157.迷宮からの追跡者
「対魔結界……魔法をその身に帯びたものは、この地下牢前の結界によりとらわれる……。
無数に張り巡らされたこの魔法に付着する糸にからめとられれば……その魔法を解除することもできず……その場に蜘蛛の巣にかかったかのように動けなくなる結界だ」
レオンハルトは足早に地下牢前に向かうと、そこにとらえられている不可視の何かへと鼻を鳴らして近づく。
不可視と認識阻害の魔法を使用してはいたが、獣人族の鼻は決してその匂いを見逃すことはない。 そして、一度認識をしてしまえば、その姿は丸見えになってしまうことがこの追跡魔法、不可視の忍び寄りの欠点の一つである。
「が……っかかぁ……くそ、糞糞糞! 貴様、貴様私が聖女のもとへ向かうことを阻むきかぁ!」
「その口ぶり、なるほど、迷宮教会か……となるとあの少女にかけられた呪いについては想像がつくな……、伝説の騎士がうかつに手を出せないわけだ」
レオンハルトは予期せぬ来訪者に、伝説の騎士の真意を読み取りうなづいて、侵入者のまとった黒光りした球形の結界を解く。
【解ける魔力】
神聖魔法、魔力で編み込まれたエンチャントや簡単な呪いを解除する魔法であり、
その指先から放たれた光により、不可視で他のものに聞き取られることのなかった狂信者の叫びが初めてレオンハルト以外の人間に伝わるようになり、同時にその懐に持っていた短剣を、目前の異端者に突き立てる機会を得られる。
「きさまっ! ラビを……ぶごぅ」
しかし、不可視を解かれた教信者に反撃も言葉を発する猶予など与えられず、すぐさまレオンハルトの強大な腕によりその顔面を床に押し付けられる。
「私の質問に、簡潔に正直に答えなさい。さもなくば死だ……なぜこの王城に許可なく、しかも魔法を帯びて立ち入った……王国法26条……国家反逆罪に該当する犯罪だぞ?」
「何が犯罪だ! ここに眠るラビの器ラビの聖女! 聖女カルラを、貴様ら王国騎士団長ごときが誰の……誰の許可を得て監禁しているのです! ラビはそれを許さない! あなたこそラビのラビのラビの! ラビの定めた法に背いている! 地罰を受けなさい! 懺悔なさい! 後悔し死を受け入れなさい! たとえラビが今眠りにつき地罰を与えられずとも、必ずや神の代行者! ブリューゲルさまがあなたに地罰を下す! 伝説の騎士にも、アンドリューにもアンデッドハントにも渡さない! 渡さない渡さない渡さない! 聖女は我らが迷宮教会のもとへと帰ってくるのだ!」
狂乱する声をレオンハルトはため息を漏らしながらも聞き取り、おおよその目的を理解する。
「やれやれ……アンデッドハントのみならず、迷宮教会も動き出したってわけですか」
あの少女が、何らかのブラックボックスだということは理解していた。
だからこそそこまでレオンハルトは驚くことはなかったが……しかし同時に想像していたよりもはるかにあの少女の重要度が高いことをレオンハルトは知らされ、背筋に寒いものが通り抜ける。
アンドリュー・迷宮教会……そして、伝説の騎士。
この三つの巨大な勢力が、これからあの少女をかけて奪い合いを開始するのだ……。
伝説の騎士が、わざわざ使いを遣わして少女の幽閉先を隠匿した理由が分かった……。
もしこの居場所が漏れれば……戦場はこの王城となるからだ。
ぞわりと背筋が凍る……そうなれば、この王城にいる人間だけでは対処が仕切れない。
一応、迷宮教会とリルガルム王国は協力関係にあり、襲撃がされることなど普通ならありえないのだが、そんな約束が紙切れ一枚よりも価値がないものであることは、目前の狂信者が教えてくれていた。
この男が何かをする素振りを見せる前に排除をすることができて良かった……。
もし知られていれば……迷宮教会がこの場に現れ王城を襲撃していたことだろう……。
だからこそあの少年は、尾行をされていることに気づいたから、どうするべきかあの休憩室で思いつめた様子で考えていたのだろう……下手に動けば、迷宮教会に情報を送られてしまうと考えて。
とりあえず対魔結界のおかげで、何とかこの場はしのげたようだ。
「ありがとうございました……では、判決を下す」
「ああああああああ! 聖女! 聖女! 聖女おおお! ラビ万歳! ラビ万歳! ラビ万歳! ラビばんざああああああい!」
「国家反逆罪並びに重要参考人拉致未遂の現行犯により……王国法34条3項の規定を適用……やむを得ない事例であると判断をし、王国騎士団長の判断のもと……侵入者を独断で排除する」
瞬間、レオンハルトの腕に力がこもり。
ぐしゃりと……その教信者の頭がつぶれる。
「ふぅ……やれやれ。 こちらの警備も強化する必要がありますね……衛兵!」
「ここに!」
「早急にこれを片付けろ」
「はっ」
レオンハルトはそう言葉を漏らし、魔法で汚れた服と手を綺麗に掃除した後、急ぎウイルのもとへと戻るのであった。
◇
「ただいま戻りました……」
レオンハルトは思ったよりもはやく、僕の前へと戻ってきた。
その手はどこか安堵をした様子であり、鮮度がぎりぎり保たれていたことを僕は理解する。
「間に合いました?」
「ええ、何とかなりましたのでご安心ください」
「それはよかった……」
「ところで、少女からは何か分かりましたか?」
「いいえ、まだ目を覚ましませんので、何も手は打ててないですよ」
「そうですか……」
僕はそういうと、レオンハルトは難しい表情をしたまま、うなずくと。
「では、今日ももうお帰りですか?」
「ええ、また明日も来ますので」
「かしこまりました……明日からは、少し警戒を強化しようと思います」
「? そうですか」
なんでだろう? まぁ、レオンハルトにも都合があるのだろうし、僕はとりあえず追及をすることはせず、黙ってうなずいて地下牢を出ることにする。
特に進展はなかったが、カルラの様子も安定しているようで、めざめるのはもう少しだとのことだ……。
僕はそんなカルラの容態に安堵をしながらも、レオンハルトのヨーカン好きという新たな情報をもって、王城を後にするのであった。