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17.サリアの歓迎会

「カンパーイ!」


その日の探索は早めに切り上げ、僕達はエルキドゥの酒場で蜂蜜酒のジョッキを互いに打ち鳴らす。


「今日はサリアが仲間になって初めての迷宮探索だからね、歓迎会もかねて少し贅沢なものを頼んでみました!」


その名もマスター男のフルコース。銀貨5枚という恐ろしい値段のするフルコースだが、

料理は間違いなく絶品、そして店の酒は飲み放題という特典つき。駆け出し冒険者ならば誰もが一度は憧れるこの店一番のコースであり、下層冒険者達の週末の楽しみでもある。


「なによ、サリアの歓迎会にかこつけて自分が食べたかっただけじゃない」


ティズはそう笑いながらも、両手の骨付き肉に幸せそうにかぶりついては、せわしなく高級蜂蜜酒を浴びるように飲んでいる。 


「……私の為にこんな豪勢な歓迎をしていただけるなんて……マスター感謝します」


うん、サリアも喜んでくれているみたいで、其れでこそ奮発をした甲斐があるというものだ。 


僕は満面の笑みを作って鶏肉の蒸し焼きにかぶりつき、ドワーフの蒸留酒を一気にお腹に流し込む。 お腹にずっしりと重く圧し掛かる感触と、全身に巡る血潮が熱を持ったような感覚に僕は一つ息を吐き出し、きこりの時代のことを思い出す。


仕事が終わった後はいつもこうして強いお酒を飲んでいたものだ。


「マスター、随分と強いお酒を飲まれるのですね」


「うんまぁ、寒い所にいたからね。強いお酒がないと寒くて寒くて」


「なるほど」


「そういうサリアも、手に持ってるものは随分と強そうじゃないか?」


サリアは、僕やティズのジョッキとは異なり、異国の珍しい陶器で作られた器になみなみと注がれた透明なお酒を、ビンから注いでは一気に飲み、注いでは一気に飲みとを繰り返している。


「これですか? これは清酒といいまして、文字通り色のない透き通ったお酒です。

香りも甘く、とても美味しく私は好きですね。 また、暖めても美味しいので冬も夏も楽しめるという優れものです」


「へぇ」


「マスターもどうぞ。美味しいですよ?」


そういうとサリアは自分が飲んでいた器にお酒を注ぎ、僕に手渡してくる……。


「ふえ!? そ、そんな」


「遠慮なさらず、さあ、ぐいっと」


これってももも、もしかして、間接キスという奴に当たったりあたらなかったりするのでありませんでしょうかしら?


どきどきと心臓が高鳴り、器を手渡してくれるサリアを見やる。


美しい瞳。 


天使のような微笑。 


そしてエルフ耳(ここ重要)


多幸多福、……そして目前には、至高。


これはやるしかない。


頭の中に現れた恥ずかしいという少年の青い部分を全て真っ白に塗りつぶす。


引き下がるなウイル……こんな最高な始めての相手はこの世に二度と現れることはない。


つややかな桃色の唇。 


そして透き通った白い肌……。 


やってやる!僕は今日、サリアに始めてを奪われるのだ。


やるぞウイル! 据え膳喰わぬは男の恥! いつもだったら緊張して器を返してしまう所だが今日は違う。酒を勧められて男がグラスを引くなんてみっともない真似が出来るわけがない。


父さん、母さん、ウイルは今日! 大人になりま・・・・・・


「私の蜂蜜酒をのめー!」


「ごばがぁ!?」


初めてはティズになりました。


            

そんなこんなで、騒がしい夜は更けていく。



「しかし、お酒が強いのですね、マスターは」


「そういうサリアもね……大丈夫? 無理してない?」


「少し飲みすぎてしまったかも知れません。酒の進む夜は決まってとてもよいことがあった日だ……始めてのレベルアップや、マスタークラスに昇格したときも同じくらいお酒が進みました……しかし、今日ほどお酒が美味しい日はありません……マスター、貴方が私の主になってくれた今日は、間違いなく人生最高の日です」


「そ、そんな……えへへ」


料理のフルコースもひと段落し、すっかりよいが回り始めた夜遅く。

しかして僕達はせっかくのお酒のみ放題を無駄にするのはもったいないということで、潰れる覚悟で飲み会を続行し、案の定ティズのみがつぶれる結果となり、僕とサリアはワイングラスのふちにだらしなく脚をかけながら意味不明なことを口走りそれでも酒を飲み続ける酔っ払いを無視して、二人の親睦を平和に深めていたのだが。


「くるああー!あたしを放って何ウイルといちゃいちゃしてるのよサリア! 許さないわよー! あとそこのお酒寄越しなさい!」


「あっティズ!? これは強いお酒だ……」


「構わないわよ! 今日は飲むんだから!」


何を思ったか、ティズはフラフラと僕とサリアの間に割って入り、飲んだこともないくせに強いお酒を再度飲み始めた。

……一体この小さな体のどこにそんなに詰め込んでるのかは甚だ疑問である。


「うーー……まさかコボルトのドロップアイテムが買い取り額半額になってるなんて……」


せっかく先ほどまでご機嫌だったのに、たまたま手に取ったお酒が、獣人族の秘伝酒~狼食らい~だったことが原因か、変な愚痴をこぼし始める。


まぁまだ意識も理性もあるようだ……。


「仕方がないよティズ。 アルフが言っていたように、今は下層にもぐる冒険者が減って、上層階で生計を立てる冒険者が増えてるんだから」


「確かに、上層階三階程度ならば、1年程度迷宮にもぐり続けた冒険者ならば安全に行き来が出来ますし、ある程度の収入が見込める。 何も無理をして下層に行く意味もない……ということですね。 しかしそうなれば、上層のアイテムの価値が下がり、値崩れを起こすのは必定……特にコボルトなどは、駆け出し冒険者がよく生計の足しにする魔物ですからね……いたし方ないことかと」


「そんなこと分かってるわよ! そしてそのおかげでコボルトキングが高く売れたってことも理解してるわよ! でも、あれだけ倒して銀貨2枚はないでしょ!」


「いいじゃないかティズ……そのほかのゾンビの目玉や、アンデットの固形化した魂は高く売れたんだから、合計で銀貨18枚……十分黒字だよ」


「そうだけどー。あれは運が良かったからでしょ? たまたまレアドロップアイテムが出たから今日一日を終えることが出来たけど、やっぱり安定したものがないとこれからやっていけないじゃない……人も一人増えたんだから。しばらくは一階層を冒険しなきゃいけないのよ? 安定した収入を得るには四階層までもぐらなきゃいけないみたいだし……」


そういわれると少し弱る。 

酔っ払いの戯言と切り捨てればそれだけだが、ティズの発言は的を射ていた。


正直今のままだと財政面で少し苦しい。 

サリアのおかげで少しは下層に進む速度が上がるのだろうが、それでもまだ安定しているとは言い難い……。少なくとも生計が安定するアイテムが出る四階層以降に行くためには、通常レベルが5にならなければ危険であるといわれている。


そして、レベル5に到達するには一年は冒険を続けなければならないため、一階層のアイテムが値崩れを起こしたということは僕達にとっては相当な痛手というわけだ。


レアドロップアイテムは確かに高額で取引をすることは出来るのだが、それでも出現確率はとことん低い。 いつまでもレアドロップアイテムが出続けるとは限らないため、何か対策を考えなければならない。


「あーあ、何か稼げる方法ないかしら」


「ありますよ?」


「あるんかい!?」


ティズは盛大にグラスをひっくり返してテーブルの上ですっころぶ。


「ええ、クエストを受注すれば、上層階でもそれなりの収入を得ることが出来ますよ?」


「クエスト?」


「はい、このエルキドゥの酒場は国王の公認で冒険者ギルドもかねています。 そこのクエストボードに張ってあるクエストを店主の元へ持っていけば、正式に冒険者や国から出されている迷宮に関する依頼を受けることが出来ます。 通常は、強力な敵が迷宮に出現したり、特定のモンスターを狩猟してアイテムを一定数渡して欲しいという依頼が主ですが、普通に迷宮を探索すれば手に入るような報酬では誰も見向きもしないので基本的に高額な報酬が提示されていることが多いです」


「でも、どうせ下層の依頼ばっかなんでしょ? 上層なんて強い奴の通り道なんだから」


「いえ、それがそうでもないんですよ。上層部でも行方不明者はいくらでも出てきますし、迷宮のテレポートの罠に掛かって上層階に上がってくる敵もいます。 そもそも下層冒険者ともなると、上層階は下りる階段まで一直線に進んでしまいますから、今日のオークの巣みたいに階段から離れた場所に強力な敵が出てきた場合や、上層階で行方不明者が出た場合は下層冒険者は誰も見向きもしませんし、下層には下層で依頼が出ますのでみんなそっちを受けてしまうんです」


「ふぅん……」


「私とマスターならば、一階層で出ている依頼に危険はないでしょう……普通に一階層を探索するよりは強力な魔物と戦うことが出来るので、効率よくレベルを上げることも出来ますよ」


「どうする? ウイル」


こういうときに心配性なティズは、僕に首をかしげてそう尋ねてくる。


「そうだね……サリアがそこまで言うなら、明日ためしに受けてみようか」


「そ、まぁウイルがそういうならばそうしましょ」


「はい、では詳しいことは明日話しましょうか」


「そうね、ここで今いろんなこと吹き込まれても覚えてられる自信がないわ」


「ははは、そうだね……さて、これ以上はティズが噴水になるからね、そろそろ出ようか」


「そうですね」


「えーー!やだやだやだ! もっとお酒のむのぉ」


「全長15センチに一升収めておいて何を望むのだティズよ…… これ以上は君の異次元胃袋からミックスジュースが吐き出されることになるからもう帰るよ」


「やーーーだーーー!」


だだをこねるティズだが、首根っこをつまみあげてさっさとお会計を済ませることにする。

随分と長い間飲んで騒いでをしていたようだ。


「ふぅ、今日はありがとうねサリア……色々勉強になるよ」


「いえ、こちらこそ、これだけ惜しみない歓迎にこたえられるよう精進いたします」


「うん。 これからよろしくね、サリア……一応強いといっても女の子だし、家まで送るよ」


「はい?」


「ん?」


一瞬、サリアが何を言っているのか分からないといったような表情をする。


「……私に家はありませんが」


「え?」


「二年も迷宮で眠っていたせいか、私の家は既になくなっていました。ですので、これからはマスターと共に寝食を共にしたいと思います」


「そそっそっそそそそれって、どどど、同棲!?」


「同居ですね」


そうだった。 少し早かった!? 


しかし、若い男女が一つ屋根の下でこれから一緒に住むなんて! そんなの、そんなの。


なんて素晴らしいんだ! こんな素晴らしい少女とこれから僕は二人で暮らすなんて……そ、そうなったら……少しくらいの間違いだって起こっておかしくない!


むしろ展開的にしないとおかしい!


「へいお譲ちゃん……さっきから随分とそこの坊やとお楽しみだけど、これから俺たちと」


瞬間、何が起こったのかサリアをナンパしようとしたのか、声をかけてきた冒険者二人が吹き飛ばされ、壁の新たな模様となる。


「へ?」


「?」


その原因がサリアの裏拳であることに気付くのにそう時間は掛からず、僕はサリアのことを見ると、サリアは何かありましたか? とでもいいたそうな表情をしており、手を出したら更に酷い目に合わされることは目に見えていた。 


というか慌てて隠してるけど隠せてないからね、こぶしから出てる煙。


「ちっ」


ティズがすごい顔をしている。 


きっと飲みすぎた反動で噴水になりかけているんだろうきっとそうだ。


「わ、分かりました。 全然いいですよ」


とりあえず壁のオブジェとなった冒険者二人に合掌をして、僕は邪念を捨てて快くその申し出をよしとする。 


そんなやましいことがなくてもサリアと一緒に暮らせるというのはそれだけでも幸せなことだ……。 というか他の冒険者からしてものどから手が出るほどうらやましいだろう。


改めて僕は自分の運のステータスが19であることを再認識する。

素晴らしい、素晴らしいよメイズイーター……。


「ありがとうございますマスター。では……帰りましょうか、先ほどから宙吊りになったせいか、ティズが今にも戻しそうだ」


これからの生活を妄想していると、サリアは冷静にそう申告をしてくれ、ようやく僕はティズが本格的に噴水になりかけていることに気が付く。


「うぶ……ぼぼるぶろヴぉごろご」


とりあえずサリアがうちで生活することに対して何か言いたげなのは分かるのだが、残念ながら戻しそうなせいかもはや人語となっていない……。


「ティズ!? 吐くのかしゃべるのかどっちに……いや吐いちゃダメだ我慢して!」


ティズの目が光る。


あ、あかん。 


こいつ吐いてでも止めるつもりだ!?


「ぐぐぐ」


我慢という理性のたがを外し、ティズはその激流に身を任せて噴水になる道を選ぶ。


その表情はとても穏やかで、まるで何かを悟ったかのようにうっとりとした目をしている。


これだけ朗らかな表情で公衆の面前で戻すヒロインがこの世にいるだろうか? 

いるならば是非教えていただきたい……。


噴出される噴水は色々なものが混ぜ込まれた虹色の物体Xであり、僕達に降りかかる莫大な慰謝料は未知数である。


あぁ、誰でもいいからティズをとめてくれ。


「ディスポイズン」


「へ?」


短くサリアはそう呟くと、ティズは一瞬にして正気に戻る。


「あれ? ない! あれだけの吐き気がどこにもない!?」


そう驚くのか……。


「どうしようウイル!」


はいウイルですが、しりません。


「酔いと言う物は魔法で直してしまっては詰まらないが……流石にここでは不味いですからね、仕方なく治療させていただきました……酔いも毒の一種ですからね」


どうやらサリアが状態異常回復の魔法をかけてくれたようだ。


「お前かああああああ! ちくしょおおおおお!」


公衆の面前で吐けなくて涙を流して悔しがる妖精がいた……僕のパートナーでないと思いたい。


ヒロインとしての尊厳は守られたが、サリアという少女にはいろんな意味では完敗してしまったティズなのであった。

 ◇

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