168.生命保険
「し、シンプソンさん!」
こめかみを貫かれ、カルラは悲鳴に近い声を上げて放り投げられる、僕は倒れたシンプソンを抱きとめるか、傷ついたカルラを抱きとめるかの究極のようで答えは決まりきった選択を迫られ、当然のことながらカルラを抱きとめる。
「カルラ、傷は?」
「だ、大丈夫……です……それよりもシンプソンさんが」
【一体撃破……蘇生魔法発動前に、消滅処理を行います】
迷宮の壁が開き、中から筒状の何かが顔を覗かせる。
見たこともない形状であるが、その見た目はどこか鉄の時代のアーティファクト……【銃】と呼ばれるものに似ており、嫌な予感がする。
「シンプソン!!」
シンプソンを消滅させるべく、迷宮から現れた筒はシンプソンに向かい、高熱の火炎を吐き出す。
「灰にする気か!」
シンプソンが消滅してしまえばカルラの傷を治すことができる人間がいなくなってしまう。
僕はそう焦りながら、シンプソンの死体を守るためにメイズイーターを起動する。
【メイク!】
シンプソンを囲うように迷宮の壁を出現させて、炎を防ぐ……。
古龍の息吹でさえも防ぎ切った迷宮の壁だ、この程度の炎はわけなく防ぐ……。
そのはずだったが。
【スキルブロック……起動中。 デウスエクスマキナの力により、試練にメイズイーターは持ち込めません】
「!?」
僕は自分のうかつさを呪う……スキル封じの魔法で僕のメイズイーターは使用できなくなることは、獣王の一件で知っていたというのに、僕は完全にそのことを忘れていた。
そもそもこの罠はこの迷宮三階層自身が言っていたようにメイズイーターように作られた罠なのだ……当然のようにメイズイーターを封じる手段を有していると考えるべきであった。
「ウイル君! し、シンプソン……さんが!」
「っ!?」
驚愕の声を漏らし、自らの判断ミスを呪うももう遅い。
灼熱の劫火は、シンプソンを灰にしたのち消滅させるように迫り、シンプソンを覆い焼き尽くす……。
「ん?」
――――――――いや、焼き尽くしてはおらず、シンプソンを包んだ炎は、跡形もなく霧散し消え去ってしまった。
「え? え?」
残された神父の死体は焼けただれるどころか、衣服に煤一つ付いておらず、三階層の罠はそのまま動きを止めている。
あれだけの炎に包まれてなぜシンプソンが無傷――頭に穴が開いているが――で、消失を免れたのだ。
シンプソンは確実に死んでいる。 頭を打ち抜かれ死んでしまい、魔法を使用するなどできるはずがない……できるはずがないのだが……しかしシンプソンを守る魔法を放ったものなど尚のこと存在していない……。
一体全体、シンプソンに何が起こったのか?
そんな疑問に、僕や迷宮がその死体をいぶかしげに見つめていると。
不意にシンプソンの体が動き。
〖天地鳴動すれど健やかに、死を前にしてなお穏やかに……寵愛する我が信徒……クレイドルの名をもって其の死を【否定】する……〗
迷宮の声とは異なる……クレイドルと名乗る女性の声が響き、言葉が止まると同時に迷宮が震え、シンプソンの体が光る。
〖生命保険〗
【な】
声を漏らしたのは迷宮の方であった。
なんと、シンプソンの死体は、迷宮の劫火を防いだのちにひとりでに宙へと浮き上がり。
「ああああああああああああ! また死んだああああぁ! ってあいだあぁっ!?」
空中で後光をさしながらそう叫び、シンプソンは蘇生をし……落下したのだ。
「なななっ!? えええええええ!?」
僕はあまりの衝撃に絶叫し、カルラは何が起こったのかついていけずに口をパクパクと開いたり閉じたりを繰り返す。
「ちくしょー!? また死にましたよ! あーやだ! 油断した! っくそ!」
先ほどまで死んでいたとは思えないほど元気な姿でシンプソンは蘇生を生き返る。
その様子から自分の身に何があったのか理解しているらしく、ギャーギャーと騒ぎながらもだえている。
こめかみの傷は綺麗さっぱりと消えていた。
「えと、シンプソン……さん? あの、生命保険って……それに、今の声……クレイドルって」
「あーそうですよ! 私は死んでもああやって勝手にクレイドル神って奴に生き返らせられるんです! 呪いですよ呪い!!」
「いやいや、死んでも自動で生き返るって……なんであんたそんなに神に愛されてるの」
それにあの声、本当にクレイドル神なんだ……寵愛って……神様言っちゃ悪いけど男の趣味悪いな本当に。
「う、うう、うらやましい」
「うらやましくなんてないですよ! あの守銭奴神! 一回生き返るごとに金貨十枚も持っていきやがるんですよ!? 本当業突く張りなんです! 最悪ですよ! 金貨を奪われ続ける呪いなんです! そのくせ消滅もアンデッド化もヴァンパイア化も蘇生できないとかいうんです! 本当に意味がない!」
「おうお前、サリアの蘇生代金いくらだったか言ってみろ」
とうとう僕の中でシンプソンの呼び方がお前になった。
ていうか本当に神様男の趣味悪いな。
【危険と判断、排除再開】
目前の男に起こった一連の出来事と大神の登場に、迷宮はエラーを起こしていたのか、思い出したかのようにシンプソンへと攻撃を再開させる。
「ぎゃあああああああ!? また、また死ぬ! またお金が減る!?」
シンプソンはそうギャーギャーと半泣きになって騒ぎながらも、迷宮からの攻撃を紙一重ですべて回避していく。
メイズイーターの試練と言っていたはずなのだが、すっかり迷宮はシンプソンにお熱だ。
なんだろう、彼には何か人ならざるものを引き付ける才能でもあるのかもしれない。
そんなことを思いながらも、僕はこれ幸いとカルラを安全な所へ避難させることにする。
「カルラ、少しここで待っててくれる?」
僕はそう言ってもと来た道を少し戻り、安全そうな三階層への入り口の階段へとカルラを座らせる。
さすがに階層のつなぎ目にはこの試練は及ばないはずだ。
「どう……するんです?」
「いや、今がチャンスだと思ってね」
「へ? まさかあの……あの機械、壊すんですか! だめです! あ、あぶぶ、危ないです! スキル封じられているんですよ!」
カルラは慌てて僕を止めようとするが、僕は苦笑をして頭を撫でる。
「ふわ……」
「大丈夫、何とかなるよ、僕を信じて」
「……でも……うっ……」
カルラは僕を止めようと腕を伸ばすが、傷口が少し痛んだのか表情を歪める。
我慢をしてはいるが、カルラの傷は決して浅くないし、時間をかければ命が危ない。
だから僕は心配そうなカルラを残して、迷宮三階層へと舞い戻りホークウインドを抜く。
「ぎゃあぁっ!? っていうかなんで! なんで私だけ狙われているんですか!?
さっきの流れだと普通マスターウイルが狙われるべきじ……ぐふぅ!?」
またもシンプソンは迷宮の壁から伸びる筒により後頭部を貫かれ、絶命をするが。
〖生命保険〗
「ああああぁ!? また、また死んだ!」
今度は無駄な詠唱すら省いてシンプソンは生き返る。
心なしか生き返るたびに元気になっているような気もする。
僕はそんなシンプソンに苦笑を漏らしながらも、迷宮から伸びる二つの筒へと走る。
炎を拭く筒と、光の矢を放ちシンプソンを二度も殺した筒。
どちらも動き回るシンプソンを決して逃さない的確な狙撃により、常人の三倍近くの動きで攻撃をよけ続けるシンプソンを精密な動作をもって責め立てる。
迷宮奥へと進む道は一つ。
その一つの道を、ここまで精密な射撃をする二つの機械を潜り抜けて先へと進むことは不可能に近く。
僕はその二つの筒を破壊するために刃を引き抜き近づく。
が。
【メイズイーター!? 排除します!】
さすがに近づく僕に気が付いたのか、シンプソンに向けていた銃口を迷宮は僕に向けて。
【ファイア!】
二つの筒で僕の体を狙い撃つ。
まずい状況……双方ともあたれば生命保険なんてすごい技を持つシンプソンとは違い、特別ではない僕はひとたまりもなく、スキルを封じられている軽業も逃走もない状態であれば、なすすべもなく僕は打ち抜かれるはず……そうであったが。
【よけた!?】
僕はその二つの炎と閃光を、体をひねって前へ飛ぶように回避する。
思った通り。【軽業】が発動する。
カルラを抱きとめた時、当然のごとく重さを感じなかった。
カルラがただ軽いだけとも思っていたのだが……僕は先ほどから依然として【剛力化】が解かれていないだけであったのだ。
先ほど迷宮三階層は、メイズイーターは持ち込めませんという発言をした……それはつまり、それ以外のスキルを封じることはないということだ。
「はああああああああああああ!」
僕は第二の光の矢をホークウインドで弾き飛ばし、そのまま迷宮の壁から伸びている筒二つをホークウインドで切り付ける。
【ふぁk;jふぇいあ;かえkrじあkvんk;あえあ!?】
不意に、先ほどまで色々と語っていた女性の声は消え、代わりに何か壊れたような音をかき鳴らし、やがて一言もしゃべらなくなった。
◇