187.妖精怒りのドロップキック
「ほーん……それで? 私達のことつけ狙った挙句、手出しできないウイルのことどつきまわして内蔵ぐちゃぐちゃにしてくれたと……」
事の顛末を後から到着したティズやサリアに一通り話すと、真っ先にテーブルから飛び上がったのはティズであった。
ぱきりぽきりと指の骨を鳴らし、目を赤く腫らし、額に青筋を浮かべた妖精の怒気は普段の騒がしいおてんば妖精の面影は露と消え、妖精の様な何かへと怒りによって昇華した存在が、標的に向かってその鉄槌を下そうとしていた。
「いや、ティズそうじゃねぇよ、内臓損傷に肋骨骨折だ」
いつもと同じと油断すれば殺られるとアルフはその直感で理解したのか……
冷や汗を垂らし慌てふためいて訂正を試みるが。
「変わんないわよこの馬鹿ちんがああぁ!」
「ふんもふっ!?」
レベルドレインの魔法が刻み込まれた大斧をしっかりと巻き付けられた状態で、—―レベルドレイン耐性のあるマキナとサリアがやってくれた――アルフはティズのドロップキックを顔面にお見舞いされて後ろに倒れ、後頭部を強打する。
痛々しいバチンと言う乾いた音と、ゴツンという鈍い音が迷宮に響き渡る。
「あっ……でええええぇ!?」
レベル5までレベルを下げられたアルフは、その場で頭を押さえながらゴロゴロと床を転がり、悶絶する。
今まで放たれたティズのドロップキックの中で最高級の一撃であったことはそれだけで理解でき。
「こんの! 馬鹿たれ! あほたれ! 裏切者! ひげおやじ! 熊男! 熊! 野蛮人! 万年独身男!? そんなんだから、その年になっても恋人の一人もできないのよバカ!!」
それだけでは終わらず、ティズは大粒の涙をボロボロ流しながら、アルフに対しサリアの村正の鞘でぼこぼことアルフを殴り続ける。
「ごっ! ぐふ!? 独身は関係ね……がっ、いだだだだだだ!?」
「よくもっ! 私のっ! ウイルに! 手ぇ出してくれたわね!! 今日という今日は! ずっぇええええったいに許さないんだから!! この馬鹿!」
「……ティズティズ……それくらいにしないとわへーこーしょーの続きができ……せーしゅくに……」
「うっさい! 子供は黙ってなさい!! こんなもん交渉もなんも必要ないわ! 即決有罪即刻死刑よ死刑! 言い残す言葉があるなら今のうちに言いなさいアルフ!」
「う、ウイル!? 頼む! こ、こいつをとめ」
「うっさい喋んな馬鹿ああああぁ!」
「理不尽っ!?」
「はわわわわわ……どーしよ、マキナちょっと止められない……メイズイーター! このわへーこーしょーの秩序を取り戻す! そしたら議長の座を譲る! 決定権は意のまま!」
「僕、和平交渉の当事者なのに?」
すっかりティズにおびえきってしまった和平交渉議長は――この時点で意味不明だが何はともあれかわいらしいからOKというのが総意となっている――僕の後ろに隠れてこの交渉の場に平穏が訪れることを祈ってガタガタ震えている。
「これはウイルの分! これもウイルの分! ついでにシンプソンの分よ!」
「し、神父殺したのは……むしろそっち!?」
「問答無用!!」
「ぎゃああああぁ!?」
「……ティズちんが怖いよサリアちゃん……」
「い、今のティズを刺激してはいけませんシオン……殺されてしまいます」
まぁ、シオンとサリアでさえも今のティズの姿におびえている始末だ……。
マキナがおびえきっていしまうのは致し方ないことなのだが……。
僕はやれやれとため息を漏らし、とりあえず埒が明かないのでアルフを助け出すことにする。
「ティズ、ティズ……」
「ウイル!! あんたは甘ちゃんだから黙ってなさい! 今日という今日はこの裏切者に正義の鉄槌を……」
「心配かけてごめんね」
この状態のティズにも効くかどうかは疑問であったが、僕はとりあえずいつも通り怒り狂うティズの頭を、感謝の気持ちをしっかりと込めて優しく人差し指でなでる。
「えへへへへへへへへへぇえぇ~~~!」
こうかはばつぐんだ!
「んもうぅ~~! ウイルったら! ウイルったら~~! けがはもういいの~!?」
「うん、シンプソンのおかげでね……ほら、こんなに元気! ティズが来てくれて助かったよ……」
「もう勝手にいなくなっちゃダメなんだからね! もー!」
そういうとティズは僕の肩にとまると首筋に抱き着いて頬ずりをしてくる。
「ごめんね……」
とてつもなくくすぐったかったが、ティズの目から浮かぶ涙を見て、野暮なことは言わずにそっとティズの頭を撫でる。
「い、今までに聞いたことのないくらい甘ったるい猫なで声だよー! ティズちん」
「よほど心労が溜まっていたのでしょう……アンデッドハントに襲われたと聞いた時すごい顔してましたものね……その反動ですよ」
「人間、やっぱりストレスが一番の敵……マキナ覚えた」
「あ、そろそろ回復魔法かけてもいいですかね? あれじゃ交渉どころかイスにも満足に座れないですよ?」
「よろしくお願いしますシンプソン。 もう殴られることもないでしょうし」
「ではでは……あ、お代はアルフさんなら請求してもいいですよね?」
「いいのではないでしょうか? あなたとの無料契約は、私たちのパーティー+リリムにのみ有効というものですし」
「ん? リリム? 何か増えているような気もしますが……まぁいいや、お金もらえるなら。 ヒーリング!!」
シンプソンはそういうと、アルフの腕をくっつけたのと同じ要領で奇跡を放ち、あちこち青あざだらけになったアルフの体の傷を癒す。
「げほっげほっ……死ぬかと思ったぜったく」
「じごーじとく! あれだけ問答無用で友達のこと傷つけたんだから! 少しは目が覚めた? アルフ!」
「……あぁ、文字通り骨身にしみたよ……はぁ」
そういうとアルフはよっこらせとイスに座りなおし。
「では、聞かせえてもらえるのですね? あなたがなぜラビを……忍・カルラを狙うのかを」
サリアの言葉に。
「あぁ……だが、知っちまったら戻れねぇぞ?」
そうアルフは脅しでも何でもない事実をアルフは淡々と述べる。
「構わない……お願いするよ、アルフ」
この一日で何が起こったのかをここにいるメンバー全員がほぼ理解をしたところで、和平交渉が再開され、アルフは観念したように大きなため息をついて。
言葉を紡ぎ始める。
「……俺たちの目的は、ラビの完全復活だ。 偽物じゃなくて、本物のな」
最初に放たれた小さなアルフのつぶやきは、迷宮に大げさなくらい木霊をした。




