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164.魔法の習得と、行方不明のウイル

――――サリアサイド。


「ビルド!! アップ!」


心の中に流れる体の魔力を感じ取りながら、その一部を掬い取り……力を与えて体の中に再度流し込む感覚……。


戻した魔力が全身に浸透し……私は少しだけ、体が軽くなったような感触を覚える。


先ほどまで魔力の欠乏により感じていた倦怠感と体の重さが嘘のように消し飛んでいる。


魔力の喪失は最小限であり、暴走による爆発も……魔力切れによる喪失感も何一つなく、感じるものは何か力の様なものが私の体の中をめぐっている感覚。


それに私は少し呆けた後、師匠であるシオンの方へ瞳を向けると。


「成功だよおおおおおおおおおお!!わーーい! やったーーー!」


張本人である私よりも先に、その瞳に涙を浮かべながらシオンは私に抱き着く。


この日、私サリアは魔法を習得した。


二百年と少し……生まれてからずっとずっと渇望を続けてきた魔法を……私は今この時点をもって習得したのだ。


「……本当に……本当に? は、ははは……やった……やったぁ」


もっと泣くかと思っていた……もっと飛び跳ねたり大はしゃぎをして……その場に崩れ落ちるのかと思っていた。


しかし現実は異なり、私はかみしめるかのようにそっとその場に膝をついて、確かめるように何度も何度も自分の手を握ったり開いたりを繰り返す。


頬には一筋の涙……されど私の口元は、喜びに緩みを押さえきれない。


喜びでもはや感情を表現できない。


シオンは私の周りで大喜びしながら不思議な踊りを踊り、迷宮一階層にやたらめったらに花火を打ち上げている。


そう、ここは迷宮一階層何もない部屋。


いつもはクレイドル寺院へと続く草原で練習を行っているのだが、時間の経過による私の焦りを感じたシオンが、気分転換に休憩もできるこの場所を修行の場にしようと提案をし、それにより今日はこの場所、迷宮一階層何もない部屋での修行を行うことになったが、それが功を奏したようだ。


「……やったよー! サリアちゃんやったよー!」


魔力欠乏で二度倒れ……限界近くまで魔力を絞り出した私だが。


本日369回目の挑戦により……ようやく成功させることができた。


「……シオン……シオンありがとう」


「いいってことだよー! おめでとう! それよりも、こんなところでうずくまってないで! やることがあるはずだよー!」


シオンはせかすように腕を引っ張って立ち上がらせて、私の手を引く。


「え? やること?」


「ウイル君に早く報告したいって、顔に書いてあるよ、サリアちゃん!」


「ふ、ふえ!?」


言われて、初めて気が付く。


父の願いを母の祈りを……ようやく、ようやく私は叶えることができたというのに。


もっといろいろな、父や母への感情があふれ出て、二人の顔や、師匠の顔が思い浮かぶと思っていたのに……。


しかし不思議と、私の頭の中に浮かんでいるのは一人の少年の顔であり。


父よりも母よりも……私は彼に真っ先に、このことを報告したくてたまらなくなっていた。


「!? ななっ! ななな」


「もー、サリアちゃんはウイル君のことになると急にわかりやすくなるんだから、とりあえず女の勘ってことにしておいてあげるからー! 早くおいでー!」


「な、なんか納得がいきません!?」


私はビルドアップの副作用か、心臓が張り裂けるように痛み、ほほが赤くなって熱を持っていくことを感じながら、シオンに手を引かれて何もない部屋を出る。


手を引かれながら迷宮を歩くその間も。


シオンの言う通り、父の顔でも母の顔でもなく……マスターが喜んでくれる……その顔だけが私の頭の中で埋め尽くされていたのであった。


 「うわー! もうすっかり夜だよー」


通いなれた道をとおり、迷宮一階層を出ると、あたりはすっかりと夜のとばりが落ちた後であった。


空を見上げれば煌々と光り輝く半月に、輝く星たち。


「時間は……うっそ!? 12時! どうりでおなかがすいてるわけだ―!

ほらほらサリアちゃん帰ろう! 焼き石シチューが待ってるよー!」


「ちょっ!? シオン」


ビルドアップの効果は早くも切れ、魔力が足りずふらつく私を、シオンは手を引いて走っていく。


道のりは長く、いつもであれば息を切らすことはない道でも、魔力がほとんど残っていない私にとってはかなりのハードワークであり、体が鉛のように重い。


「はぁ、はぁ、はぁ」


関所を抜け、王都内へ侵入するころには、情けないことにすでに息が上がってしまっており

私は必至になってシオンを追いかける。


そこまで急いで焼き石シチューが食べたいのか……


すでにシオンの手は私から離れ、私だけでも歩こうと思えば歩いて帰宅ができるようにはなっていたが、それでも私はシオンを追うことをやめることはなかった。


冒険者の道に入り、冒険者のばか騒ぎが聞こえてくるエンキドゥの酒場を通り抜け、

私達そのままマスターの元へと帰る。


「はぁ、はぁ」


「へっへへ、はぁ、はぁ……シチューが、冷めちゃうもんね……はぁ、仕方ない仕方ない」


気が付けばシオンも息が切れており、シオンは私に向かって小さく舌を出してウインクをする。


ここにきて私はようやくシオンに気を遣われたことに気が付き。


なんでシオンをこんなに必死になってまで追いかけたのか、自分の心をようやく理解する。


シオンは、私に可能な最短の時間で……私をここまで導いてくれたのだと……。


シチューを言い訳にして、本当の気持ちに気づかない朴念仁な私を、自然に誘導できるように。


私は思っていたよりも、心の中で舞い上がっていることに気が付かされる。


「ありがとうシオン」


本当に、私は昔から魔法のことになると周りが見えなくなる……そんな自分を少し反省しつつ、息を切らして杖に体重を預けて息を切らすシオンに感謝の言葉を伝える。


「い……いいってことよー……うえ」


魔法使いのくせに、重量のあるオリハルコンを抱えたまま全力疾走をしたためか、シオンは全身から滝の様に汗を流して息を切らしている。


私はそんな少女の気遣いに感謝をしつつ、マスターのいる家の扉に手をかける。


想像するのは、ティズとお酒を飲みながらリビングで私を待つマスター。


おかえり……どうだった? と優しく微笑みかけるマスターに、私は満面の笑顔で――この際だ……抱き着いてもいいかもしれない――魔法を習得したことを告げるのだ。


そうしたらマスターはきっと驚いて、そのあと最高の笑顔でおめでとうと私を祝福してくれる……そして……そして……。


私の思い描くのは幸福な少し先の未来であり……そんな幸福を夢想しながら私はそっと扉を開ける。


しかし……その幸福な未来は……訪れることはなかった。


「ウイル!!」


扉を開けた瞬間、眼前に現れたのは晴れ晴れとした表情と真っ赤に晴れた目をしたティズであり、私の顔を見た瞬間にその顔色がどんどんと蒼白になるのがうかがえた。


「……ど、どうしたのですかティズ……」


「サリア……ねぇ、ウイル……ウイルは一緒じゃないの?」


その表情は恐怖と絶望にまみれており声は消え入りそうなほど震えている……それだけでただ事ではないことを悟る。


「マスターが、どうしたのです?」


「……ウイルが……ウイルが帰ってこないの……私、街を探したんだけれど、見つからなくて……酒場にも、リリムの所にもいってなくて……」


「ウイル君だって遅くなる時はあるんじゃない? そんな心配しないでも」


「……ウイルは私が心配しないように遅くなる時は必ず連絡を入れるわ! 私が泣かないように! 離れ離れになるときは必ず夕方までに帰ってきてくれるの!! だから、何も言わずに帰ってこないなんて……こないなんて……」


「し、忍と一緒にいるのでは? 王城で話があると……」


王城……という言葉にティズはさらに瞳を曇らせさらに涙が零れ落ちていく。


「そんな……だったら……もう終わりよ……だって、今朝、忍が王城から脱走したんですもの」


思い描いていたウイルの姿がひび割れ黒く塗りつぶされていく感覚が私を襲い……やがて、


 私は、目の前が真っ暗になった。


                        ◇


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