16.繁殖期のオークと魔剣ホークウインド
「回収はすんだかしらウイル! 迷宮探索を再開してもいいかしらー!?」
歌を歌うのは飽きたのか、ティズは僕の頭に乗っかってぺしぺしと頭を叩き始める。
「そうだね、今日はサリアさんもいることだし、少し奥まで探索してみようか」
トーマスの大袋もまだまだ余裕があるし、そろそろ今日の僕達の目的を達成しよう。
「あと、壁の中のお宝探しよウイル……いける範囲のお宝はある程度とりつくしちゃったし、奥の部屋でバンバン稼ぎまくるわよー!」
と、ティズは高らかに宣言をした。
が。
出ない。
壁を壊せど壊せど、昨日の大豊作が嘘だったかのように壁の中の宝は出てくることはなかった。
出てくる瓦礫 瓦礫 瓦礫瓦礫……。
木彫りのクマの人形……踊る蛙人形……。そしてまた瓦礫。
いっそ幻覚の罠にでも引っかかったっていう落ちであれば僕達も納得をしたのであるが、隣で少し嬉しそうに瞳を輝かせているサリアの存在が僕達にあれが現実であったことを告げている。
「なんでよもー!? バグってんじゃないの!? 迷宮の確率変動起こした奴はどこのどいつよ!? 責任者呼んでこーーーい!?」
「ティズ……落ち着いて」
「落ち着いてられる分けないでしょー!? 昨日は壊せば壊しただけお宝が出てきたのに! 今日に限って何も出ないのよ!?」
僕の胸倉をつかみながらティズは僕の頭を揺らす。
そういわれても僕にだってどうしようもないのだが……。
落ち着かせないとまたティズが警報の罠になりかねない。
ちらりと手動首振り人形と化した僕は横目でサリアに助け舟を求めると。
「ふむ……。壁の中のお宝というのは消失した冒険者の持っていた遺品だといっていましたが。 マスター以外が破壊することが出来ない壁の中に入るためには、テレポートの魔法か宝箱に設置されているテレポーターの罠……それと迷宮の罠としてのテレポーターが必要になります。 テレポートの魔法を使う敵は今のところ五階層以降に、テレポーターの罠も四階層以降にしか見受けられません……。 確かに、一階層の出口付近にテレポートをしようとして座標を誤っていしのなか……というパーティーは少なくないと聞いたことがありますが……。 どれも入り口付近のいしのなかに飛ぶのが殆どでしょう。
なので、入り口から離れればその分お宝が出る確率は低くなるかと」
「えー!? じゃあもう迷宮ではお宝は出ないってことなの!?」
「いえ、そういうことではありませんティズ。 確かに自らの魔法でいしのなかに入ってしまった探索者ならば、第一階層に入ってしまうことが殆どでしょうが、宝箱によるテレポーターならば、同じ階層にランダムに飛ばされます。なので、四階層以降ならば……また宝が出てくるはずです」
「なるほどね……って! 今私達がいける最下層が地下三階なのに! お宝があるのが地下四階ですって!? どうするのよ! これじゃまた極貧生活に逆戻りよ!」
「あぁあ、ティズ、落ち着いて……また騒いだら……」
瞬間……。
ざわりと空気が変わる。
「ティズ! マスター!」
その変化にサリアも気が付いたのか、僕とサリアは慌てて剣を構える。
目前から響くのは足音であり、その重みはコボルトとは比較にならないほどしっかりとしている。
息を呑む。
重量のあるその足音は、確実にこちらに向かっており、ティズの太陽の光に照らされ、その軍勢は姿を現す。
そこにいたのは。
「……オーク」
豚頭族だった……。
「なんのひねりも面白みもない二度目のエンカウントですねティズさん」
「そうですね、どうしますティズさん。いろんな意味で」
「ちょっ!? また私のせいなの!? また私のせいなのね! 結構な勢いと音で壁壊しまくってたけど私のせいなのね!? 分かったわよいーわよ私が悪かったわよ! だからさん付けはやめてよ! やめてくださいお願いします!」
ティズさんは半泣きになりながら僕達に訴えかけるが、先ほどより声のトーンは数段高いため反省する気はないのだろう。
「とはいったものの安心してくださいティズさん。 オークは元来臆病で優しい魔物だ。 確かに人を襲う魔物だが、それは迷宮内で食糧難が起きたときだけだし、何よりも冒険者を襲うことは殆どない。 戦闘になってもすぐに逃走することが殆どだ」
「そうそう、良く掲示板とか御伽噺でオークに女性が襲われる話が良く出るけど、それは繁殖期の話であって、オークはとても気性が穏やかなんだ」
「な、なんだ。心配したじゃない……それで、その危険な繁殖期っていつなの?」
「ちょうどこの時期だね」
「ダメじゃん! 結局危険じゃない!」
「ぶがああああああああああああ!」
ティズの突っ込みに反応したのか、オークたちは斧や棍棒を片手にこちらへとじりじりと近づいてくる。 大きさはおよそ二メートルといった所か……屈強な両腕に飛び出た腹が特徴的であり、コボルトよりも更に緩慢な動きでこちらへとにじり寄ってくる。
その数は五体であり、今までの僕であったらすぐに逃げていたような敵だ……。
繁殖期のオークは力も強くなり、筋力量も子どもを守るために多くなる……その為、冒険初心者はいつものオークとたかを括って返り討ちにあうケースが頻発する……。
なので逃げることが恐らく正解なのだろうが。
「マスター、いけそうですか」
「大丈夫! 右は任せて!」
気が付けば剣を抜いて構える僕がいた。
抜き出されたホークウインドは構えると同時に青白く光り輝き始め、僕は体が軽くなったような錯覚を覚える。
「があああ!」
「っ!」
コボルトよりもはるかに遅く……しかし圧倒的に重い一撃……。
それをかがんでかわし、僕はオークのお腹をホークウインドで切り裂く。
「がぁ!?」
軽い……今まで使用していたロングソードでは、一度振るだけで間合いを開いていたが……これなら!
腹を切り裂かれ、オークが怯んだ隙に、返す刃で今度は棍棒を持っている腕を切りつける。
「があああああああ!?」
腱を断ち切られ、オークは棍棒を取り落とすも、その太い左腕で僕へと殴りかかる。
「ぐっ!」
それをすんでのところで回避し今度は両足を切る。 二度目で確信したが、今の僕は一度に二度の攻撃を敵に与えることが出来るようだ。
「がっ……」
脚を切られたオークは、その場に倒れ伏してもがく。 両手両足の使えない今、敵に攻撃の手段はなく。
「とどめだあぁ!」
僕はその首元にホークウインドを突き刺す。
「ぐぶああおおおああ!?」
醜悪な断末魔と共に、先ほどまで動いていたオークは動かなくなる。
倒した……こんなにもあっさり……僕は駆け出しには難しいといわれる繁殖期のオークを倒したのだ。
「……僕にも、もうできるんだ」
胸の中で何かがふつふつと湧き上がるような感覚が浸透する。
どこか誇らしく、どこか気恥ずかしい……そんな感情が内からわきあがり……同時に。
「マスター! 片付きました!」
サリアのそんな声で僕の思考は正常に戻される。
どうやら五体中四体はサリアが倒してくれたらしい。
流石はマスタークラスは格が違うといったところか。
「流石だね、サリア」
「いいえ! 見事ですマスター! 繁殖期のオークをあれだけ見事に片付けるとは!」
「なによ? ウイルはもうレベル3なのよ? オークぐらい簡単に片付けられるわよ」
「いえ、繁殖期のオークは二階層相当の危険度を有します。 筋力も能力も凶暴性も通常期のオークをはるかに上回るほど危険なのです……それをあれだけ手際よく片付けるとは……流石はマスターです!」
素直な賞賛に、僕は顔を赤くする……褒められ慣れていない僕にとっては暴力に近い。
「そしてその剣も素晴らしいです! さぞや名のある名刀なのでしょう」
そういうと、サリアは今度はホークウインドを賞賛する。
「これは、クリハバタイ商店のリリムさんが作ってくれたんです。 銘はホークウインドっていうんですけれども」
「なるほど、道理でこれだけの名剣を私が知らないわけだ……打たれたばかりだとは……少し借りてもよろしいでしょうか?」
「もちろんだよ」
僕がサリアにホークウインドを渡すと、サリアは二三度振っておぉっと驚嘆の声を漏らす。
あまりいい武器というものは持ったことない僕だったが、サリアが驚くということはよっぽどの名刀なのだろう……リリムさんはそんなすごいものを僕にただでくれたのか……。
「素晴らしい……。 軽く其れでいて強靭……。 それだけじゃない、能力強化のエンチャントまで付与されている」
「そんなにすごい剣ならサリアが使う? この剣も、サリアに使ってもらったほうが本望だし、サリアほどの冒険者が扱う剣ならきっと話題も多く集めるよ」
そうなればリリムさんの鍛冶師としての名もあがる……。
しかし、サリアはもう二三度剣を振るって刀身を見つめた後。
口元を緩めて僕に返してくる。
「いいえ、私にはこの剣は使いこなせません。マスター、この剣は貴方しか主人と認めない」
「え?」
「恐らくこの鍛冶師は、貴方の為にこの刃を打ったのでしょう……使い手のことを考えて作られた、とてもよい剣です。 手放してはいけない」
サリアはそういうと、マスターもやりますねと苦笑を漏らす。
僕は良く分からずに首を傾げるだけであったが、とりあえずはこの剣だけは手放してはいけないということは理解できた。
「うん。 ありがとうサリア……」
「いえ、作り手の思いが読み取れてしまっただけです……其れよりも今はオークの……」
「ぐるうるうるあああああ!」
オークのドロップアイテムを拾ってしまおう。 そうサリアが言いかけたころ、迷宮の奥のほうでひときわ大きな野獣の咆哮が響き渡る。
その声は確かに醜いオークのそれであったが、その声に迷宮が身を震わせているかのように、びりびりと空気を振動させている。
「これは、不味いなマスター ティズ……この近くにオークの巣が出来たようだ」
「オークの巣?」
「繁殖期のオークは迷宮一階のどこかに巣を作る習性があり、そこを拠点に人を襲い始めるんです。 階段付近に作られた巣は早々に冒険者達に撤去されてしまうので大丈夫なのですが、ここは反対にある場所だ……繁殖期が終わるまでは近づかず、他の場所を探索するのをお勧めします」
「邪魔なら蹴散らしていけばいいじゃない?」
「やろうと思えば私とマスターならば出来るでしょう。 しかし、問題なのは労力に見合わないという点です」
「どういうこと? サリア」
「先ほど、繁殖期のオークは肉体的にも凶暴性も増して二階層相当の魔物となっているといいましたが、入る経験値や手に入るドロップアイテムは通常期のオークと変化はありません」
「なるほどね、強くなって労力は増すけれども、入る報酬は今までと変わらない。 しかも一箇所に集まるから、誰も好き好んでオーク狩りはしないというわけね……納得」
「ええ、なので自ら望んで藪をつついて蛇を出す真似はせず、他の場所をあたりましょう。
メイズイーターがあれば、先ず遭遇することはないですから」
そういうとサリアは、もと来た道を戻り、十字路を今度は反対方向に進んでいく。
その行動に僕とティズは反対することはなく、それに続くように未探索の西側を捜索することにした。