183.アルフとの合流
「あ、マスターウイル……戻られましたか」
そのあと、僕とカルラは他愛のないサリアやシオンの失敗談や、ティズの一発芸、妖精オルゴールの話などをして談笑をしたあと、カルラを寝かしつけて僕は外に出る。
外には当然だがシンプソンが控えており、僕が部屋から出てくると少し安堵したような表情でこちらを見る。
「見張りお疲れ様、シンプソン……特に変わったことはって……どうしたのその目」
何となしにシンプソンの顔を拝むと、その目は真っ赤に充血しており、その鼻からはまだ鼻水が垂れている。
本人は必至にポーカーフェイスを気取ろうとしているが、その表情からはカルラの過去を聞いて号泣したのが丸見えである。
「……盗み聞きしてたの?」
「そんな、神に誓って……そんな人道に反する行為などできるわけが」
「カルラの傷跡って、シンプソンの力でどうにかならない?」
「全力をもってイエッサー!! 拷問跡だろうが何だろうが! 奇跡の限界を超えて見せますよ! そんな理不尽許せません!! カルラ殿を、幸せにせねば! ねえマスターウイル!」
やっぱり聞いてたんじゃないか……。
まぁしかし、自主的に動いてくれるのであれば好都合。
確か神聖魔法では古傷を直す方法は未だ開発されていないという事であるが……。
今のシンプソンならばそんな限界の一つや二つは優に超えてくれそうである。
僕はそんな珍しくも頼もしい――そして意外と涙もろい――シンプソンの肩を一度叩き。
「頼んだよ」
と言うと、シンプソンの隣で腰を下ろす。
思えば今日はアンデッドハントに追われた後、迷宮三階層の攻略と無茶をしすぎたためか……体が異様に重い……。
腰を下ろし、一つ息を吐くと……そのまま世界が回転をはじめ、今自分がどこを向いているのかがわからなくなる。
「うっ……」
声が漏れ、慌てて頭を振って正気を取り戻そうとするも……一向に良くなる気配はなく、同時に視界がぐにゃりと歪み、全身から汗が吹き出し吐き気を催す。
完全に体が限界を訴えている状態だ。
「マスターウイル……あなたも少し疲れているご様子……私が見張りと回復魔法を使用しますので……どうか今はお休みなさってください」
シンプソンは僕の身を案じてか、そう一言僕にそう言葉を投げかけてくれる。
これがほかの人のセリフであるのならば、感動をしてその人に感謝の言葉を贈るのだろうが。
「……ぼくが死ぬと、蘇生費用の分の代金がもったいないし……報酬がもらえなくなるかもしれないから……かな?」
「えっいや!? なんでそれを、じゃなくて!? や、やだなーもう! 神父がそんな浅はかな考えを持つわけ、もっ、持つわけないじゃないですかー! あっあはは!」
図星であり、結局は自らの利益の為に行動しているため、ありがたくはあるがどうしても素直にその行為を喜べない自分がいる。
「やれやれ……じゃあ、ありがたくご厚意に甘えるとするよ」
僕はそんなシンプソンに一つため息をつきながらも。
「ええ、そうしてくださいマスターウイル!」
どちらにせよ休んでもよいと言われているので、僕はその場で瞳を閉じて軽い居眠りをすることになる。
「……」
力を抜くと、体の力が少しづつ抜けていき……瞼がゆっくりとゆっくりと重くなっていく。
薄れていくゆがんだ迷宮が完全なる暗闇へと変わると……僕はその瞼の裏側に……幸せそうに笑うカルラの笑顔を見た。
◇
「……ル……こらウイル起きろ! 寝坊助」
「ふあ!?」
不意に名前を大声で呼ばれて振り返ると、目前に突如熊さんが現れる。
「わっ!ワ―ベア!?」
慌てて僕は跳ね起き、剣を抜いて構えようとするが。
「誰がワーベアだ失礼な奴だなおい」
「あ、アルフ?」
目を凝らしてその姿を見てみると、目前に立っていたのは仲間であり友人であるアルフであった。
いつものように大斧を携え、長いあごひげをさすりながらやれやれとため息をつくその仕草……疲れているとは言え、間違いはないだろう。
「……えっと、久しぶりだねアルフ……その子は?」
「よー! お前がメイズイーター? メイズイーターなのか?? けが人の治療のためだったのにごめんな! マキナ勘違いして苦労かけた!」
「マキナ?」
マキナと名乗った少女はぴょこぴょこと飛び跳ねて僕の肩をたたく。
なんだか不思議な褐色肌の少女であり、アルフの娘……と言うには少し無理がある見た目をしている。
こんな迷宮三階層なんかには当然のごとく似つかわしくない存在であり、僕は発言もまって疑問のあまりに首をかしげる。
「あー……そっから説明しなきゃならねえよなやっぱり」
「隠し子ですか?」
「んなわけあるか」
「マキナはマキナだ! この迷宮三階層で、メイズイーターの試練を任されている! デウスエクスマキナレプリカとは私のことだ!」
胸を張りながらデウスエクスマキナレプリカと名乗った少女はむふーと鼻を鳴らす。
余計に混乱が広がるばかりだ。
「えーとつまり?」
「まぁ、行っちまえばさっきまで迷宮を起動させてお前さんらを苦しめていた張本人ってことだよ」
「なるほど、お仕置きしていいですかマスターウイル」
「いいわけないだろ」
神父は何度も殺された怒りからか、すでにげんこつの準備は万端なようであるが、僕はそんな頭をはたいて止める。
「でもでも!? なんの理由もなくあんな化け物けしかけられた上に、どんだけ罠に引っかかったと思ってるんですか私!」
「それは正直すまなかった! でも、そっちだって悪い! メイズイーターの力使って、試練開始の合図を出した!」
「試練開始の合図?」
そう困ったような表情をして僕のことを指さすマキナであったが、僕は記憶のどこを探してもそんな合図を送った覚えはない。
「だからたまたまだって言ってんだろう? そもそも、入り口付近の壁にメイズイーターの力を発動することが試練の合図だなんて、もう少し見直した方がいいんじゃねえか?」
「そ、そんなことないぞ! 代々伝わってきた由緒正しき……正しき……」
一瞬マキナは考える様な素振りをして。
「ひょっとしてアイツとあいつ……」
なんて意味深長な言葉をつぶやいている。
まぁ、どちらにせよ二人の会話に全くついて行けず、僕はぽかんと口を開いてその二人のやり取りを見つめるしかないわけだが。
「……はぁ、とりあえず埒が明かねえから、説明だけしてやる、本題はそのあとだ……」
そんな収拾のつかない事態にアルフはあきれ果てたのか、一つ大きなため息をつくと、そういって状況の説明を開始してくれるのであった。