167.シンプソンが死んだ!
「……本当に驚くほどあっさりと三階層までたどり着きましたね……」
シンプソンはそう驚いたような言葉を漏らし、迷宮三階層へと続く階段を下りる。
一直線に階段と入り口をつなげて歩いてきただけのため、恐らくここへたどり着くのに20分もかかってはいない。
獣王の襲撃だけが少々不安の種ではあったが、僕の匂いまでは覚えていなかったらしく、獣王の聖域の反対側に位置する階段までやってくる……という事態にはならなかった。
僕は相変わらずの幸運に一つため息をもらす。
……カルラの傷もこの調子で難なく治せればよいのだけれど……。
「そそ……そんなこと、より……フォッグフロッグさん……ど、どこ行っちゃったんですか? それに……二階層の……階段って……あれ? 貧血のせいかな?」
カルラは自らの記憶上の二階層と少し階段付近の形が異なっていることに困惑しているらしく、とうとう自分の頭を疑いだした。
「フォッグフロッグのいた大部屋は、メイズイーターで更地にしたよ。 邪魔だったし、またフォッグフロッグが出てきても面倒だからね」
「そ、そうなんですか」
カルラは顔色が悪いままであったが、シンプソンの増血の丸薬を飲んでから少しは落ち着いているようで、会話程度ならできるようになっている。
シンプソンが用意した薬……というのが少しばかり胡散臭かったが、しっかりと効いているみたいで、僕は少しシンプソンを見直す。
「アッ!? くもっ!? 蜘蛛の糸!? いやっ、ああぁ頭に絡いて!? もーいや! もーいやだ!」
「あ、動かないで……ください……神父さん……ゆ、ゆれて……おち、落ちちゃいます!」
「はぁ……せっかく評価上がったのに……」
見直して三秒足らずで評価を地に落とすシンプソンに僕は一つため息を漏らし
暗がりの階段をたいまつで照らしながら歩く。
と。
「灯りだ」
一階層から二階層に出るときとは少し違う、うっすらとした灯りが見え。
僕たちは三階層に到達したことを知る。
「……三階層」
「?」
三階層への入り口が見えてくると、シンプソンはそう忌々し気な低い声を小さく漏らす。
「どうしたの?」
「いえ……気を引きしめていきましょう、マスターウイル」
シンプソンの表情はひきつり、そう一言僕に言うとぶつぶつと神への祈りの様な言葉をつぶやき始める。
僕はそんな二人に疑問符を浮かべながらも、薄暗い灯りが漏れる出口を抜けて、迷宮三階層へ足を踏み入れる。
と。
「あり?」
そこに広がるのは、迷宮一階層と変わらない薄暗い迷宮。
魔物がいるわけでも、木々が生い茂っているわけでもない……なんの変哲もないただの迷宮が目前には広がっている、一階層と違うところと言えば、赤煉瓦の模様が描かれ古代の地下牢獄の様な雰囲気を醸し出していた一階層とは違い、壁も床もすべてが錆ついた鉄板の様な色をしており、上を見上げるとそこにはリルガルムの工業地帯で見た排気管の様なものが所狭しとひしめき合っている。
――確か……通気管って言ったっけ――
しかし、実際に空気が通っているわけではなく、あくまでアンドリューが雰囲気づくりの為に置いたものだが……。
確かにこの迷宮三階層は、いつか図鑑で見た鉄の時代の遺跡を思い出させ。
逆に言ってしまえばそこら辺の遺跡と大差がないような、なんの変哲もないただの迷宮の一フロアである。
二階層が異常な光景であったために、僕は少し拍子抜けをしてふと足元を覗いてみると。
そこには一本の少しふとめの線が描かれており……入り組んだ迷宮の先へと伸びて行っている。
「これは?」
「あぁ、気づきました?」
僕は思わず口に漏らすと、シンプソンは一人苦笑を思見ながら答えてくれる。
「これは案内線ですよ……階段までこの白いマーカーが続いています。この道を真っ直ぐ辿れば四階層に降りる階段へとつながっていますね……あぁ、まったく……なんであの時はこんなもの作ろうと思ってしまったのか……詐欺師のティターニアに乗せられて……はぁ」
シンプソンはぶつぶつと何かを思い出すかのようにぶつぶつと文句を垂れ始める。
「どうかしたんですか? も、もしかして……私、重いです?」
「いや、そうではないんですけどね……気を付けてください、ここ迷宮三階層は、機械兵士とトラップがあちこちにはびこっている階層です。この白線は罠を踏まず、警備している機械兵士の目が届かない正解ルートを記した道で、ほかの冒険者もこの道以外をあるくことはありません……なので、この白線と違う道へ外れれば、罠のど真ん中に放り出されることになる……まぁ逆に言えば、白線の上は絶対安心です。いうなればここは、攻略された階層なのです」
「攻略された迷宮?」
「この三階層は罠が非常に多くてですね、更にはここの機械兵士たちは素材を落とさないくせに非常に強力なのです……そのため、多くの冒険者が罠にかかり死んでいった。しかもあたりは罠だらけなもんだから……救出など不可能で多くの方々が消失をしてしまいました」
僕はコボルトキングの惨状を思い出して身震いする。
一階層の罠でも七階層の魔物をたやすく屠るのだ。
迷宮三階層の惨劇は、想像しただけで寒気がする。
「あまりにも迷宮三階層が攻略できないうえに、各地の凄腕の冒険者たちが次々と消失をしてしまったためにですね、迷宮に挑む冒険者は激減……事態を重く見たギルドは珍しく国と結託して安全な三階層の攻略ルートの開拓に金貨2万枚の報酬を用意しクエストを発注……それにより多くの犠牲を出しながらも、この細くも多くの命を救う一本の線が紡がれたというわけです、まぁ、その代わり、降りるだけなら簡単ですが、この白線以外の場所は全くの未開拓のエリアとなっています……ここ5〜6年の冒険者の方は知らないんじゃないですかね、ここの罠の多さ」
シンプソンは何か達観したような表情でそうつぶやき、ため息を一つ漏らしてはまたぶつぶつと文句を漏らし始める。
と。
「あれ……で、でもそれじゃあ」
カルラが少し困ったような声を漏らし。
「……手術道具を探すには、この白線の外を……探さなければ……いけないんですよね?」
そんな当たり前にして絶望的な発言をする。
だが。
「大丈夫、罠だろうが何だろうが、壁に設置されているものなんでしょう? だったらさっきの壁と同じで、メイズイーターの能力を使えばいいよ。床に設置されているものは壁のあった場所を歩いて行けばいいし」
「そ、そっか……そうなんですね」
「ええ、私もそれが一番いいと思います……罠だろうが何だろうが、破壊してしまえばみんな同じですからねここは素通りするのが基本な階層なので、人目も気にする必要はありません……ささ、ちゃっちゃと迷宮を更地に代えて、手術を終わらせて帰りましょうよ~」
シンプソンは僕の見せた能力に浮かれながら、迷宮を喰らうように催促をする。
「調子いいんだから」
そんなどこか安堵をしたような神父に向かって僕は一つ苦笑を漏らしながら……
メイズイーターの力を起動し壁に触れる。
対象は三階層すべての迷宮の壁……。
壁を壊した後は、迷宮の壁があった場所を歩けばよいし、それでも不安ならメイクの能力で橋の様なものを作っていきながら三階層の上空を歩いて行けばよい。
こういう迷宮そのものが牙を向いてくるような階層では、僕の力は無類の強さを発揮する……わかってはいたがその言葉を僕は今一度かみしめ、迷宮の壁をすべて喰らいつくす。
と。
【……メイズイーター侵入……メイズイーター侵入】
壁に触れた瞬間。
壁の崩れる音の代わりにどこからか警報の様なものが響き渡り、同時に聞いたこことのない女性の声が迷宮三階層に響き渡り。
「へ?」
同時に、迷宮三階層……あちらこちらのさび付いた鉄の壁が同時に軌道をし、空気などとおっていないと思っていた排気管と、一緒に混ざっていたらしい蒸気管から、蒸気が噴き出し……迷宮全体から、何かが駆動するような音が響き渡る。
まるで、何かが起動しているような……そんな予感を僕は覚えると同時に。
【メイズイーターの侵入を確認……これを、魂の試練発動の条件が満たされたと判断し、これより、迷宮三階層を起動……迷宮三階層改め~デウスエクスマキナ~を開始……同時に、メイズイーター並びにその仲間への攻撃を開始します】
『ゑ?』
三人分の間抜けな声を僕たちは響かせ。
同時に、一本の光の線が迷宮の壁から走り。
シンプソンは赤いものを巻き上げてこめかみに風穴を空けられるのであった。