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166.手術と迷宮三階層

「何それ……じゃあ……」


「傷が深い……自然治癒は望めません……」


僧侶はカルラから目をそらし、小さくつぶやくようにそう告げる。


「そんな、それじゃあカルラは……」


僕は絶望に肩を落とし、カルラをみつめる。


せっかくここまで逃げてきたのに……何も打つ手がないなんて……。


その言葉の実感がわくにつれて、僕の心の中は、垂らした黒インクの染みのように絶望を染み渡らせていく。


神聖魔法も使えず、この状況を打開することもできない無能な僕……。

大切な君を守るといったくせに……結局僕は何もできない……。


そう、打ちひしがれていると。

「一つだけ方法は……ありますよ」


ふと声が響き渡り、その声につられるように振り返ると、そこにはいつの間に目を覚ましたのか、シンプソンが立っており、神妙な面持ちでカルラを見つめながらそう言った。


「……方法が、あるの?」


「ええ、野蛮で、すでにすたれたような……遅れた技術ですが……縫合手術を行えば……彼女は助かります」


「ほーごー?」


聞いたこともないような言葉に僕は首をかしげるが、その言葉が偽りでも間違いでもないことだけは伝わった。


何のことかはわからなかったが、しかし確実にその時シンプソンは僕に向かって希望を与えたのだ。 


その時だけであろう、僕がシンプソンを神父として見たのは。


「針と糸で、傷口を縫い合わせる手術です……治癒魔法のあるこの時代、原始的かつ傷跡も残るものですが……それしか方法はないでしょう」


傷口に触れないよう、シンプソンは真剣な表情でそう言い、舌打ちを一つ打つ。


「縫合手術をすれば、カルラは助かるの?」


「まぁ正確には、損傷した臓器等の治療も行わなければなりませんのでもう少し複雑な手術になりますが……私ならば治療は可能です、マスターウイル」


自信満々にシンプソンはそう告げ、僕はすぐに取り掛かるように依頼をしようとするが。

「ですが」

とシンプソンは続けた。


「なに?」


「先ほども言った通り、原始的かつ鉄の時代の道具を用いた治療になります……しかしここクレイドル寺院はもとより【手術】を行うことを想定していないため手術を行う道具がありません。そして、クレイドル寺院ではクレイドル神が与えたもの以外の【治療行為】は禁止されています。まぁ、私は気にしないのですが……ほかの僧侶は別です」


そうシンプソンが周囲を見回すと、僧侶たちは複雑な表情のまま静かに首を縦に振る。


「つまり、僧侶の人の手は借りられないし、ここではカルラは助けられないってこと?」


「そういう事になります」


シンプソンは口惜し気にそう言い放ち、僕は頭を悩ませる……。


「手術の道具は、どこでそろえれば……クリハバタイ商店?」


「いえ、古代のアーティファクトです、クリハバタイ商店であろうとそう都合よく置いてあるわけがありません」


「だったらどうしたら!」


「落ち着いてくださいマスターウイル……あなたの思っているよりも、事態は深刻ではありませんから」


「!? 深刻じゃない?」


「ええ、幸い私は道具のある大まかな場所を知っています……ですが、私一人では到底そこにはたどり着けません……なので、私をそこまで護衛していただければ、手術を必ず成功させるとお約束しましょう」


シンプソンは力強い瞳で僕を見つめてくる。


「らしくないじゃない……シンプソンがこんなに熱心に人助けするなんて」


普段は金にならない仕事には一切本腰を入れないというのに……。


「ええ、お金にならない仕事はあまりしたくはないのは事実ですよマスターウイル。んまり

ですが、それだけではないのですよ……」


「というと?」


「私は確かに人を助けるか否かの判断はお金で決めます、金を持っていないから見捨てた冒険者は数えきれないほどなのは皆さまご存じのとおりです……ですが」


そういうとシンプソンは真っ直ぐと僕の方を見て。


「私は今まで、助けると決めた患者は必ず助けてきた……その誇りと私の中のルールだけは……何があっても【不変】でなければならないのですよ……だからこそ、こうやって膝が震えてますけどついてきてるんですから、少しは優しくしてくださいね!」


最後の一文で台無しだった。


まぁどちらにせよ今の発言と神父の膝から、手術道具は恐らくかなり危険な場所に存在しているのは明白であり、そんな原始的な手術をシンプソンが成功させられるのかという不安も僕の中を駆け巡る。

しかし、ほかに方法はなく今は縋るようにシンプソンの提案にうなずくことしかできない。



「分かった……どこにでも連れていくよ……それで、その場所っていうのは?」


シンプソンは一度僕を見つめて、迷ったような悩むような表情を浮かべたのち……。


「迷宮三階層……未解除エリアです」


その場所を告げた。


                     ◇

迷宮一階層入り口。


迷宮一階層に足を踏み入れた僕は、すぐさま迷宮の異変を感じ、そしてそれが異変ではないことに気が付くのに一分程度の時間を要した。


いつもよりも暗く感じる迷宮、しかし今まで僕が迷宮の中で見ていた光景は、ティズのサンライトの魔法のおかげであったことに今気づかされる。


この暗闇と、一歩進むごとに広がっていく敵意……これが、本当の迷宮なのだ。


僕はそうもう一度迷宮というものを心の中に刻み付け、カルラの為に己を奮い立たせてホークウインドの柄に触れる。


少しだけ、ホークウインドが勇気をくれたような気がした。


「毎度のことなので薄々覚悟はしていましたが……まさか本当にサリアさんも、シオンさんも捕まらないとは……あー手術のことなんて言わなきゃよかった……神父後悔」


先ほどの格好いいセリフはどこへやら、ころころと発言と思想の変わっていくシンプソンはそうつぶやくと、迷宮の入り口にてそうため息を小さく漏らす。


「今日は休日で、みんな街へと繰り出しているからね……行先も聞いていないし、探している時間が惜しい」


「わかっているとは思いますけれども、貴方が死んでも私が死んでもこの子助からないんですからね?」


シンプソンはそういうと、背中に背負った少女を見せるように僕に言う。


「だ……大じょーぶですよ……神父さん……ウイル君は、すごいんです」


カルラはまた少し顔色が悪くなりながらも、弱弱しい笑顔を作ってシンプソンにそうつぶやく。


「……その根拠のない自信は一体どこから出てくるんですかねぇ……はぁ」


シンプソンはそうため息を一つ漏らすと、カルラを優しく背負いなおして僕に向きなおる。


「では、時間が惜しいので手短に目的地の説明をしますよ」


「うん」


「先ほども言った通り、目的地は迷宮三階層の東側……そのどこかに手術道具一式が保管されています」


「なんでそんなところに?」


「さぁ、私にもわかりません。アンドリューの気まぐれか、二階層と同じで古代遺跡でも召喚して、医療施設もたまたまついてきてしまったのか……ただ、あることだけは確かです。冒険者が傷の治療等に使うこともあるらしいのでね……。当然、薬品等はこちらで用意をしてあるので、ご心配なく……ただ、地図のない迷宮です、具体的な場所までは把握しておりません」


「なるほどね……」


未だ足を踏み入れたことのない迷宮三階層。

その中でさらに三階層のどこかにある手術室を見つけ出さなければならない……。


正直、難易度は異様に高く、カルラの表情から見るに時間はさほどない。


どうやら今回ばかりは、出し惜しみをしている場合ではなさそうである。


「では、目的地の共有も済みました……そろそろ」


シンプソンはそう切り出し、僕はそれに一つうなずき。


「出し惜しみはしないよ……今日は最短距離で三階層まで下りる!」


メイズイーターを起動する。


「ブレイク!」


迷宮の壁を破壊し、地図を見ながら入り口から階段までを一直線につなぐ。


いつも通り、破壊された迷宮の壁は音を立てて破壊され、ぼくのスキルの中へとしまい込まれる。


階段まで一直線に破壊するという、大破壊であるが、こんな時間に迷宮一階層などうろついている冒険者はいない……ましてや王都襲撃の直後であればなおさらである。


「さぁ、いくよ……てあれ? どうしたの?」


迷宮を破壊したのちにシンプソンとカルラの方を見ると、そこには顎が外れたかのように大口を開けたシンプソンとカルラがいた。


「……あ、え? か、かっび? かべ? え?」


そういえば、カルラもシンプソンもメイズイーターの能力については知らなかったっけ。


「そか、初めて見るんだっけ……今の能力は僕のスキル・メイズイーターっていうんだけど、簡単に言うと今みたいに迷宮の壁を壊したり、直したり……好きな場所に破壊した壁を作り直すことができるスキルなんだ……」


「あ、はぁ」


「え? えぇ?」


簡単にスキルの説明をしてみるも、カルラもシンプソンもいまだに信じられないといった表情で、お互いの頬をつねりあっている。


仲いいな。


「まぁ、詳しい話とかは省略して、先に進もう? カルラの傷が治ったら、ちゃんと説明してあげるから」

呆ける二人に、僕はそう言って、さっさと作り上げた階段へと続く道を歩いていき、二人はそれに大口を開けたまま僕の後についてくる。


「す、すごい……ウイル君……すごすぎです。 えへ……えへへ」


「……どうりでサリアさんやシオンさんみたいな化け物が従うわけですよ……一番の化け物はあなただったんですか……はぁ……」


二人は僕のメイズイーターに各々の感想をこぼし、一人は瞳を輝かせ、一人はため息を漏らしながら僕の後ろを歩く。


僕はそんな二人に対し複雑な思いと一抹の不安を抱きながらも、迷宮一階層の階段まで歩いていくのであった。


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