169.罠だらけの迷宮
「よし、とりあえずは一安心……」
そう僕はため息をついて、落ちた筒二つを踏んで破壊するが。
それでもまだ、迷宮の駆動する音は響き渡り続けている。
「あぁ、マスターウイル……ありがとうございます、助かりました」
シンプソンは半べそをかきながら僕のもとまでのこのことやってくると、そう頭を下げる。
「まぁ、あのままじゃ埒が明かないからね……それにシンプソンも生き返ると言っても、何度も死ぬのは……」
「あぁ……合計で金貨が40枚減りました……うぅ」
「……もう何も言わないよ僕は」
自らが死んだ痛みとかそんなものよりも、金貨の減り具合を嘆く神父に僕はもはやかける言葉も見つからず、僕はとりあえずカルラを回収する。
「……ほ、本当に……壊しちゃった」
カルラはおとなしく待っていてくれたらしく、階段に腰かけて驚愕の表情をしていた。
「お待たせ。大丈夫? 傷開いてない?」
「は……はい」
「それはよかった……」
今はまだカルラも元気そうであり、僕は少し安堵して再度カルラを抱きあげる。
「あっ……あっ!? いま、今気づいたけど……あっ!? 今私……ウイル君に!? わ、わあぁいったたたた!?」
「急ぐよシンプソン……なんだかカルラの様子がおかしい、具合が悪そうだ」
「えぇ!? 少し休みましょうよ!」
「それだけ騒げるなら大丈夫そうじゃないか……カルラは休まらないんだから、急ぐよ」
「うぅ、そんな」
どっちにしろここにいても埒が明かないので、泣き言をいうシンプソンを僕はいさめながら、筒の壊れた迷宮三階層の先へと足を踏み入れることにする。
「とりあえずは途中までは安全な道を行こう……そんな全部が全部道を外れる必要もないんでしょ? 休憩はそこでいいじゃない?」
「むぅ……確かにそれはそうですけれど……わかりましたよ、ちゃんと途中で休憩しますからね! 絶対ですからね? いいですね!」
そうシンプソンは僕に何度も念押しをしながら、白線の上へ足を下ろす……と。
【カチリ】
という音が響き。
火炎放射が神父を消毒した。
「うわっ!?」
「シンプソンさーーん!?」
「ぎゃーーーー!? あちゃーーーちゃちゃちゃ!?」
「白線の上をあるいたよね、今。 おかしいな」
「そそ、そんなことより、シンプソンさんがこんがり、こんがり神父に!? 大丈夫なんですか!?」
「大丈夫だよ、シンプソンを信じて」
「そ、そうなんです? ……ウ、ウイル君が……そういうなら」
「そういわないで助けてえええええぇ!?」
「やや、やっぱりだめそうですよ! ウイル君!」
ゴロゴロと転がりながらシンプソンは絶叫を上げ、炎を消そうともがいている。
どうやらクレイドル神はシンプソンが死なないと力は貸してくれないようで、僕は少し気の毒になったので、カルラを入り口の階段にまた座らせてから、マントをかぶせて火を消してあげる。
「ぜーはぁー……わ、罠の配置が代わって……わた、私の苦労が……はぁー」
燃やされた痛みよりも、どうやらシンプソンは罠の配置が代わったことの方がショックのようだ。
見ている限りでは割と高火力であぶられたというのに、シンプソンは髪の毛が少し犠牲になったくらいで
目立ったやけどもなく肩で息をする。
この男も大概化物だ。
「どど、どうやら……本当に、対メイズイーターように……迷宮自体が、へへ、へんかする、みたいです」
「そんな……となると、安全なルートは、一から探さなければいけないってこと?」
「は、はい……そういう事に……私が動ける状態なら……その、罠解除とかもできるんですが……スキル封じのこれがあるのと……傷のせいで動けません……うぅ、ごめんなさい」
「気にしないで……こっちにはシンプソンがいる」
「マスターウイルが考えていることが手に取るようにわかってつらい」
「死なないんでしょ? なら大丈夫だよ……生命力も減らないみたいだし」
「あー! ティターニアと同じ台詞!! 思い出したくもないあの呪われた記憶がいま蘇るうううぅ! ええそうですよ、金貨四万枚に釣られてこの三階層の攻略を買って出たら、結局金貨四万枚分殺されたのは私ですよ! ええそうですよ!」
会話の流れから、どうやらこの迷宮三階層の白線を引いたのはシンプソン自身であることが判明した、その時も相当数死んだのだろう……ほんの少しだけ僕は同情する。
というか、お金に目がくらんで四千回も死んだというのに懲りないのだからこの守銭奴も筋金入りである。
だが、僕だって引くわけにはいかない、カルラの、友達の命がかかっているのだから。
「今回はお金払うから……」
「いやです! 絶対嫌です! もう二度とやらないって決めたんです! というか心が痛まないんですかマスターウイル!? 死なないとはいえミンチになったりひき肉になったり串刺しにも焼死体にもなったりするんですよ!?」
「……シンプソン、覚悟しているよ。 カルラのためなら僕は、君が死んでも構わない」
「構えそこは!」
シンプソンの突っ込みが入る。
「だけど、それしか方法はないよ……ほかにどうやって手術台までの道を確保するっていうんだい? 君だって僕のメイズイーターの能力を知るまでは、それを覚悟していたんじゃないの?」
「ぐっ……そ、それは、そうですけど……でも、やっぱりいざ三階層まで来てみるとやっぱり死にたくなくなるというか……お金が、無くなるのは……やっぱり……」
「……あ、あの……やっぱり……私が……」
「スキルがいま使えないんでしょ?」
「スキル妨害の魔法だったらいつでも解除しますよ! あ、マスターにかけられてるのは強力すぎて無理ですけど」
「やめんか」
「あだっ!?」
僕は瞳を輝かせてカルラの首輪を外そうとする神父の頭をはたく。
首輪を取るのは賛成だが、それをするとカルラは無茶をしかねない……。
傷が治るまではこうしておとなしくさせておいた方がカルラのためだ。
「わ、私逃げたり、なんて……しま、しません!」
「逃げるとは思ってはないけど、無茶はするだろう? 君みたいな子がうちには一人いるからね……怪我が治るまでは、おとなしくしててもらうよ」
「で、でも……それじゃ、いつまでたっても先には進めないです!」
「そうですよ、彼女にやってもらいましょうよマスターウイル……二体一ですよ? とかなんとか言ってみたりして」
ぎろりと僕はシンプソンをにらむと、シンプソンは小さく笑って縮こまる。
今シンプソンをここで蹴とばして放り込めば問題解決なのではないだろうか?
と、思ったのだがそこは最後の良心で踏みとどまり、僕は代わりにため息を吐き出す。
「はぁ……まったくこいつらは……わかったよ、分かった……僕が行くから。 シンプソン
はカルラのことをお願い。 傷一つでも増えたら絶対許さないからね」
このままでは埒が明かない……。
死の危険性もリスクもあるが、このままでは埒が明かないので僕が行くことにする。
「おおぉ!? マスターウイル! 素晴らしい英断です! まさに英雄! 伝説の騎士の名にふさわしいです!」
「そ、そんな!……だ、だめ!? だめですウイルさん! そ、そそ、そんなことしたら……死んじゃいます!」
「まぁ、シンプソンもいるし。何とかなるでしょ……安全策ってわけではないけど……時間も惜しい」
それに、これが試練だというなら、僕が挑まなくちゃいけない気もしていたのは事実である。
メイズイーターとして、この迷宮に挑むならこれから先も同じような罠が仕掛けられているのは容易に想像できる……その最初の試練で、つまずいているわけにはいかないのだ。
それに。
「カルラのためなら、一回くらいは、死んでも構わないさ」




