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192.家無きウイル


「お待たせしました……」


ブレインストームの効果か、寝ぼけた頭でも何とかこれからの予定を構築することができたところで、ちょうどノックの音と共に扉が開き、クーラが姿を現す。


「ありがとうクーラ……朝早くからすまないね」


「いいえ、これが仕事ですから……こちらに置いて大丈夫でしょうか?」


「ありがとう」


許可をもらうとクーラはてきぱきと酒瓶やグラスを並べていき、一つ一つ丁寧にお酒を注いでいく。


テーブルの上に置かれたグラスに注がれていくワインや高級そうな蒸留酒……。


「では、乾杯を……」


「今日はお疲れ様」


「本当に疲れたわよ……」


「君は休みを謳歌してただけじゃないかティズ」


「気疲れよ気疲れ! もう気が気じゃなかったんだから」


ティズはそうほほを膨らませて蜂蜜酒を口に含み、のどを鳴らして一気に流し込み、そんな彼女の飲みっぷりに僕とシンプソンはグラスを鳴らして、一気にお酒を流し込む。


甘い香り……独特の匂いの後に、ゆっくりと甘みが口の中に広がっていく。


味が、まるで波のように口の中で変化していく。


それでいて、のどの奥に流し込むと……あれだけ暴れていた味がさっぱりと消え去る……あれだけ色々な味に変化しておきながら……ここまでさっぱりとした口当たりのお酒など聞いたこともない。


エンキドゥの酒場で取り扱っている一番高いお酒よりも確実に高いお酒であることは間違いないようだ。


「……さて、サリアさんが戻ってくるまで時間はありますし……そうですね、マスターウイル。 報酬の話をしたいのですが」


きらりとシンプソンの瞳が光る。


あぁ……出きればこのまま後回しにしておきたいところであったが……まぁそうは問屋が卸さないだろう。


「そうだね……ただ、今すぐってわけにはいかないけど大丈夫?」

「もちろんです、お代は当然……カルラさんが完治をするまでは結構です……いえ、むしろ受け取る気はございません。 ちなみにこの完治と言うのは、解呪も含めたものですので……」


「あれ? 意外だね」


「いったでしょう? 引き受けた仕事は必ずこなす……それが私の誇りであり、自らに課した決まり事です」


「……なるほどね」


「ろくでもないけど、一応プライドはもって仕事はしてるのねぇ」


守銭奴だけなくなれば、いい人なんだけどなぁ……。


そんなことを僕は思いながら、僕はもう一度蒸留酒を口に含むと……。


「マスター!! 大変です!」



不意にサリアがクレイドル寺院へと飛び込んでくる。


またもシオンを置き去りにしてきたのか、全速力で走ってきたのだろう……息を切らして応接室へと飛び込むようにやってくる。


その表情から、一大事が起こったという事だろうが……。


「どうしたの? サリア」

「家が……家が!?」


珍しくサリアが動揺している。


「家? 家がどうしたのよ? 迷宮教会に襲撃されたんだから、荒らされてるくらいは覚悟の上だけど……そんなひどい荒らされ方してたの?」


「なくなっちゃいました!」


「そう、なくなっちゃったの……それはたいへ……は?」


「なくなっちゃいました!!」


「はあああああああああああああああああああああ!?」


クレイドル教会に、僕の驚愕の声が響き渡るよりも前に、ティズの驚愕の声が響き渡った。


                    ◇


サリアに連れられて家に帰ると、家の前には人だかりと王国騎士団の人間が大勢いた。


「すみません……通してください!」


そんな騎士団と野次馬を払いのけて家の前にようやくやってきた僕であったが。


そこには焼き払われた家の残骸と……家のあった場所を這いずり回る無数の呪い……一瞬目を疑いたくなり、脳裏にここが本当は自分の家ではないのでは? と現実逃避をしそうになるが。


焼き払われた家の敷地内に転がる、伝説の騎士の装備や金貨などの貴重品をしまい込んでいた迷宮の壁で作られた石のブロックが……この場所が自分の家であったことを証明していた。


「これは……」


まさか焼き払われるとは……。


「家を荒らされる程度ならばと……奴らを見逃したのが間違いでした……マスター申し訳ございません」


サリアは唇をかみしめて僕に謝罪する。


「まぁ、なんにせよ、貴重品や魔王の鎧は無事なんだ……なんとでもなるよ。 みんなが無事ならそれでいいさ」


「マスター……今は取り乱すな……と受け取ってもよろしいでしょうか?」


「うん……」


僕は出来るだけ平常心を装ってみたが、どうやらサリアにはポケットの中で思いっきり拳を握りしめているのを気づかれてしまったようだ。


当然だ……父さんのやっと見つけたつながり……。


いわば形見のようなこの家を焼かれたのだ……。


人がいなければ、カルラのことが無ければ……きっと僕は怒りをあらわにしていたことだろう。


父親の形見を平然と焼かれて、はいそうですかと笑って許せるほど僕は優しい人間ではないのだ。


「流石ですねマスター……これだけのことをされて置きながら、しっかりと感情を我がものとしている……未熟な私にはまだ扱えないことです」


「そんな大層な物じゃないよ……今はカルラが優先だ……ただそれだけの事。 いずれあいつらには相応の対価を払ってもらう……」


「はい、もちろんですマスター」


サリアは少しうれしそうに僕の言葉に相槌を打ち、僕はそれに一つうなずいてふと気づく。


「それはそうと、シオンはどこ行ったの?」


サリアと一緒に行動をしていたはずだが……。


「シオンは……その、やってきた王国騎士団の騎士と共に、残された呪いの情報を解析をすると言って……」


「すっごーーい! こんなの初めてええええぇ!」


そうサリアにシオンの居場所を聞いていると、黒焦げになり倒壊した家の残骸の中から声が響き渡り、煤だらけのシオンが現れる。


その両脇には何やら真っ青な表情をした王国騎士団の鎧を着た兵士二人も一緒にいる。


「あが……あk;あえlklくぁああラビ?  ラビ! ラビ万歳! ラビ!亜klが家」


「聞くまでもなく一緒に調査をしていた二人呪われてますね」


「何やってるのさシオンは!?」


シオンの行動を問いただしたい僕であったが、足を踏み入れようとすると、蠢いている呪いの残骸が僕たちへとびかかろうとし、僕は慌てて後ろに下がる。


なるほど、たかが鎮火後の家事現場に、なぜわざわざ火消し部隊ではなく、王国騎士団が派遣されているのかと思ったが……これが原因か。


ブリューゲルが作り上げてこの寄生型の呪いに対しては、カルラの触手と異なり僕には耐性がないため、僕は少し離れたところでシオンを呼ぶことにする。


「こらーーー! シオ―――ン!! 何してるんだ君はーーー!」


「あ、ウイルくーーーん! 今、呪われてるの―――!!」


シオンは僕に気が付くと、そんな物騒な発言を僕に言いながらご機嫌に僕に向かって手を振る。


なぜか、一緒にいた青ざめた騎士団の人も一緒になって楽しそうに手を振っていた。


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