160.サリアとの添い寝と黒い不吉に誘われて
次の日。
そよ風がほほを撫で、日差しが普段よりも少し強く照り付ける朝。
僕は瞼の熱さに目を覚まし、仰向けの状態のままあくびをする。
「ふぁ……」
きこり時代は、日が昇る前に必ず起きて朝食を作るということをやっていたが、休日がある冒険者になってからは、休日の日は日が昇るまで眠っていることが多くなった。
一つは体を休めるという目的だが、もう一つは、ほとんどの女性陣が(サリアは除く)二日酔いでお昼までぶっ倒れているからである。
なので、日が高く昇った今であっても、僕は特に気にすることなく穏やかな気持ちで朝を迎えながら、ゆっくりと頭を働かせて今日の予定を思い出していく。
今日の予定は、午前中にカルラのお見舞い……そして午後には気になっていたキッチンナイフと、迷宮三階層に挑むための準備をクリハバタイ商店で買い、そのあとは明日に備えて夕食である焼き石シチューを作る……。
大まかに考えてこんな感じだ……珍しく単独行動であるため、お昼は外食となるが……あぁ、そういえば繁栄者の道においしそうなハンバーガーショップができたんだった……行ってみよう……。
「さて……と」
僕はそう冴えてきた頭で起き上がり、ベッドに手をつくと。
むにゅん。
そんな効果音がぴったりと当てはまりそうな……そんな感触が僕の手に伝わり、収まりきらずにあふれ出る。
「……まさか」
ちょっぴりの期待と、少しの高揚を押さえ……僕はそっと布団を剥ぐと。
「んー……」
そこには、大人に戻ったサリアが眠っており、ちょうど僕はその胸に手を置いているところであった。
「……わっわっ!? さ、サリア!?」
何でサリアが僕のベッドで……と一瞬取り乱し慌てるが、すぐに僕は昨日の夜のことを
思い出す。 昨日みんなが酒盛りで酔いつぶれた後に、眠れないとやってきたサリア(幼)と一緒に寝てあげたんだった……。
まぁ、何はともあれ無事にもとに戻ったのは何よりだが、寝ている最中に元に戻ると
いう可能性を考慮できなかったことに少し反省をする。
サリアはいつも通り室内用の服である浴衣に身を包んでおり、いつも通り寝相が悪いために服のあちこちがはだけている。
僕は少し目のやり場に困りながら、そっと手を胸から離し、サリアに布団をかけなおす……と。
「ん~……ウイルに―」
まだ夢の中では子供のままなのか、サリアは僕の腕をとると。
「わっ!? わっ」
そのまま僕を抱きしめる。
「ちょっ!? さり……」
その豊満な果実に僕は顔面をうずめさせられ、息はかろうじてできるが声が出せない状態で羽交い絞め状態になる。
「もご……もが……」
その力は万力のごとく。 僕は気が付けば身動き一つできない状態のまま、何も抵抗できずにサリアに抱かれながら添い寝状態になる。
何がまずいって、サリアの寝相が悪いせいで、浴衣がはだけにはだけているところだ……。
健全な少年である僕にはいささかどころかとてつもなく精神衛生上よろしくなく、全身に伝わる感触全てが僕の頭をオーバーヒートさせていく。
心臓は先ほどから苦しいほどに駆け巡り、熱くなった頭は反面動きを鈍らせていく。
いつもであればこのまま抱擁されたまま意識を落とされる、もしくは諦めてサリアが起きるまでサリアに包まれることになったであろう。
しかし。 いつまでもそのままな自分ではない。
「剛力……」
心の中でそうつぶやき、スキルを発動する。
全身に力がみなぎり、僕は力を込めてサリアの抱擁を振りほどくと、ゆっくりではあったが、サリアのホールドから逃げ出す。
ベッドがみしりと嫌な音を立てたのが少し気になるが、今は置いておこう。
「はぁ、はぁ、はぁ」
ただの抱擁から逃れるのに、スキルを使用しなければいけないという現実に僕は少しばかりの驚愕を覚える。
「本当……君は恐ろしい女の子だよ」
僕はそうサリアにつぶやいて、また捕まらない様に最新の注意を払ってサリアに布団をかけなおそうとする。
と。
サリアがふいに寝返りを打ったことにより、さらに浴衣がはだけ……。
下腹部に刻まれた文様が、その姿を現す。
「……わっ!?」
見えてはいけない下着まで見えそうなぎりぎりなラインだったため、僕は慌てて――今度はサリアスリーパーホールドを貰わない様に注意を払って――サリアに布団をかけなおす。
そのかけられた布団を、サリアはそっとつかみ。
「お父さん……ありがとう」
小さくそうつぶやいた。
サリアが魔法を欲する理由……以前聞いた時は、落ちこぼれだと馬鹿にされたからだと言っていたが、その言葉と行動から、父親と母親の存在が大きいことは明白である。
今でこそ忘れてしまった……もしくは心の奥底にしまい込んだ思い。
サリアは自分では語らないが……きっと今でも亡くなった父親と母親に喜んでほしくて……こうして魔法を必死に覚えようと頑張っているのだろう。
もう愛してくれた両親に親孝行もできないし、恩を返すこともできない。
だからこそ……彼らが最後に願った願いをかなえることが、彼女ができる最後の恩返しだから。
「大丈夫だよサリア……君には、ご両親が付いてるから」
シオンとティズから昨日、サリアの魔法は時間がかかると教えてもらった。
だが、それでもサリアは魔法を習得するだろう。
なぜならサリアをこんな表情にさせるほど素敵な両親が……ずっとずっと、サリアを見守ってくれているのだから。
願わくば、サリアを見守り続けた、両親の想いが込められたその紋章が、少しでもサリアに力を貸してくれますように。
僕はそんな祈りを込めて……そっと、自分の部屋の扉を閉める……。
今日のお弁当は、頑張れるように……スタミナが付くものを作ってあげよう、そんなことを心の中で決定をしながら。
◇
王都襲撃から二日たった今日。
ぼちぼちと迷宮に潜り始める冒険者たちも増えてきてはいるが、まだまだ傷跡が完全に癒えない街には、リラックスをした表情で冒険者の道をぶらつく私服の冒険者たちが闊歩している。
リラックスと言っても決して気が抜けているわけではなく、久しぶりにできた休日に、武器や防具、アクセサーの新調……道具の補充を済ませてしまう腹積もりのらしく、肩の力は抜けてはいてもその眼光は真剣そのもので、思い思いのものを物色している。
おかげで冒険者の道は大繁盛、クリハバタイ商店は当然のごとく長蛇の列ができており、案内役のミルクさんが慣れない大声を出しながら必死にお客さんを誘導している姿が見て取れた。
この混み方……迷宮に潜る人間が少ない今は買取は少ないだろうが、その代わりに武器や防具の新調に訪れる人は多いはず……それに加え王国騎士団の武器防具の生成
サリアの妖刀まで受け持っているのだ……鍛冶師が夢であったリリムにとっては夢の様な状況であろうが……きっとまた一睡もせずに店番と鋼打ちを続ける毎日を送っているに違いない。
「……体、壊してないといいけど」
ようすを見に行ってあげたいが、今行ってもお店にもリリムにも迷惑になるため近寄れず、僕は仕方なく寄り道はせずに真っ直ぐ目的地へと向かうことにして、僕は冒険者の道から外れて、王城へと続く道へとはいる。
「おらおらー! ちんたらやってると次の生誕祭が来ちまうぞてめーら!」
「へいっ! 親方!」
「遅くまで働きてえか?仕事が好きなのかてめーら!」
「大っ嫌いでさぁ! 早く終わらせて蒸留酒を飲みに行きましょう!」
「その意気だポンコツども! がっはっは! 一丁歌うか!」
「へい! 親方!」
【突貫突貫大特価!ドワーフみんな仕事が嫌い! アフターサービスしたくなきゃ、作れや作れ一級品! 壊れぬ錆びぬ一級品!! ハイヤーハイヤーハイハイヤー♪】
「やれやれ、なんであの毛むくじゃらたちはあんないい加減な作業でこんな道が作れるんだろうね、まったくクレイドル神ってのは本当におかしな神様だよ……まぁそれは置いておいて……もう少し魔鉱石に魔力を込めようか……」
「わかりました、所長!」
「うん、いいね、いいよ……そうしたら、街灯は完成だ……やれやれ、やっと一つ完成だ……っととと」
「うわっ!? 所長!?」
「うわわ、わああああ!?」
「お、親方ぁ! 屋根からハーフリングが!」
「ほっとけぇ!」
陽気な音と共に、明らかに楽しそうに勤労に励むドワーフと、それにため息をつきながらドワーフが乱暴に扱い痛めた道具の整備や修理、そして魔鉱石の出力調整をするハーフリングたち。
……祭りの後の休日と、休養期間を終えたのか、街はいたるところで復旧作業が始まっており、ドワーフとハーフリングがあちらこちらをせわしなくかけていく様子がうかがえる。
見るからに職人ですと言った表情の彼らは恐らく東側、工業地帯の住人であり、倒壊した建物や傷ついた店……ひび割れ破壊された道路など……それぞれが所狭しと作業を進めており、交通規制はかかっていないものの、この街に住まうものとして彼らの邪魔にならない様に配慮するべきということは理解ができた。
現に、街を歩く人々は裏通りを使用するような配慮を見せており、僕もそれに倣って、少し遠回りだが、比較的損傷の少ない裏路地を抜けて、王城へと向かうことにする。
道はあいまいであったが、まぁどこにいても見上げれは見える王城だ……たどり着くのはさほど難しくはないだろう。
裏路地は先日の襲撃がまるで嘘であったかのようにそのままの形を残しており、道を歩いていくと、不意の侵入者に驚いたのか、それともほかに用事があるのか、黒猫が小走りで僕の足元をすり抜けて、暗い裏道へと入っていく。
「こんな道があったんだ」
猫が通り抜けていった狭い道。 普通に歩いていれば見逃してしまいそうな、人通りなどありそうにない細い道……。
レオンハルトとの約束にも時間が余りそうである午前中……。
僕は少しだけ好奇心に駆られ、猫の後を追いかける。
と言っても一本道だというのに、猫の姿は見えなくなっており、僕は一直線に続く家と家の間を縫うように歩いていく。
家と家にはさまれるような道からは、さすがに王城を見ることは出来ず、僕は王城から離れているのではないかという不安と、どこにつながっているのかという好奇心が僕を包みこむ。
少し薄暗く、壁は手入れがされていないのか、タイルが少し剥がれ、草木が芽吹いている家もある。
汚れているわけではないが、決して綺麗とも言えないこの不思議な空間……。
僕はそんな空間に感心をしながら進んでいくと、裏道の終わりが見えてくる。
ほんのりと光が差しこむ場所が見えてきて、その先が少し開けた道に戻ることが理解できる。
僕は少し……その道の終わり……その始まりへと至る光へと足を踏み出す。
と。
「ウイル君……」
小さく引き絞るような声が僕の耳に届き、その声に吸い込まれるようにその場所へと赴くと。
「カルラ?」
そこには、ここにいるはずのない……少女カルラが、消えそうな表情のままそこにいた。