189.メイズイーター万能説
「ラビが目覚める?」
アルフの言葉に僕は首をかしげて聞き返す。
それもそうだ、カルラを殺す、そんな単純なことでラビが復活するというのか?
「どういうことなのかしら? まるでラビがまだ生きてるみたいに聞こえるんだけど」
「その通りだ。 ラビの体は抜け殻になっちまったわけじゃねえ、迷宮のどこかに植物人間状態で眠っているんだ……封印を解けば力はおのずと持ち主の所に戻る」
「では、ブリューゲルは」
「最初からラビの復活ではなくて、自分に都合のいい信仰対象を作り上げることを目的に動いてたってわけさ……あいつのやろうとしていることは、ラビの復活ではなくて、本当にラビの息の根を止める行為なのさ」
「シンプソンよりもあくどいよー!?」
「そこで私を引き合いに出すのやめてもらえませんかねシオンさん」
「そんな……でも、カルラは封印を解いたって」
「忍が解いたっていうのはあくまでアンドリューが作り上げた第一の封印だ」
「二重封印がかけられていたと?」
「あぁ……第一の封印は物理的な手段の介入を一切遮断するアンドリューの魔法で、二つ目の封印は、膨大な魔力による力の封印だ」
「膨大な魔力による?」
「せつめいしよー!」
僕たちが疑問符を浮かべると、魔法解説担当のシオンが手を挙げて立ち上がる。
「お願いするわ、シオン」
「うん! たぶんアルフが言っているのは、原初の封印魔法【魔力の棺】って呼ばれる封印魔法だね!」
「魔力の棺? 聞いたことがあります、確か魔力で棺を作る魔法でしたか?」
「うん、魔力で編まれた棺は、もともと形のないものだから人の体の中にもしまえるし、形のない力や魔法を封じることができるのー。 単純な魔法なだけに、魔力が大きければ大きいほどその封印を解くのが難しくなる魔法……アンドリューほどの魔法使いが使えば、絶対に破られることのない強大な封印になるよー」
「……そういう事だ、説明ありがとよ嬢ちゃん」
「どういたしまして―」
「なるほど……しかしそうなると疑問になるのはカルラにかけられたあの呪いです。
今の話を聞いていると、あの呪いはラビのものではないのでしょう? となると一体」
「そーいえば、さっきから気になってたんだけど呪いって何のこと~?」
「あれ? そういえばシオンは知らなかったんだっけ?」
「聞いてないよぉ~、呪いのことを私に黙っているなんて!」
シオンが興奮気味にそういい身を乗り出す。
「えーと、覚えてるかなシオン……クレイドル寺院でマリオネッターの召喚陣を探した時にあったあの呪い……あの呪いの大本みたいなものを持ってるのが……今向こうの部屋で眠っているカルラなんだけど」
「あー! ウイル君が食べちゃった奴!」
「え? マスター?」
「ウイル? ダメよそんなもの食べちゃ……」
「いやもうすごい勢いで食べてましたよ?」
「すごいぞメイズイーター! 好き嫌いないいい子だ!」
「いや、いくら腹減っててもお前さん……」
「いやいやいやいやいや!? メイズイーターの力でね! メイズイーターの力だからね!? あとシンプソン何さらっと嘘ついてるんだよ!」
「何のことですか?」
「うわっむかつく!」
「まぁそれは置いておいてだな……呪いの正体だろ? そんなもん決まってる……あの呪いはブリューゲル自家製の呪いだろうよ」
「ブリューゲルの?」
「あぁ、あいつが使うク・リトルリトルは、あいつが生み出した呪いだ……妄想の中で信仰しているラビの人格……人格を塗りつぶし、その人間をラビへと変えさせる呪いだろう」
「そんな、ひどい……寄生型だね」
「その割には瞳が輝いてるわよ? シオン」
「ティズちんが輝きすぎてるんだよ~」
「そういう事にしといてあげるわ……で、寄生型って何よ?」
「呪いにはね、病気みたいに人の体に浸透するタイプの呪いと、一つの魔法生物として人の体に巣食うタイプがあるの」
「どちらも同じように聞こえますが?」
「呪われて気持ちい……狂気に飲まれる点については同じだけど、大きく違うのは……寄生型は普通の呪いと違って……その魔法生物の人格がどんどんその人の人格となり替わって行っちゃうのが大きな違いだね」
「魔法生物の人格?」
「さっきカルランがラビの人格に乗り移られてるって話してたけど……寄生型の魔法生物の人格がちょっとづつカルランの人格を蝕んでるんだよー。 寄生型の魔法生物って結構維持に魔力が必要なんだけど……きっと魔力の棺の魔力で維持してるんだろうねー。それで封印が解けるころには力を継承した偽ラビのカルランの出来上がり~、支配権を奪う呪いって話だから、棺の封印を解いたらラビの力を支配下におくって寸法だろうね~……ひっどい話」
カルラにかわいらしいあだ名がついた。
「……では、ブリューゲルは本当に最初からラビと言う神を自分で作り上げようとしていたのですね」
「……くずねくず……」
「ひどい、はなしだ……アルフ、メイズイーターぼこすよりそっちぼこしなよ」
「俺もそうしたいのはやまやまなんだけどなぁ……迷宮教会は王国騎士団やギルドに並ぶ大きな戦力だ……それに何より……奴らはまだラビの奴の魔力の封印や存在の封印の情報を握っている可能性がある……」
「アルフ、お前変わったな」
「……………なんとでも言え……」
マキナの言葉にアルフは小さく呟いたが、その声は弱弱しく、大きく彼の心に突き刺さったことがうかがえた。
「まぁ……何もかもの黒幕がブリューゲルなのは間違いないし……奴は自分の信仰を守るためになりふり構わずカルラを奪いに来るだろう……いかに伝説の騎士だろうと、厄介なのは間違いないだろう……」
「さっきブリューゲル黒焦げにしてきたばっかりだけどねぇ」
「黒焦げ?」
「こちらの話です……ただ、我々ならば問題はないという事だけ理解していただければ」
「ファイアーボールの結界だよー!」
「やれやれ、そっちの方はいらん心配だったか……いや、もう俺にお前らを心配する資格なんてねぇか……」
そう悲しそうな表情をしたアルフはそういうと……。
「もはやお前らと今まで通りっていかねぇのも分かってるし俺も引けねぇ……。
俺は今ここで、あの女を殺すつもりだ……ラビを復活させる」
単刀直入にアルフはそう僕たちに語り、僕たちは一瞬身構える。
「アルフ……アンタ……」
ティズがまたも怒りに表情を歪めてアルフをにらむが。
「これだけは俺も引けねぇさ……魔力の棺の封印を解かなきゃ……ラビの奴が復活できねぇ……棺の方は俺のジャイアントグロウスならぶっ壊せるからな」
「そんな、何か別の方法はないの?」
「わへーこーしょーらしくなってきた」
どこかマキナは嬉しそうだ。
「魔力の棺は、恐らくカルラの奴の魂と同化しちまってる……カルラを殺して魂を消滅させなきゃ、魔力の棺は現れねぇ」
「……確かに、今のカルランの魂は、呪いとアンドリューの魔力とカルランの魂がごちゃまぜになってる状態だよー……これを分離するなんて」
「できるんじゃないですか?」
暗い雰囲気が立ち込める中、無言で話を聞いていたサリアがふいにきょとんとした顔でそうつぶやく。
「へ?」
「おいおいサリア、いい加減なこというな……どうやって」
「いや、今現在ブリューゲルの呪いは魔力の棺を源に動いているのですよね? カルラの呪いをマスターのメイズイーターで食らえるのはそれが原因だと思いますが……。
マキナ……一つ質問なのですが、メイズイーターでカルラの魂をくらおうとするとどうなります?」
「? 何言ってる? メイズイーターは迷宮を喰らうスキル、人間の魂なんて食えないぞ?」
「迷宮で生まれた子でも?」
「場所は関係ない……人型の魔物だったり、ゾンビ、ゴーストでもない限り無理だ」
「とのことです」
「……つまり?」
「ラビやカルラのように生きている人間の魂は喰らうことは出来ず、当然ラビの力も喰らうことはできません。つまり、メイズイーターであればアンドリューの魔力と、それを媒介に生きている寄生型の呪いを分離させることが可能になる……と言う事ですよ。 具体的にどうするかはおいおい考えましょう」
その場にいた全員がサリアを見つめ。 目から鱗を落とし。
「あ、最後まで作戦立ててないから……これ成功する奴だねー」
シオンがそんな間の抜けた言葉を漏らし、和平交渉はこうして何とかまとまることになるのであった。




