158.筒抜け
迷宮教会リルガルム支部……ブリューゲルアンダーソンは、時計の秒針を食い入るように見つめながら放った部下たちからの報告を待ち望む。
その瞳は瞬き一つせず、乾ききった眼球は失明寸前まで乾ききりしぼんでいる。
こち・こち・こち・こち・こち……。
「はいっ定時連絡が来ないところがひとおおおおおおつ!」
「おおおおおお! ラビ万歳!」
時計の長針が12の位置をさすと同時に鳴り響く鐘の音と同時に、
ブリューゲルは歓喜の声を響かせ、信徒たちはその様子に歓声を上げる。
「どうやらぁ、勘づかれてじゅーんきょうしてしまったものが一人いるようでぇすね! しかし、しかししかししかし! それが我々にとっては最大の……最大の情報なのです! たった一つ、たった一つ教信者が行方をくらましたのならば、そこに、そこに聖女は必ずいる! くっくく! そしてその場所は……」
アンダーソンはちらりとその信徒が担当していた地区の番号に目をやると……。
「? リルガルム王城付近?」
驚愕に目を見張らせる。
ざわつく教会……それもそうだ……自らの聖女が、すでに王都の手に渡っているというのだから……。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああなんたる、なんっという事でしょうか! いえ、なんっという事故でしょうか! 」
「い、いかがなされましょうかブリューゲル様」
「いくら私たちと王都が協力関係にあるとはいえ、王城に幽閉されている人間を引き渡せ……というのはいささか無理があるでしょう……うすうす感づいてはいましたが、王都襲撃時に散見された忍の女というのが、おそらくは聖女……国家反逆をもくろんだ人間を、そうそう外に出してくれるほど、甘くはないですよ」
ブリューゲルと信徒たちは困ったような表情を浮かべて、その場に立ち尽くす。
国家反逆罪といえば、王国騎士団長がやむを得ないと判断した際は、独断での処刑もゆるされるほどの大罪だ。
いくら協力関係にあるとはいえ、それだけの重要参考人をはいそうですかと明け渡すほど、国も甘くはない。
そうなれば、遅かれ早かれ聖女は処刑をされるだろう。
今はまだ無事ではいるが……時間の問題である。
その状況に信徒たちは慌ててざわめき立つ。
王城で処刑が刊行されれば、ラビの力はどうなるのか……その不安と心配が信徒の表情にありありと浮かんでくるが。
「くっくく、でもまぁしかし……案ずるほどのことでもありません」
しかし司祭は、それでも愉快そうに一つ笑みを浮かべ。
「いかがいたします? 王城の襲撃を?」
「それをするのは処刑が執行されるときです……今はまだその時ではない」
「では、いったいどうやって」
「ふふ、簡単ですよ、我々がダメならば……ロバート王に近しい人間を向かわせればいいのです」
そう、ブリューゲルアンダーソンは口元を緩ませ。
「無限頑強のアルフレッドのもとへ向かいます! 準備をなさい! 早急に! 迅速に!」
信徒にそう命令をするのであった。
◇
迷宮四階層に存在する大きな三叉路、それぞれに避けることのできない強大な罠が設置されており、その先が下り階段となる不思議な構造をしている。
以前までは屍の山が築かれる迷宮最初の関門と言われるその場所だが……現在イエティ・C・アザートスという獣人族がこの罠の一つを解除し、住み着いてからというもの、この四階層での死者は十分の一以下に減ったと言われている。
看板も宣伝もないが、迷宮下層冒険者ならば誰もが通る休憩所。
【ラビリンスバー・イエティ】
数年前から開始された、店主イエティによるこの酒場。
通行料として金貨一枚を要求されるが、その分ここでの休憩は自由であり、冒険者たちは金貨一枚の対価で安全に四階層を攻略する権利と傷の癒しと安眠……そして最高の酒を得ることができる……なんとも夢の様な休憩所であり、当然ながらこの道をとおらない冒険者は存在しない。
また、店主のイエティの人柄のよさと、かつてスロウリーオールスターズとともに戦ったフロストティターンの戦士が経営しているとあって、中にはイエティに合うためだけに迷宮四階層まで下りてくる冒険者もいるほど。
そんなラビリンスバー・イエティであったが……珍しくも今日は……
=都合によりお休みさせていただきます。 ご自由にお通りください=
と書かれた看板が立てかけてありその隣には、(御用の方は真ん中の通路にいます)
と小さく書かれた張り紙がはってあった。
「ふぅむ」
ブリューゲルはそう一度看板の前に立ち、そう言葉を漏らすと。
「はいりますよぉ~~」
三叉路真ん中の道の先にある罠の部屋へと侵入をした。
瞬間。
「なんでてめぇがこんなところに来やがる……くそ司祭」
「おやおや……珍しいお客様ですねぇ……うっほん」
「おおおぉおぉ久しいいぶりでございますうぅうう! イエティッィィイィ!」
懐かしい声が二つ響き渡り、ブリューゲルはにこにこと笑みをこぼしながらその二人のもとへと歩いていく。
ここに存在していたはずの罠はバジリスクの巣溜まり……。
この二人がこの場所に存在している時点で罠は解除されたも同然であり、ブリューゲルは何も警戒することなく二人のもとへ歩いていく。
一人は少しこちらを警戒するように、一人はいつであってもそうだったように、自らの深淵を覗き込むような透き通った優しい瞳で……。
拒絶をすることなく、ブリューゲルアンダーソンを受け入れる。
「何の用だよ、ブリューゲル。 報告しておいたはずだろ? 今はこいつの尋問中だ。
記憶の操作とか読み取りとかされて廃人になられても困るから、方法はこっちに任せてくれるって約束だったはずだが」
「うっほほ、精神も脳の神経も擦り切れてアルフのやり方でも廃人になってますけどねぇ」
「お前の氷点下地獄が一番きつかったんだろ絶対」
「いいえ、電気椅子は正直私でも引きました……」
話を聞いているだけでも、相当な拷問がこの目前で廃人同然で横たわる、アンデッドハントの一人に行われていたことがうかがえる。
痛みという言葉に高揚と高ぶるものを覚えながらも、ブリューゲルはその欲求を押さえ、旧友のアルフとイエティの前で一つ咳ばらいをわざとらしくし。
「どうやら良い情報はアンデッドハント自身からも得られなかったようですねぇ?」
そう漏らすと。
「そうだよ、こいつらは絶対口を割らねーし……アンドリューの魔法のせいで記憶の読み取りも操作もできねえ……」
「何とか頑張ってみたんですが、先に壊れてしまいましたからねぇ、これからカルラさんの情報を得るのは難しそうです……」
そういいながらイエティはバナナを一房取り出しおもむろに食べ始める。
この光景も相変わらずである。
「いやはやそれはそれは、聖女と私の為に……勤勉なラビへの奉仕、痛み入ります……」
「ラビのためじゃねーけどな……俺は遊んで暮らすための金を稼ぐのが目的だ……金貨一万枚、忘れんじゃねーぞ?」
アルフはそう悪態をつくようにそう吐き捨て、同時にブリューゲルもうなずく。
「ラビの名に懸けてそれは誓わせていただきましょう、それと同時に……アンデッドハントを引き渡せというお話でもありませんので、そこも誤解のないように」
「あん? じゃあ何のために来たんだよ? 同窓会でも開こうってか?」
「それもいいーーーーいお誘いですが、またの機会でお願いいたしますぅ 今回はあぁですねぇええ! 無事に聖女の居場所が分かったためにご報告おおおおぉと思いましてえ!」
「聖女の居場所が分かった?」
その言葉にアルフレッドは眼光を鋭くし、イエティもまた目を細める。
「ええ! ええ! 勤勉なる我が信徒の殉教が、ラビの栄誉とラビの祝福をもたらしたのです!」
「それで、どこにいたんですか?」
イエティも陰ながらアルフに協力をしていてくれたのだろう、その居場所を問うイエティに対し、ブリューゲルは笑みをこぼし。
「現代聖女は、王城……ロバート王の城に幽閉されていますぅ!! 先の王都襲撃で……聖女カルラはとらえられてしまっていたのです! 王都襲撃、国家反逆罪で捕まった聖女は、私たち迷宮教会ではどうしようもありません……しかし、しかししかししかぁし! もとスロウリーオールスターズの人間である、アルフレッド……あなたの頼みであればロバート王も耳を貸すでしょう!」
「あー、いきなりこんなところに出てくるからどういう了見かと思えば。ったくそういう事かよ……今俺とあいつがどんな関係か知らねーわけでもねーくせに、本当に性格わりーなてめー!」
「私はあなたの雇い主でぇえすが、ロバート王との関係については何も知りませんし~~~!! 私には関係ありませエえええぇん!」
「うぜえ! くそったれ! わぁったよ、いけよ、行きゃいいんだろ!?」
「うっほほほ」
アルフとブリューゲルのやり取りを見ながら、イエティは笑い、拷問部屋と称された部屋に笑い声が木霊する。
このとき……ベッドの上に固定され、意識も朦朧とし、精神も脳の神経も焼き切れたはずのアンデッドハントが、その話をしっかりと聞いていたことも、アンデッドハントの指が少しだけ動いたことも……そしてその少し自由に動いた指だけで、仲間に連絡を取る手段を有していた……そのことの一つにでも気づけた者は、不幸にもその時誰もいなかったのであった。
こうして、アンデッドハントリオールは、聖女カルラの居場所を突き止め……オープニングへ至ります。




