159. 帰り道
「ビルドアップー!」
幼く舌足らずな声と共に、夕暮れ時の草原にボスンという小さな爆発の様な音が響き渡り。
「むきゅー……」
可愛らしい鳴き声と共に幼女が草の上に倒れ伏す。
言うまでもなくその幼女はサリアであり、これまたいうまでもなく現在彼女たちは
サリアの魔法習得の為に修行をしている真っ最中である。
「すごーい! 成功はしていないけど、6回まで耐えられてるよ! 魔力が少しずつ制御できるようになっている証拠だよー!!」
そんな弟子の微妙な成長を喜ぶシオンであったが。
「正直素直によろこべないです……」
サリアはその称賛に難しい表情をしてそう答える。
「なによ全然だめじゃない」
そんな二人の様子を見つめながら、暇そうにシオンの杖の先に座っていたティズはそうサリアの魔法を酷評し、ひらひらと倒れたサリアの頭をつつく。
「こんなんで本当に魔法なんて使えるようになるのかしら」
「うぐ」
称賛されても喜べないが、酷評されると来るものがあるようで、サリアはその言葉に苦虫をかみつぶしたかのような渋い顔をする。
「まぁまぁ、普通の魔術師が練習したって1年はかかる技法だもの、こればっかりは気長にやるしかないよ! さすがはエルフってことで相当サリアちゃんは筋がいいから、1月もあればマスターしちゃうんじゃないかな?」
「ふ~ん……」
そんなシオンの言葉にティズは特に興味なさげにそう言い、ならいいけどと一言つぶやいてそのままシオンの頭の上へと移動をし。
「しっかし、特殊な体質だなんて本当についてないわよねぇ、貴方」
幼いサリアに向かってそうつぶやく。
「珍しい体質……エルフでなければそこまで痛手でもないんだろうけどねぇ……本当、サリアちゃんはついてないよねー」
「う~……ウイルに―がうらやましいです」
「まぁまぁ、あれはあれで化物だから、真似しようとしたって無駄よ」
「分かってますよ~」
「はいはーいじゃあサリアちゃんおんぶしてあげるから帰るよー」
「はわっわわっ!?」
シオンもティズの意見には賛成らしく、倒れたサリアを抱き上げる。
日も落ち、サリアも倒れてしまったので今日の所は終了という運びだ。
「す、すみませんおかーさん……片付けのお手伝いもできなくて」
「きにしなーい気にしない! いっつもおぶってもらってるからねー! こういう時くらいおかーさんしないとー!」
「えへへ……おかーさん」
サリアはそういうと、シオンの背中にうずくまり。
「ありゃ、ねちゃった」
魔力欠乏の疲労のためか、瞳を閉じるとすぐに寝息を立て始めてしまった。
「これがどうなったら、筋肉エルフになるのかしらねぇ」
天使の様な寝顔。 寝ている姿は隙だらけであり、母の背の中で安心して眠っている。
「きっと、色々とつらい思いをして……誰も守ってくれなくて……どんどん、どんどん、一人になって行っちゃったんだね。 一人で生きていくために……とってもとっても頑張らなくちゃいけなくて……それでも、いろんなものに邪魔されて」
シオンはどこかサリアを慈しむような表情をして微笑み、ティズはサリアの頭を優しくなでる。
本当ならば、この寝顔を自分が守れれば良いのだろうが……きっとそれは、みんなを幸せにしてくれる素敵な彼の仕事なのだろう。
そんなことを思いながらシオンは色々な思いを抱いて冒険者の道を帰る。
と。
「あれ? もう練習は終わり?」
不意に声をかけられ振り返ると、そこには買い物袋を提げたウイルがいた。
「ウイル―!」
いつもの通り、大喜びでティズはウイルの頭の上へと戻っていき、シオンは背中のサリアを一度背負いなおしてのんびりとウイルのもとまで向かう。
「サリアちゃんが寝ちゃってねー」
「あらら……まぁ無理ないよ。 その小さな体で頑張ったんだもん」
優しく頭を撫でると、サリアは少し口元を緩めて。
「お父さん……」
とだけつぶやいた。
「帰ろうか」
「そうしましょ」
「うん、そうだねー」
全員がそんなかわいらしい少女に心を奪われながら、夕暮れの道を皆が皆歩いていく。
「明日はどうするの~? ウイル君」
「とりあえず獣王の怒りが収まるまで様子見かなぁ」
「おー! お休みお休み!」
「まったく、せっかく二階層の地図で収入アップが見込めると思ったのに」
「エンキドゥの酒場が営業再開したら、ドラゴンの素材とか王都防衛の報酬が手に入るだろう?」
「安定した収入が社会的信用には必要なのよ」
「確かにもっともだけど、ポチ太郎を君が何とかできないんだからどうしようもないじゃないか」
「何よ今回は私のせいじゃないんだからね! シオンが呪いの本なんて持ってくるからいけないんでしょう?」
「その節は大変ご迷惑をおかけしましたー」
シオンは深々と謝罪の一礼をし、サリアをまた背負いなおす。
反省をしている様子は全くない。
「まぁでも、シオンをお留守番させていればいいんでしょ? ポチ太郎とティズが仲直りすれば迷宮二階層は獣王に乗って簡単に踏破することができるんだし、そうすればそのあと獣王と一緒にさらに下の階層も安全に攻略できると思うんだけど。」
現在迷宮二階層に獣王に敵対しようだなんて考える魔物は一匹たりともおらず、その背に乗って迷宮の地図を作成するとなれば、作業効率も速度も数段早く進むであろう。
「むぅ、確かにそうだけど」
「獣王の怒りが収まるのがいつになるかはわからないけど、対立を深めるよりも、仲直りをした方が長い目で見れば得だと思うんだよね」
「ぐ、ぐぬう……」
「ティズちんの完全敗北だね」
ぐうの音も出なくなったティズに対し、シオンはそうジャッジを下すと、ティズも観念したのかため息を一つ漏らし。
「わかったわかったわよ、降参! 明日はお休み、それでいいわ……そうなれば何しようかしら……お酒? それとも……案外迷宮に潜る以外にやることが無いのよねぇ」
さっぱりした性格のティズは、妖精らしい切り替えの早さで家計の問題そっちのけで明日の予定を早急に考え始める。
「僕と一緒に、王城にまた行くかい? 帰りにまたデートもできるし」
家計を支えるティズに対し、ウイルはそう気を利かしてお誘いをしてみるが。
「遠慮しておくわ……あんただって私が一緒にいたんじゃ羽伸ばせないでしょうに……それに、私もそろそろ新しい服とかも欲しいし……そうね、リリムの所にでも顔を出してみようかしら……あぁ、いざ休みとなるとなんだかんだやりたいことたくさんあるわね……」
どうやらティズはティズでやりたいことがあるらしく、珍しくウイルの誘いを断るという形になった。
「そっか。騒いで絡まれて怪我しないようにね」
ウイルも特にそれに対し引き留めることも強引に誘うこともせず、無理とわかっていながらも騒がない様にと念押しをしておく……。
「私とサリアちゃんはたぶん一日魔法の練習をするつもりー」
「それじゃあ僕も、久しぶりに街をぶらついてみようかな……それでも夕方には終わるだろうし……夕飯の準備をして待ってるよ」
「わーいやったー! ウイル君の手料理が二日連続~! あそーだ! 今日のご飯はなーにー? ウイルクーン」
「今日は焼き石シチューを試してみようと思うんだけど、シオン手伝ってくれる?」
「ふおーー! なんだかおいしそうな響き―!」
シオンの楽しそうな声に、それに突っ込みを入れる甲高いキーキー声……そしてそれに優しく対応をする少年の声が、冒険者の道に響き渡る。
こんな流れで、明日は珍しくも皆が皆別々の休暇を楽しむ運びとなり。
ウイルは単独行動をとることになるのであった。