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191.ブレインストーム

「は~しんどっ」


カルラをクレイドル寺院へ運び込み、シンプソンが用意した最高級スイートルームにカルラを横たわらせ、最高級 ヤンヤンクック・ドゥガドゥーの羽毛布団にカルラをくるませ、ついでにストレスを和らげさせるという、【リラックスお香】と呼ばれるものを焚いた後で僕はようやく一つ息をついてクレイドル寺院の応接室に腰を下ろす。


時刻は朝の7時を回っており、なんだかんだで一晩丸々を迷宮で過ごしたことになり、その事実を確認したことと、カルラを落ち着ける場所へと移動できた達成感から、僕たちの体は思い出したかのように疲労を訴え、シンプソンと僕はほぼ同時に応接室の椅子の上に崩れ落ちる。


「お疲れさまでした、マスターウイル……そして私も疲れました」


「相当数死んでたもんね」


「帰り道で話は聞いたけど、すごい能力ね、今日は合計で何回くらい死んだのよ?」


「……さぁ、十回より先は覚えていないですよ」


もう思い出したくないといったようにシンプソンはそういうと、手をたたく。


「何でしょうか? 神父様」


現れたのは桃色の長髪を修道服から覗かせた見目麗しき修道女であり、シンプソンの呼びかけに応じてしずしずと現れる。

「あれ? そんな人いたっけ?」


「彼女はクーラと言います。 普段は寺院ではなく王都で仕事をしていて、大きな行事の時だけ手伝いをしてもらっています、最近は少しばかり忙しかったし、復旧作業が大変なので、臨時で手伝いに来てもらっているのですよ……気立ては良くてお金の勘定が得意で……それはもう素晴らしい女性です」


「クーラと申します……」


静かにぺこりと頭を下げるクーラと言う少女。


頭を下げた瞬間に、たゆんと何かが揺れた。


何かとは言わないが。


「んーーーー?」


あれ? いつもならティズの読心術により僕が何やかんやティズに問責されるところであるはずなのに、今日ばかりは僕の心などつゆ知らずといった様子でクーラと呼ばれる修道女のことをティズはまじまじと見つめ。


「貴方、どっかであったことあるかしら?」


ぶっきらぼうにそんなことを漏らす。

いきなりにらみつけて第一声がこんなセリフで、気分を害したのではないかと僕は一瞬不安になったが。


「……いいえ、合うのは初めてですよ、ティズさん」


そうティズに対し微笑を浮かべる。


「そう……ごめんなさいね、気にしないで」


ティズも確証はなかったらしく、否定をされるとすぐさま定位置である僕の頭の上でごろんと行儀悪く寝そべる。


「それで、神父様、どのようなご用件でしょうか?」


ティズの謎の質問に対してもクーラは意に介さずに、自らが呼ばれた理由をシンプソンに問う。


その立ち居振る舞いは、何一つ欠点が見つからないほど美しく、本業はメイドか何かをやっているのではないかと思ってしまうほど、お辞儀一つ、シンプソンへの質問の仕方一つをとっても非の打ち所がない。


なんでこんな素晴らしい女性がシンプソンの召使いの様な事をやっているのか……。


世の中不公平だ。


「何か飲みましょうか……」


そんな世界に対する不満を僕が心の中で念じていると、そうシンプソンは僕に向かってそう問うてくる。


思えば迷宮に入ってからというもの、体に何も入れていない……。


疲労感でごまかされて気づかなかったが、のどの渇きも空腹もかなりある。


「じゃあ……お言葉に甘えて……蒸留酒を」


「私は蜂蜜酒ね」


「分かりました……あぁクーラ、私はワインを頼むよ……」


「かしこまりました」


クーラは一つお辞儀をすると、また静々と応接室から退席をしていく。


「……それで、これからのご予定はどうなさるおつもりですか? マスターウイル」


「うーん……うまくまだまとまらないけれども」


「眠いし疲れてるしで頭が働かないのも当然ね……そういう時は話しながらまとめるのがいいわよ……ブレインストームって奴ね」


ティズは頭の上でそう提案をし、それが正しいのかも判断が出来なくなっていた僕は素直にティズの提案を受け入れることにする。


「そうだねぇ……とりあえずはカルラの呪いの解呪が優先かぁ……」


「メイズイーターの能力についてはよくわかりませんが、今すぐに呪いを解除するということは出来ないのですか?」


「それは無理だね、カルラの体の中に引きこもっている状態のままじゃあ、カルラの体に邪魔されて呪いをくらうことは出来ない……方法としては寄生型の呪いが、しっかりと外に出てきてくれないと無理そうだね」

「なるほどねぇ……そうなると、カルラさんの協力があったとしても……完全に達成をすることは難しいということですかね」


「そういう事になるね、シオンのいう通りだとすれば、この呪いは意志をもって動いている……カルラの体の主導権を握ろうとするくらいです……むざむざ殺されるために這い出てきては来ないだろう」


「難しいですね……ちなみに、あの傷での戦闘行為は……」


「担当僧侶の立場からは許可できないっていうんでしょ? わかってるよ……何とか別の方法を考えないと」


「でも、あんまりもたもたしてても意味ないわよ? 迷宮教会のブリューゲルアンダーソンに、アンデッドハントが追ってきているんでしょう?」


「カルラさんを助けてから誰とも合流せずにこのクレイドル寺院へ逃げ込んできたのは正解でしたねぇ、マスターウイル……自分でいうのもなんですが私は冒険者たちの嫌われ者……特に詳しく私たちのことを知る人物でもない限りここを割り出される心配は薄いでしょう……頭の中でも覗かれてでもしない限りね」


「まぁでも油断は禁物だよ。 カルラは完治するまではここにかくまってもらうとしても、やはり護衛が必要だ」


「……となるとおのずとメンバーは限られてくるわねぇ、ブリューゲルの奴にアンデッドハントだなんて……マスタークラス二人も相手取るなんて私やウイルには到底無茶な話だわ?」


「シオンも魔法使いだし、生命力に不安が残るよ……。 アンデッドハントは出し抜くことは出来たけど……パリイもアイスエイジも効かなかった相手だ……一人では守り切れない」


「となると、サリアは必須」


「でも、サリアも魔法耐性は皆無だし……迷宮教会が使う隠密の魔法はサリアには見破れないわ……シオンはなんだかんだ対処していたけれども」


「となると、リオールにはサリアが必須で、ブリューゲルにはシオンが必須……」


「ふむ、となると……その二人がここに残ってクレイドル寺院の護衛に当たるというのが最適かしら……」


「その間、僕たちは伝説の騎士として王国騎士団とコンタクトを取るっていうのがいいかもしれないね……迷宮教会の実態を騎士としてレオンハルトに伝えて、協力を取り付ける」


「迷宮教会掃討作戦ね……実際私たちは襲撃されたし、少女の拉致監禁に拷問……そんでもって王都襲撃で使用された呪いが司祭のブリューゲルが作り上げたものってことまでわかれば、王都も敵の敵は味方なんて甘いこと言ってられなくなるわ」


「……目立ってしまう分危険は伴うけれども……」


「大丈夫よ、あんたと一緒ならね」


僕は、危険だからティズはここに残るように、と伝えようと口を開きかけたところを、その一言によりつぶされてしまう。


「え?」


「何もかもうまくいくわ、アンタはそういう男だもん……それに、アンタの帰りを待つのは嫌なのよ……怖いし不安になるから」


ふてぶてしく言い放っているつもりなのだろうが、ティズは何かにおびえる様な瞳で僕にそう精一杯の強がりを見せてくる。


その姿は、父さんの帰りを待っていた僕と重なった。


……帰りを待つ寂しさや。


二度と帰ってこない怖さを、僕は知っている。


だからこそ、僕はそんなティズの言葉を否定することは出来ず、仕方ないなと代わりに同行を許可する。


「ふふっ……決まりねウイル。 じゃあ当面私とアンタは家で二人暮らし……くふふ。 そんでもってシオンとサリアはここでシンプソンと共にカルラの護衛……。これでいいのかしら?」


「いいよ」


「部屋代はきっちり……」


「は?」


「いえ何でもないです」


シンプソンの提案はティズの一言でつぶされた。

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