15.コボルトとの戦い
「があああああるるがああああ!」
細身の剣を構えるサリアであったが、コボルトはそれを無視してティズへと攻撃を仕掛けようとする。
しかし。
「させるか!」
横を駆け抜けようとするコボルトの前へとサリアは一瞬で踏み込み、同時に剣を振るう。
「ぎゃんっ!」
その一閃は鋭く、両腕とボロボロの剣ごと両断されたコボルトは吹き飛ばされて後方のコボルトの足並みを崩す。
数が多くても、まとまっていてはまるで意味がないのだ。
少なくとも、サリアのような手練の前では。
「っはああああああああああああ!」
怯んだコボルトに対し、サリアはそのまま飛び込み、隊列乱れたコボルトを切り伏せている。
その姿はまさに雑兵を切り捨てる戦神。
敵は防ぐことも切りかかることも許されずに、ただひたすらに蹂躙される。
僕達を取り囲み、真っ直ぐ進むだけで僕達を蹂躙できたはずのコボルトは、僕達に一歩を踏み出すよりも早くサリアの剣戟に吹き飛ばされては、隊列を崩し、吹き飛ばされては隊列を崩しを繰り返し、息つく暇も立ち上がる暇すらも満足に与えられずただただ切り伏せられていく。
一番恐ろしいのはサリアはそれを前方だけではなく全方向の敵に対して行い、文字通り一歩も近づけない状況というものを作り出している点である。
「マスタークラスって言うのは疑いようもないわね……あの女。相当の手練だわ……」
ティズはサリアのそんな戦闘シーンを見て息を呑む。
当然だ、僕達が必死に逃げ回っていた数のコボルトを一人で相手取り、完全勝利を収めている。
敵が苦し紛れに放つ一閃も彼女の肌や鎧でさえも捕らえることはなく空を切り、その身にまとったボロボロの鎧ごと少女の剣によって両断される。
格が、次元が違う。
これが、最下層にてアンドリューを追い詰めた聖騎士 サリアの力なのだ。
「がああああ!」
獣の頭が、最大限の知恵を絞ったのか、咆哮と同時にサリアへと一斉に飛び掛る。
10体ほどの波のような一斉攻撃。
いくら一撃が鋭く重くとも、剣では一度に一体にしか攻撃が出来ず、一斉に全方向から攻撃をされれば僕達を守ることもできないし回避さえもままならないと考えたのだろう。
しかし、そんな常識はサリアには通用しない。
「戦技」
剣を鞘に収め、サリアは姿勢を低くする。
空気が変わる。 まるでサリアの周りに張り詰めた糸が張り巡らされたかの用に
鋭く冷たい空気が空間を覆いつくす。
しかし、獣の直感も人の知能も失った彼らにその空気を感じ取る力はないらしく、愚かにもサリアが放つ技を回避も防御もすることなくその身に刻む
「居合・野晒し」
鞘から刃を抜きながら、敵を横一文字に切り払いながらサリアは一回転をする。
悲鳴も断末魔も間に合わない。
一瞬にして上半身と下半身を両断されたコボルトたちは、一肉塊と化し迷宮はまた静まり返る。
「あれは…」
「戦技。アンタのメイズイーターと同じスキルの一つで、戦闘でしか使えない戦闘専用のスキルよ……普通の攻撃に、特殊な効果を乗せることが出来る……そしてあの構えは東の異国の戦士が良く使う戦技……居合と呼ばれるものね」
ティズは落ち着きを取り戻したのか、満足そうに鼻を鳴らしてひらひらとサリアの元へと飛んでいく。
「やるじゃないの、アンタ! こんなすごい騎士様がいれば、ウイルも安全にダンジョン攻略が出来るわ!」
「ええ、ですが問題もあります」
「問題?」
「私は聖騎士ですが、神聖魔法は殆ど使えません……身体強化や、防護魔法は愚か、回復魔法や攻撃魔法も強力なものは使用できない。 三階層までなら問題はないかも知れないですが、早めに魔法使いや僧侶をパーティーに加えることを考えたほうがいいとおもいます」
確かに、パーティーにはバランスが欠かせない。
いかにサリアのように武芸に秀でたものであっても、迷宮の罠に掛かってしまえば、回復魔法がなければすぐに死んでしまうだろう。
その為、魔法、奇跡、武術、全てがそろった状態で迷宮に挑むのが冒険者の基本となり鉄則である。 どれか一つかけても、迷宮は確実にその穴を付いてくるのだ。
「なるほどねぇ、確かにアンタの言うとおり魔法使いは必須よね……まぁでも、それはおいおい考えるとしましょうか……三階層までは問題ないのなら、問題が出る前までに解決すればいいだけの話だし」
「ええ、四階層以降のアンデットナイトや、デッドスモッグのようなモンスターには私の魔法は殆ど効きませんが、三階層までならば私の剣と奇跡だけで十分対応できます」
「随分と自信満々だけど、その自信はどこから来るのかしら?」
「魔法にはランクがあり、一階位魔法 二階位魔法と名前がつけられています。 普通は習得難易度、必要魔力量から勘案して、ランク付けがされるのですが、この国は少し違います。これは、この国にある迷宮の階層にちなんでのことだといわれています」
「一階位魔法が一階相当の魔法ってこと?」
「ええ、火球 倦怠の魔法や、回復、頑強の魔法は一階層の敵には有効ですが、二階層の敵にはあまり通用しません。しかし、魔導王国~エルダン~の魔導学校では、ヒールやディフェンスよりも、ティズが常に使用している第三階位魔法 太陽の光の方が習得難易度は低いといわれています……。しかしそれでも、太陽の光が長年第三階位魔法とされてきているのは、太陽の光は迷宮を照らし出すという効果のほかに、迷宮に仕掛けられ隠匿されている罠の場所を分かるようにする、という追加効果があるため、罠が少なく殆どの罠の場所が冒険者に周知されかけている一階層、二階層ではなく、罠が張り巡らされ更にはその罠が一定期間で場所を変えるというギミックが仕掛けられている三階層でこそ必要になるためでしょう。 また、同じ状態異常の麻痺と毒ですが、命に別状がなく、解除も簡単な麻痺を治す麻痺解除が第四階位とされ、解除も難しく、命の危険が伴う毒を解除する解毒が第二階位と設定されているのも同じ理由で、毒をもつモンスターは二階層から、麻痺を持つモンスターは四階層からしかエンカウントしないからですね。
こうやってですね、この国での階位魔法というのは挑戦する階層に必要となる魔法の指標となっているのです」
「へぇー」
僕はサリアの講義を感心しながら聴く。 どれもこれも聞いたことのないことばかりであり、必死に頭の中に詰め込むが、そもそも魔法というものを使用したこともない僕に其れを全て理解するのは不可能だったため、重要そうな所だけを叩き込んでおく。
「ま、とりあえずはその階位の魔法を使えるようになるまでは、その階層には近づかないほうが無難ってことね」
「その通りです。 そして私の使用できる信仰魔法は第三階位まで。 属性魔法は使用できませんが、神聖魔法は威力が劣る代わりに苦手、耐性を持つ敵は三階層までは出てくることはなく、安定して戦うことができますし、火力不足は剣技で補うことが出来ます。 なので三階層までは問題ないでしょう」
「なるほど、一応根拠はしっかりとしてるわね……でも、アンタが大丈夫でもウイルは違うわ、最初に言ったとおりすぐに三階層に進めるなんていうのは許さないからね、次の階層に進むか、まだ留まるかの判断は私達でするわ。 いい?」
「ええ、それは勿論ですティズ。 マスターに危険が及ぶようなことはしないと貴方に誓った。それに、この迷宮では慎重過ぎるという言葉はないですからね」
「そ、それが分かってるなら何も問題はないわ、ちょっと失礼」
ティズは満足げにうなずくと、サリアの肩に飛んでいって腰を下ろす。
「わっ、てぃ、ティズ!? くすぐったいです」
それは今まで僕以外にやったことはない行動であり、僕はティズが心からサリアを仲間として信用したということが分かり、もう一度安堵する。ティズは少し素直じゃない部分があるから心配していたけれども、この調子ならば心配なさそうだ。
「こらウイル! なーに一人でボーっとしてんのよ! 早く毛皮とか回収しないと消滅するわよ!」
「あーごめんごめん! 今するよ!」
「私も手伝いましょうマスター」
「いいよいいよ、全部片付けてもらっちゃったし! これぐらいやらないと、僕のいる意味がなくなっちゃうからね」
「そんなことは……」
「いいからいいから。 まだ生き返ったばかりで本調子じゃないんでしょ?」
「むぅ、ではお言葉に甘えて。 でも次からはお手伝いさせていただきますからね」
そういって僕は、短刀でコボルトたちの毛皮をはいでいく。 今日も大量だ、昨日ほどの収入は見込めないだろうが、この調子で行けば万年赤字も、野菜売りのアルバイトもしないで済みそうである。
サリアは僕に天使の微笑みを見せながら、壁に背を預けて体育座りをしてこちらを見守り、ティズはその頭に乗っかりながら、陽気に酒場の冒険者の歌を歌っている。
うむ、あの二人の笑顔を見ていたら、剥ぎ取るスピードが二倍増しになりそうだ。
と。
「っ!?」
一瞬手に痛みが走る。
牙が刺さったとか、何かで斬ったとかそういう感覚ではなく、血管の中を熱が通り抜けたような……そんな痛みである。
「?」
慌てて手のひらを確認してみるが、当然血も出ていなければ異常もない……毒針でも隠し持っていたのかと警戒をしたが、血がにじむこともしないため、怪我をしたわけでもなさそうだ。
「今日もエルキドゥの酒場で蜂蜜酒が飲めそうね♪ ちゃんとさくらんぼもつけてねーウイルー」
そんな僕の体の異常など露知らず、ティズは呑気にサリアの頭の上で手を振っている。
視線を手に戻すと、既に痛みは気のせいだったかのように消え去っていた。
「はいはい。 っと、これで全部かな」
最後のコボルトの毛皮と爪を切り取ると、僕はトーマスの大袋にそれらをしまう。
手に異常はない……やっぱり勘違いだったのだろう。




