161.アンデッドハントVSウイル
「カルラ?」
僕の名前を呼んだ少女。
その長い黒髪に、真黒な服……怯える様な瞳を見間違えるわけもなく……ぼくはすぐにその少女がカルラであることに気が付く。
なんでここにいるのかとか、どうしてこんなところで倒れているのかとか色々と聞きたいことはあったが。
とりあえず彼女が困っているという事だけはわかった僕は、彼女の呼び声に応えるように彼女の名前を呼ぶと。
「えっ……」
カルラは驚いたように目を見開き、消え入りそうだった瞳に光がともる。
「……どうして……こ、ここに?」
「それは僕のセリフって……怪我してるの? カルラ!?」
急な出来事に僕は少し呆けていたが、よく見ればカルラが歩いてきたであろう場所に赤々とした液体が付着しているのが見て取れ、それがカルラのものであることを理解し、すぐさまカルラのもとへと近づいて抱き上げる。
体は冷たく、そのわき腹からは今だに血が流れ続けている。
誰かに刺されたのは明白であり、彼女は命からがらここまで逃げてきたのだ。
「……誰が、こんなことを」
【そんなことを知ってどうする?】
瞬間、背後に殺気を感じ反射的にカルラを抱えたまま前に飛ぶ。
放たれる轟音と共に王都の赤レンガの敷き詰められた道が破壊され、えぐり取られる。
【ちっ、外したか】
剛力のスキルを発動させて、僕はカルラを抱えた状態のまま振り返ると、そこにはボロボロのローブをまとったみすぼらしい男が剣を構えて立っている。
いつの間に背後に立ったのか、この男はいったい誰なのか……。
様々な疑問が僕の頭の中によぎるが、その見た目が王国騎士団の人間ではないことを語っており、そして、カルラに向かい剣を振り下ろしたことで、とりあえずこの男が僕と敵対関係にあることは理解する。
「えーと、自己紹介くらいした方がいいのかな?」
【ふん、余裕だな……貴様……】
亡霊の様な声にうつろな輪郭。
その姿はどこからどう見てもゴーストの様な見た目であるが、しかし空はサンサンときらめく太陽があり、信じがたいがそのものが定命のものであることを物語っている。
「そうかな、結構怖いよ……そんな物騒なもの向けられているわけだしね」
僕は少しおどけた様子を見せて剣を指さし、相手の出方をうかがう……できればこのまま相手に何か隙を作りだしたいのだが。
【役者だな……だが、逃げる機会は与えんぞ?】
やっぱりばれてた。
伝説の騎士として丸一日を過ごしてから、少しは駆け引きの様なものが磨かれたような気もしていたけど、やっぱりまだまだ強者には通用しないようだ。
【駆け引きは不要。我が狙いはその少女の首……まずはその両腕を弾き、取り落としたところで貴様ごとカルラを真向に一刀両断させてもらう】
会話数十秒からの死刑宣告。
剣の構え方、そしてその気迫より、ただものでもないことは容易に想像ができ、カルラを守りながらの戦闘は不可能に近い……。
恐らく少女を差し出しても口止めに殺されるであろうことはその見た目から想像が容易にできるし、何よりもカルラを差し出すなんて最初から論外だ。
相手が何者なのかも、どうしてこんなことに巻き込まれているのかも理解が追いつかないが、サリアもシオンもティズもリリムもいないこの状況で、おそらくマスタークラスの敵と対峙しているのは意外と絶体絶命のピンチである。
何とかして逃げる算段を整えなければと頭を回転させ、できればこのままにらみ合いが続いてほしいと願っていると。
【暇は与えん!】
死刑宣告そのままにそのボロボロのローブをまとった男は手心も迷いも何一つなく、僕に切りかかる。
「う……ウイルく……にげ……」
消え入るようなカルラの声……あぁなぜだろう。
先ほどから気が付いていたが、思えば僕は先ほどから一度も恐怖も不安も感じていない。
むしろなんとも言えない高揚感が僕を包みこんでいく。
これだけ力量差があり、死が近いこの戦いの場だというのになぜ、そう僕は疑問を感じるも。
考えてみると、答えは意外と簡単に見つかった。
なぜなら、今この時が、僕が望んだ、【大切な人を守れる瞬間】だからだ。
「舐めすぎだよ……」
弱者を斬る、腕を狙った一撃。
打ち込みは激烈、その剣閃は達人の領域であり、僕などとは比べるべくもないほどの一撃。
だが。
【なっ!?】
「本物なら驕らない……」
僕を弱者と決めつけ油断していることが丸わかりな、そんな一閃は、驚くほど弾くのはたやすかった。
一瞬、大きな音が響き渡り、僕は振り下ろされた一閃を白銀真珠の籠手でいなし弾き飛ばす。
【パリィ……だと!? 貴様……一体】
「僕はウイル……今はまだレベル6冒険者さ」
剣を弾かれ、胸を大きくさらけ出すように体制を崩した男は、そうローブの下から驚愕の声を漏らすがもう遅い。
僕はカルラを抱えたまま男の懐まで踏み込み、弾いた右腕を振りぬく。
殺すことはしないが、このまま素手で殺傷能力ゼロの致命の一撃を叩き込めば終わりだ。
パリイのスキルは確かに発動し、致命の一撃は幸運21となった僕ならば間違いなく発動をする……その一撃を止めることなどできはしない。
「だめっ!?」
しかし。
【……勝ったと、思ったろう? 逃げられるわけはない、そう判断するだろう。
しかしな】
僕の腕は、敵を貫いた。
いや……正確には、僕の腕はローブの男の体に沈んでいった。
ひんやりとした感覚が僕の腕に伝わり、同時に服の袖が水を吸い込んでいく。
それはまるで……。
【残念……私は液体だ!】
水が形を持った存在……そう形容するのがもっとも正しいだろう。
そもそも水を打ったところで、有効打になるわけもなく、当然のことながら致命の一撃は発動しない。
ローブの男はそう叫ぶと同時に、刃の一閃を僕へと振るう。
今度は迷いも驕りも油断もない、その男の実力そのままのほれぼれするような一閃。
そしてその一閃は、僕ではなくカルラを狙っていた。
仕方ない。
「ごめんよカルラ! 少し我慢し……てっ!」
「は、はい?」
僕はそうカルラに一度謝罪をし、剛力のスキルを使用してカルラを上空に放る。
【なっ】
ようやく自由になる両腕、そこに僕は逆手にホークウインドをもって引き抜き、真向に振るわれた一閃を受け止める。
火花が散り、甲高い音が町中に響き渡り、【剛力】のスキルを発動しているというのに受け止めた僕の体は赤レンガを砕き沈む。
やはり一対一の勝負では、不意打ちを叩き込んでも相手が上回るのは明白だ。
剣では相手が上回り、おまけに物理無効の液状化のスキルをも有している。
勝利は絶望的であり、ロイヤルガーデンに近く、避難区域とされている通りであり、その殺伐とした光景を目の当たりにする者も、その戦いの音を聞きつけ、助けに来るものも存在しない。
【ふん、あの高さ、落下すれば命はないがいいのか?】
「落ちてくる女の子を、受け止めるのは、男の役目でしょ?」
【させると思うのか?】
アンデッドハントはローブの下から見える口を、分かりやすく緩める。
――また油断……――
「もちろん」
【減らず口を……】
「ここが避難区域でよかったよ、誰かが被害を受けることもない」
【!?】
逆手で刃を持ったことにより、空いた左腕。
その左腕を伸ばし……スキルを発動する。
【アイスエイジ】
◇