151.その幼女、神に肉薄す
「ふふっ、随分な気に入りようじゃないの! ポチ太郎! ねえねえウイル! この子飼いましょう? この子連れてアンドリューのところにカチコミ行ったらアンドリューの奴も度肝抜くわよ!」
【ぐるるあ! ぐるるあ!】
すでにやる気満々準備万端といった様子のポチ太郎。
たしかに、この獣王が仲間になってくれるのだとしたら相当な戦力アップであるが……。
魔物は結界の外に出てこれないというルールもあるし、なによりもこれだけ巨大な魔物が王都に現れたら、王国騎士団が出動しかねないし、ポチ太郎が王国騎士団を全滅させかねない……。
「家で飼うのは現実的じゃないけれども、迷宮探索の時に一緒についてきてもらうのはいいかもね」
「でしょでしょ! 必要な時に呼び出して、迷宮蹂躙劇の始まりよ! 私はビーストテイマーティズになるの!」
逐一ネーミングや発言が頭悪そうだが、ティズの提案は悪くはない……獣王はすっかりティズになついているようだし(原因は一切不明だが)
一緒に迷宮攻略もやりたいと申し出ているくらいだ……。
一体ティズの何にそこまで惹かれているのかは不明だが、僕はとりあえずその理由を追求するのはやめにする。
ティズには素晴らしい所がたくさんある。
きっと獣王はそのいいところにほれ込んだのだ……そういう事にしておく。
そうしておかなければ、きっと永遠に答えは出ないだろうと踏んだからだ。
と……そんなことを考えていると。
「……さっきから暗くなったり明るくなったり地震が起こったり~……一体何が起こってるの~?」
「しおんおかーさん、だいじょーぶだよ、サリアが付いてるから」
茂みがごそごそと揺れ、聞きなれた声が響き渡る。
その声としゃべり方からシオンとサリアであることは容易に想像がつき、一瞬警戒をするような獣王の額をぺしぺし叩いてティズは落ち着かせる。
「安心なさい、私の仲間よ……噛み付いたら痛い目見るわよ、幼女だけど筋肉エルフなんだから」
【ぐるぅ】
その行動に獣王は少し落ち着いたのか、警戒を解いてその場に伏せる。
きっと己が仲間を刺激しない様にとの配慮だろう……本当によくできた子だ。
なんでティズなんだろう。
「おまたせー! いやーおいしかったおいしかった! とっても甘酸っぱくてねー……四個も食べちゃったよ~」
「おなかいっぱーい!」
またいらんことをシオンは教えたのか、サリアとシオンはまるで親子の様に二人して両手を広げて飛び跳ねる。
先ほどまでおなかがすいたとぐずっていたサリアであったが、その口の周りを見れば満足できたか否かは一目瞭然であり、満足げに笑顔を振りまくサリアに僕は微笑む。
【ぐる?】
と、茂みから出てきた騒がしい少女を一瞥し、【なんだこいつら?】とでも言いたげに獣王が一つうなると。
「なんじゃこの怪物はー!?」
シオンはここにきてようやく獣王の存在を認識できたのか、慌てて杖を構え、その先端から炎を走らせるが。
「安心なさいシオン、おとなしい子だから安心よ」
ティズが早とちりで核撃魔法を放とうとするのを制止する。
「おとなしいの?」
シオンは少しいぶかしげな顔で一度獣王とティズを見比べた後、最後に僕に確認を取る。
まぁ、おとなしいかと言われれば先ほどのご機嫌ステップを見ると甚だ疑問ではあるが、今はとりあえずおとなしいので首を縦に振る。
「おとなしいのか―! じゃあ安心だね?」
「おっきいしかさーん!」
「はいはい、あとで乗っけてあげるからその前にお馬鹿二人とも! 口元がくわんくわんよ、特にサリア!」
怒ったような口調だが、ティズはすっかりサリア(幼)にはでれでれのようで、ハンカチを取り出してサリアの口を拭いてあげている。
「むー!」
まぁしかしそんな優しさも子供に伝わるわけもなく、サリアはどこかうっとうしそうにしかめっ面をしてうなる。
可愛い。
そんなほほえましい光景。
しかし。
【ぐるる……】
その穏やかな時間は、その獣のうなり声によって壊された。
小さい……しかしそこにあったのは明確な敵意と殺意。
その悪寒を感じた僕は振り返ると、先ほどまで僕たちに対して柔和に接してくれていた
神獣が、明確な殺意をもってこちらをにらみつけている姿があった。
「え? ポチ太郎?」
【ぐるるるるるるるるあ】
ティズの声にポチ太郎は一瞬ティズを見やり、そしてもう一度シオンとサリアを見る。
ティズの声が聞こえなくなったわけでも、ティズと敵対したわけでもない……。
しかし獣王は、ティズが仲間だといったはずのシオンとサリアに、明確な敵意を向けているのだ。
原因は不明であり、そしてその殺意が肌で感じられるほどになるころには……止める間もティズの制止も間に合うより早く、現れた二人へとその一撃が放たれる。
「お母さん下がって!」
単純な獣王の巨大な角による一突き。
風を切る音……などという生ぬるいものではなく、轟音に近い音を掻きならしながら一直線に放たれたその角は、巨人の一撃をもはるかに上回る破壊力をもってして塵芥の命を消し飛ばす。
まさに神の怒り。
天災に近いその獣王による不意の一撃は、大地をめくりあげながら迫り。
幼女はそれを、正面から受け止めた。
【ぐるらああ!????】
神獣は戸惑ったことだろう。
目前にあるはたかだか人間二匹、吹けば飛ぶような弱き存在……。
簡単に消えると思っていた障害にも値しない塵芥……。
しかしその塵芥が現在。
自らをか細き――しかも幼女の――二本の腕で止めているのだから。
自らの身長の二十倍はあろうかという巨躯……、そしてすべての霊獣の頂点にある神に等しき存在……それを幼女は真っ向から受け止めている。
それはまさに夢でも見ているかの様なありえない光景であり、僕たちはいっせいに。
「うわようじょつよい!」
そう叫ぶしかなかった。
「うんとこしょ! どっこいしょお!」
獣王の体当たりにさえもピクリとも動くことのなかったサリアは、そうかわいらしい掛け声を放つとともに、獣王の角をねじり。
投げ飛ばす。
【ぐ、ぐるっるうああああ!?】
地鳴りが起こり、迷宮二階層が揺れる。
ただ投げ倒されただけで、獣王にダメージはほんのちょっぴりも入っていないだろうが、
しかし自らが地に体をつけさせられるなどこの数千年間夢にも思うことのなかったであろう獣王は、そんな嘘のような現実に恐ろしいまでの悲痛な叫び声をあげる。
「角をねじ切るつもりだったのにー……意外と頑丈だね」
一方、サリアはというとそんな数千年積み上げられた誇りを一瞬にして瓦解させたなど気づくわけもなく、思い通りにいかなかったことに少し不満そうにむくれている。
「……まぁいいや、次は真っ二つだもん……あれ美味しいかな? ウイルに―」
「いやちょっと遠慮したいかな……神様はなんか祟られそうだし……」
「っていうか食べる前提で話進めるんじゃないわよ! ポチ太郎は私の大事なペットなんだから食べるの禁止! 殺したりしたらごはん抜きよ抜き! わかったわねサリア!」
「ええええええぇ!?」
「でもでもー奴さんはバリバリ殺しに来る気満々だけどー」
立ち上がった獣王は、表情など見なくても怒り狂っていることが理解できる。
そのエメラルドグリーンの背中は赤々と燃えるように逆立ち色を変え、その口からは何やら雷の様なものが漏れ出している。
「あ、どーしよー……」
幼女サリアでさえも、今の状況がかなり切迫した状況であることを理解する。
それほどの怒りが、迷宮二階層を埋め尽くしていた。
【ぶるうううううあああああああああああああああああああ!】
「ぎゃああああきたああああ!?」
先ほどとは比べ物にならないほどの速度と威力と気迫を込め、止められるものなら止めてみろと言わんばかりに、もう一度サリアに対し獣王は突撃をする。
「しょうがない! とっておきー!」
素手ではもはや止めることは不可能と判断したのか、あまりに規格外な破壊力と速度に呆ける僕たちをよそに、サリアは一本の剣を引き抜く。
自らの身長ほどの長さを誇る、紫色に光り輝く妖刀……ムラマサ。
サリアの妖刀ができるまでの代用品として渡されたものではあるが、その切れ味も強度も、ホークウインドにも劣らないとリリム自身が自負するほどの剣。
そして何より、侍の技を身に着けたサリアが、初めて手にするカタナである。
「すごい! なじむ! 実によくなじむよー」
初めて握るカタナに歓喜の声を上げるサリアは、身の丈ほどもある長さのカタナを両腕で一度振るうと。
「こくりゅうそうそうおーぎー!」
舌足らずな声でそう叫び。
【獨響!!】
渾身の一撃……前スキル全ステータス……そして奥義をもってして獣王の最大の一撃を迎撃する。
触れ合うカタナと角……。
恐らくは神代を生きる獣の角と、最高の刀鍛冶リリムの打つ刀剣の強度は互角であり、互いが互いを滅ぼすことは出来ない。
ゆえに、勝負を決めるとしたらそれはその持ち主の力と技の破壊力であり。
そういった点で見ると……サリアは獣王に正面から挑み、敗北したということになった。
【があああああああああああああああああああああああ!?】
獣王の持てる全身全霊の一撃……。
サリアはその一撃を弾き飛ばし、獣王の前足を屈させることに成功をした。
しかし。
「きゅ~~」
その代償にサリアは獣王の一撃により宙を舞い、迷宮の壁に頭をぶつけて伸びてしまったのだ。
「き、筋肉エルフが……正面衝突で負けた」
絵面から言えば驚くところは完全に反対だろうが。
しかし僕たちはサリアが敗北したことに本気で驚いていた。
幼女の姿で、攻撃のリーチも何もかもがオリジナルよりも劣っていたとはいえ……。
力比べでサリアが負けるなど……想像したこともなかった。
片膝をついた獣王は、角をたたかれたことにより脳震盪を起こしたのか、何度か頭を振るって体勢を立て直すと、再度塵芥を消滅させんとこちらに向きなおる。
もはや僕たちにできることなど限られており、サリアを抱きかかえたまま僕は全員に目配せをし。
『にっげろおおおおおおおおおおお!』
迷うことなく一斉に逃走を開始するのであった。