲルは小さく呪文を詠唱し。
「ウエイブ!」
【デリートオブウイル】
メルトウエイブを消滅させる。
「妨害呪文!?」
シオンの杖からは魔法は放出されず、魔力が形を成す瞬間に、ブリューゲルの魔力により作り上げられた水の塊が、メルトウエイブの形成を阻害し魔法を妨害、打ち消す。
「ふふっ、高位の魔法であろうとも、出掛をつぶせば問題はありません」
「くっ! でも、そんなことで、私の炎武は!」
「ええ、知っていますよ……」
【押し黙らない者には、針と糸をもってわからせる……】
【沈黙の口縫い】
「むぐぅっ!?」
魔法により、シオンは口をふさがれ、魔法の詠唱が不可能になる。
いかに炎武と言えども、魔法の名前が呼べなければ魔法は発動しないのだ。
「嘘……あの二人が、こんなあっさり」
ありえない光景が目前に広がっている。
「ふっふふ、強者というのは時に足元を見るのを忘れますね……人対人との戦いに、膨大な魔力も膨大な力も必要ないのです……」
呪いに飲まれたサリアに、口を紡がれたシオン……ブリューゲルはニタニタと笑いながら……リオールと共に僕の前へと近づく。
「やるしかないね……」
僕はそうつぶやき、カルラを守るようにホークウインドを構えて立つ。
「ふっふふ、まだ抗いますか?」
「悪いけど、カルラを守るって、約束しちゃったからね」
「聖女をたぶらかす魔性の悪魔……あなた……万死に値しますよ!! リオ―――ㇽ!」
名前を呼ばれ、リオールは機械人形のように反応し、僕へと切りかかる。
その心は呪いに蝕まれても、その剣閃に狂いはない。
「ぐっ!?」
重く速い一閃。
先の戦いの時よりも鋭いその一撃一撃を、僕は受けるも……マスタークラスとレベル六では力の差は歴然であり、受けきることしかできずに防戦一方となる。
「がっぐっ!?」
体のどこかに呪いが触れればすぐにアウト……。
理不尽かつ勝算は薄い戦いであるが、それでもその手を止めるわけにはいかない。
「耐えますね!!」
「げっ……」
「ウイル!! 右っ!」
そんな意外と攻撃を耐える僕にブリューゲルはいらだちを覚えたのか、触手を伸ばしリオールと同時に攻撃を仕掛ける。
これは少し防げない。
「ぐっ!」
僕は寺院の天井に蜘蛛の糸を放ち、宙に浮くようにして二つの攻撃を回避し、背後を取る。
「はっ!」
ようやく生まれた逆転の一手。
しかし。
「甘いですねぇ……えぇとても甘い」
「まぁ、やっぱそうだよねぇ」
その一撃は、ブリューゲルが出す呪いによって受け止められてしまっている。
攻防一体死角なし……。
反則気味だ。
「捕らえろ!! ク・リトルリトル!」
「ちっ」
僕は伸ばされる触手を後ろに飛んで回避し、体勢を立て直すが。
「逃がしません! しゃあああああぁ!」
ブリューゲルはそんな僕に対し、追撃を仕掛けるように触手を飛ばしてくる。
「メイク!」
精密動作により、迷宮の壁で作成した石柱をリオールとブリューゲルへと走らせ触手を巻き込むように狙いうがつ。
「がっ!?」
狙いすました一撃はスキルの発動により、正確に二人を捕らえ、ブリューゲルは顔面に一撃を受けて吹き飛ばされ、リオールは液状化により攻撃を回避する。
いかに呪いと言えども、迷宮の壁は侵せないらしく、打ち抜かれ引きちぎられて触手の一本が霧散する。
本来ならリオールも巻き込んで、サリアの救出に向かいたかったが……。
「ちっ……やっぱり液状化は使えるか」
操られていることにより、液状化が使えない……なんて淡い期待を抱いていたりしたのだが。
そう人生都合よくことは運んでくれないようで……。
僕はため息を一つ付いてあたりを見回す。
シオンは未だに魔法が使えず、サリアは触手にとらわれたまま……。
状況は最悪に近い状態だが……。
それでもカルラが僕を見守っている……今にも泣きだしそうな顔で。
負けるわけにはいかないが、リスクを取らずに勝てる場面でもないようだ。
「……うまくいってくれよ……」
一つ僕は自らのスキルへ対してそう呟き……。
「!?」
液状化したリオールへと走る。
「ラビ万歳!! ラビ……万歳!」
液状化を解き、体勢が崩れた状態のリオールへ叩き込む一閃……。
しかし。
「があああああああああああああああ!」
リオールは身の危険を感じたのか、その身からも黒い触手を走らせて僕へと攻撃を仕掛け、僕の腹部を穿つ。
「ウイル!!」
「…………!」
「アイスエイジ……」
だが、その呪いは届かない……。
攻撃を受けた腹部をアイスエイジで凍らせ、攻撃を防いだのだ。
精密動作のスキルを習得し、火と氷のスキルを完全に操れるとは聞いていたが、練習もなくぶっつけ本番で試すのは賭けであった。
しかし……狙い通り寸分の狂いなく、アイスエイジは僕の思った通りに力を発動する。
いかに呪いと言えども……氷までは呪えず、古の魔法は逆に呪いを侵食する。
「!!」
腹部に触れた触手は、アイスエイジのスキルにより凍っていき、それを僕は砕いてリオールへと跳ぶ。
「ぐあああああああああああああぁ!」
触手の不意打ちも回避され、体勢も満足でない状態……しかしリオールはかつてのアンデッドハントであった時の意地か、その不完全な状態でも全身全霊を込めた一撃を僕へと放つ。
大ぶりではあるが、最高速、全ての重みをかけた一撃。
マスタークラスの名に恥じないその一閃は確実に僕の首を狙っており、敵でありながらその一閃には美しささえ感じてしまう。
だが……しょせんは悪あがきでしかない。
剣を弾く大きな音を響かせ、僕はアイスエイジで凍らせた白銀真珠の籠手で、リオールの剣を弾き飛ばす。
全身全霊の一撃を弾かれた反動は当然大きくリオールへと帰り。
「キンキュウカイヒ……」
リオールは、定められた行動の通りに、僕の攻撃を液状化で回避しようとする。
だが。
「逃がさない……」
僕は剣を振り下ろすのではなく、ホークウインドを手放して右腕をまだ完全に液状化しきっていないリオールへと翳し。
「ドラゴンブレス!!」
古代魔法・火のスキルをたたきつける。




