165.クレイドル寺院とカルラの呪い
――4時間前
「ようこそ迷える子羊よ! 今日はどのようなっふぅぅう!?」
「シンプソン、君、それ毎回やるつもりなの?」
クレイドル寺院の門戸をたたき、いつも通りの反応をするシンプソンに対し僕はそう一つため息を漏らす。
「ユニークな方……なんですね」
カルラはそんなシンプソンを少し気に入ったのか、そのおどけたおっさんを割と肯定的にそう評した。
「いえいえ、滅相もございませんマスターウイル! あなた様のおかげで今の私はあるのです、ええもちろんいい意味で」
「含みがあるね……まぁいいけれど。仕事をお願いしてもいいかな?」
「はいはい!もちろん無料で御受けさせていただきますよ、いやですけれど……患者の方は聞くまでもなく抱きかかえられているお嬢様で傷は……とあれ? あなた、以前どこかでお会いしませんでしたか?」
「えっ……あ、あー……あー……き、きのせい……で……あいたたたー、とってもいたたー」
カルラは傷が痛むのか苦悶の表情を浮かべてそう苦しそうな声を上げる。
「こんな事態なのに、女の子口説いている場合じゃないだろシンプソン! 早く治療をお願い!」
「いや、口説いているのではなくてやっぱりどこかで。お客さんとして……えーとあれは確か……ゾンビ」
「いたたたたたたたたたたー!!」
「シンプソン!! いい加減にしろ!」
「は、はいいいい!」
「はぁ……た、たすかりました」
「うん、シンプソンはあんなだけど、腕は確かだから……安心して」
「え? あ……あぁ、はい!」
「?」
あまりのしつこさに僕も声を荒げると、シンプソンは飛び跳ねて慌てて僕たちを治療台へと案内をする。
サリアを蘇生した場所と全く同じ、祭壇の様な場所。
僕はサリアを蘇生させたときのことを思い出しながらも、傷が痛まないように最深の注意を払ってカルラをその場に横たわらせる。
気が付けば、周りには僧侶たちが集まってきており、その手には経典を持ち、すでに神聖魔法の準備は万端整っているようだ。
シンプソンの腕は確かであり、ひとまずは安心だろう……僕は診療代にカルラを載せた後は、少し下がり、部屋の奥にいつの間にか用意された高級そうな椅子に腰を掛けて、シンプソンたちの様子をうかがうことにする。
「では、始めましょうか……とりあえずは止血をして、安全を確保してから傷口の再生を始めます」
やはり仕事となれば、あの強欲なシンプソンも勤勉な神父になるようで、一瞬見直してしまいそうになるほど鮮やかな手際でカルラの傷口の消毒――ふつうは痛むはずなのに、なぜかカルラは苦悶の声一つも漏らさなかった――そして止血を執り行う。
「止血は終了……これでひとまずは安心ですね……では、傷口の蘇生を執り行いましょう」
『はい……』
短い神父たちの了承の声が響き渡り、同時に神聖魔法の詠唱が開始される。
神聖魔術の声が響き渡り、同時に室内だというのに後光が差し、神の力が少女の体へと入り込む……。
シンプソンは認めたくはないが、神に愛されており、そのため回復魔法の成功率は群を抜いて高い。
その腕があるからこそ、カルラを安心して任せられるのだ。
が。
「!?」
「ぎゃあっ!?」
不意に、近くにいた人間が叫び声をあげて吹き飛ぶ。
「え?」
「ひぃっ!? ななな、なんだこれぇ!?」
神聖魔法は確かに発動していた。
しかし、その魔法が浸透し、傷を癒すよりも早く、その聖なる光を拒絶するかのように、黒い触手の様なものが僧侶の一人を殴り飛ばしたのだ。
「これは……」
「……痛いことする気ですね、痛いのは嫌い、痛いのは嫌……痛い、痛い痛い痛い痛い……死んじゃうからいや、死ぬのは嫌……いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや………」
先ほどまでのカルラとは様子が異なっており、まるで何かにとりつかれたかのように少女は恐ろしいまでの呪詛の混じったような言葉をぶつぶつとつぶやき、その言葉と感情に呼応するかのように触手がうねる。
王都襲撃時にカルラが見せた、侵食性の呪い……。
あの時は制御できているように見えていたが。
「まさか……カルラも制御できていない?」
あの時、確かにカルラの様子はおかしかった……。
原因はわからなかったが、もしこの呪いが……カルラをおかしくすることがあるのだとしたら……。
「ひいいいいいぃ!? ななな、なんなんですかこれえええぇ! ままま、まぁたとんでもないもの持ってきましたねマスターウイル! もうやめてくださいよ! 限界! 神父もう限界! やだやだやだ! 実家に帰らせていただきます!」
「これが、ラビの呪い……?」
「無視ですかー!? 神父のことむしでふぎゅうぶ!?」
何やら隣で騒いでいたシンプソンは、敵対行動と触手にとられたらしく、その太い一撃を顔面に喰らって可哀想に吹き飛ばされる……なんて言っていたのかは聞いていなかったけれども。
他の僧侶たちは、神父の二の舞にならないためか、必死に口を押えてその場に伏せている。
そのため気が付けば、すでにその触手と対峙しているのは僕だけとなり、獲物を見つけた触手は僕を打ちのめさんとその腕を伸ばす
通常であれば、それで僕は打ちのめされたことだろう。
しかし、今回ばかりは相手が悪い。
「ぐっ! メイズイーター!」
僕はメイズイーターを発動し、その呪いを喰らう。
ぞぐりと、黒い触手は僕の左腕に喰らわれ、触れた部分から先が一気に左腕に吸収され、何かが僕の中に蓄積されることがわかる。
「っあああぁっ!? う、ウイルく……たすけ……いいいや!? 痛い! 苦しい! きざまぁ!? よくも私に痛みを! 殺す! 殺してやる!?」
一瞬だけだが苦しそうな声と同時にカルラが見せた助けを求める声が聞こえ、……確信する。
この黒い触手は、カルラを蝕む呪いであると。
「がああああああああああああああああああ!?」
殺意のこもった言葉とは裏腹に、その触手はカルラの体の中に逃げようとする。
「逃がすかあああぁ!」
逃げる……ということはこの呪いにも限度がある……という事である。
故に僕はその触手を追いかけ、根元まで喰らいつくしていく。
【がああああああああああああああぁぁああぁ!? あぁ!】
カルラのものとは到底思えない冒涜的な声が響き渡り、それでも触手は半分を残してカルラの体へと逃げていく。
僕はそっとカルラの体に触れ、メイズイーターを発動してみるも。
「表層化していなければ……助けることは出来ないか」
どうやら体の中に隠れられては、この触手の大本を喰らうことは出来ないらしく、僕は舌打ちをしてカルラの傷口を見る。
止血はされているが、以前傷口はふさがっている様子はない。
「た……助かった」
僧侶の一人がそういい、そっと顔を上げたので、僕はその僧侶に聞いてみることにする。
「傷口がふさがっていないけれど……どうなっているの?」
途中で防がれたとはいえ、神聖魔法は発動していた。
だが、傷口は依然変わらず――心なしか少し広がっているような気さえもする――
そこにあり続けている。
その様子に、僧侶は一度唇をかむような表情をしたのち。
「呪いにより、神聖魔法にレジスト……拒絶反応を示すようになっているようです」




