193.傍らに立つ呪い・ナーガラージャ
「ふー、満足満足~」
シオンはそうご満悦な表情を取ると鼻歌交じり後ろの騎士団員を引き連れて戻ってくる。
「いやあああぁ!? の、呪われてるって!」
「え!? だって騎士団が大丈夫だって……」
「おい、あの子こっちに来るぞ!」
「うわあああああぁ!? 見ろあの顔 き、騎士団が呪われてる!! に、逃げろおおおおぉ!呪われるぞ!」
シオンの発言と明らかに様子のおかしい騎士団員の姿を見て、野次馬に来ていた一般人たちは騒然となり、軽いパニックを引き起こす。
「落ち着いて下がって! 下がってください! 大丈夫です! 大丈夫ですから!皆さん下がって! 場所を開けてください! 走らないで!」
「シオン殿が戻られるぞ! 総員解呪の儀式を準備してシオン殿を案内しろ!」
「落ち着け! やればできる! 訓練通りだ」
「隊員二人が呪われてる!! 神聖魔法部隊早く! クレイドル寺院へ連絡はまだか!」
「あー……ラビ、ららびびらび、しおんちゃんラビ……」
「シオン……ししょー、シオン万歳……らび? シオン……ら、らシオン」
「おー、ゲイルくんに、シェリーちゃん随分おかしな呪われ方したねー? 下手に解呪の魔法をかけるからだよー? だから私にまかせてーって言ったのにー」
なぜか家の焼失よりも大パニックが巻き起こっている僕の家跡地……シオンはそんなパニックなどお構いなしといったように呪われた二人の騎士団員を引き連れてゆっくりゆっくりとこちらに戻ってくる。
「ただいまー♪」
可愛らしく僕たちに手を振るシオンであったが、その背中からは何やら触手の様なものがうようよとうごめいており、僕とサリアは無言で一歩後ろに下がる。
めっちゃ呪われてる。
「し、シオン……あなた大丈夫なのですか?」
「大丈夫だよー? この子寄生型の呪いなんだけどー、とってもいい子―! お友達になっちゃった~! 名前はね~ ナーガラージャにしようと思うんだけどどうかなー」
シオンが機嫌よくそういうと、ナーガラージャと名付けられた蛇の王の名を冠す呪いは、嬉しそうに僕たちに向かってうなずく。
「シオン、それって大丈夫とは言わないんじゃ」
「きにしなーい気にしない! それよりもちょっと待っててねー、早くしないと」
「し、シオン殿! は、早くこっちでたすけ……ぎゃあああシオンシオンンラビ!」
「ラビラビラビラビ!! シオンちゃんラビシオオオオオン!」
「ららららららららららららららら」
「ぎゃーーー!? こ、こっちに? こっち来るなっラ;エラララララビラビラビ!」
「大惨事になっちゃいそうだから」
気が付けば、僕とシオンが話している間に多くの人が二人の騎士団員の呪いに触れてしまったらしく、次々と被害が巻き起こっている。
「シオン、話はあとでいいから事態の鎮静化を最優先でお願い」
「ウーラジャー! じゃあ、とりあえずこれ以上被害が広まらないように―!」
そういうとシオンはにやりと笑みを浮かべて杖を振り上げ。
【片付け、整頓、面倒くさい! 結んでまとめてじゃんけんポイ!!】
随分といい加減な呪文を響かせ、シオンは杖を大きく振るう。
【十把一絡げ~!!】
聞いたことのない呪文を唱えると同時に、ナーガラージャが何やら背後で格好良くポーズをとり――特に何をするわけでもないのだが――同時に、あたりに散っていた呪われた騎士団員たちが一か所に吹き飛ぶように引き寄せられ、縄で縛られたかのようにひとまとまりにされて身動きが取れなくなる。
「とりあえずこれで被害が広がることはないねー……念のため私以外は半径五メートル以内には近づかないで―」
「おおぉ! ありがとうございますシオン殿!」
そうシオンが騎士団員に指示を出すと、シオンの言葉に従い、団員全員が一斉に人払いを始める。
「えーと、結局何があったの?」
「うーんと、鎮火が終わった後に呪いがばらまかれてるのに気づいたからー、王国騎士団の人に報告したの。 勝手に突っ込んでっちゃったら絶対止められるからねー。 そしたら、呪い対策のスペシャリストって人が二人突っ込んでっちゃって」
「呪われちゃったと」
「みんなうかつに呪いに近づきすぎなんだよー……まぁそれで、仕方がないから」
「ん?」
「仕方がないからー……しょーがなーく、しぶしぶ私が二人の救出に向かったというわけなのだ―! その場にいた寄生型の呪いは全部私がもらい受けたよー……そしたら中で合体してナーガラージャになったの……私の魔力を媒介にしてるし呪いの密度も高いから
相当頭いい子になったよ~。 傍らに立つ呪いとでもいったところかな~、いうなればスタンドバイミー! 略して」
「略さなくていいから……まぁ大体状況は理解したよ……」
「そっかー。 でもなんでそんな遠いのウイル君、サリアちゃん」
「いや、貴方も呪われているのでしょう?」
「呪われてるけど、ナーガラージャは頭がいいから、私が命令しない限り人は呪わないよー……大丈夫大丈夫~」
大丈夫とサリアは笑っているが、彼女に大丈夫と言われた数秒後に呪われたことのある僕からしてみれば、シオンの発言はあてにならない。
「そっか、でもとりあえずは騎士団員の解呪を優先してあげて」
「それもそうだねー、じゃあ少し待っててー。 そろそろクールタイムも終わるから~」
そういうとシオンは再度ナーガラージャと共に呪われた騎士団員たちに近づいていく。
【ラビ万歳! シオン万歳! ラビ万歳! シオン万歳!】
すっかり呪いに侵食されてしまったらしい騎士団員たちは、崇拝対象も定まらない状態ではあるが、すっかりと狂信者の仲間入りをしてしまっており、周りで人払いをしている王国騎士団員も、野次馬達も、僕でさえもその光景に息を飲む
強制的な妄信。
名状しがたくこの世のものとは思えない背徳的な信仰に……その異常性を理解し……そしてそれをこの国が許容していたことに絶望を覚えたのだろう。
アンドリューを倒すためとはいえ……ロバートはこの者たちと協力関係にあるのだ。
クレイドル寺院に文句を言っていた自分たちがいかに幸せであったのかを理解したのだ。
神父に暴言を吐き、寄付もせず、形だけの崇拝になっていてもなお、我々をクレイドル神は愛してくれている。
ゆりかごから墓場まで、たとえ碌に神に信仰などしなくても、クレイドルを信じていなくとも手を差し伸べてくれる……大神クレイドルのその慈悲深さを、人々はこの呪われた信仰を見て理解した……。
それほどまでに、目前の騎士団員の発狂した姿は衝撃的だった。
「はいはーい、じゃあのろいをとくよー」
そんな人々の青ざめた様子を気にする様子もなく、シオンは一人咳払いをして杖を振りかざす。 その背にはまたもや格好をつけたナーガラージャが控えており、今度は影の形を変えて翼のようなものを広げてみせている。
ちょっとかっこいいのがむかつく。
【人を縛りし黒き念、その力形となりて害となり、その黒き情欲が人を蝕むならば、我は其を喰らいて人に安寧をもたらさん。 神に見放された黒き情念は、今我の中で、密やかなる反逆の炎とならん】
静かなる詠唱が止み、周りにシオンのものとは思えないほど優しく、洗練された魔力が溢れ出し。 僕たちの周りを埋め尽くす。
まるで何かの波長に合わせるように、魔力は濃淡を繰り返し、やがてその魔力が一点……集められた人々の体へと収束して行き。
【呪い食み】
優しくも妖しいささやきの様な魔法の行使に……誰もが息を飲み、冷や汗を垂らす。
気が付けば先ほどまで騒ぎ立てていた野次馬も、ひたすらにラビとシオンに対し愛を叫んでいた狂信者たちも、ゆりかごに乗せられた赤子のごとく小さく寝息を立てて沈黙している。
「……えと」
僕がそう口を開くと同時に。
「引っこ抜くよ……」
「へ?」)
シオンはそういうと、杖を振り上げて大きく地面をたたく。
恐らくシオンの魔力の影響だろう、叩かれた地面は大きく揺れ、人々がその地揺れに驚愕するよりも早く。
ずるり。
という音が響き渡り、呪われていた騎士団たちの体から、黒い蛇の様なものが引き抜かれる。
それが呪いの正体であると気づくのにはそう時間はかからず、僕は初めて見る解呪の方法に驚きながらもその技を見る。
流石は呪いのスペシャリストといったところだろう。
「あれ? しかしシオン、呪いは吐き出せましたが、どうするのですかこれは?」
「うーん、いつもは焼き払っちゃうんだけどー」
「呪いって焼けるのですか?」
「ふつうは焼けないよ? でも、私の炎は、形が無くても焼けるから」
さらっとすごいことを言ったぞシオン……。
「でも、今日はナーガラージャがいるから……食べちゃえ♪」
瞬間、主の許可を得たナーガラージャはその黒き体をい一瞬にして散らばった呪いたちへと走らせ、大口を開けて食らいつくす。
『ぴぎぃ!?』 『ぴぎゃっ』 『っぴいぃ!?』
何かがつぶれる様な音と同時に響き渡る、甲高い呪いの断末魔……それだけで気分が悪くなってしまう。
しかし、シオンは見慣れた光景のようで、ナーガラージャの食事風景を満足げに見つめている。
「ふぅ、ごちそうさまでした……」
シオンはそう語ると杖を一度しまい、ナーガラージャを引っ込めるのであった。




