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150. 獣王・ポチ太郎

【ぐるるがあああああああああああああ! 】


響き渡る咆哮は雷の轟に近く、僕たちは耳を押さえながらその巨大な神獣を見上げる。


確かガーガーは神獣は基本的に人を襲わないとかのたまっていたような気がするが。


安眠を阻害された場合は例外らしく、その神獣の言葉も表情も読み取ることは出来ないが、とりあえずその咆哮により、神の安眠を妨害した不届き物に神の鉄槌を下さんとしていることだけは理解できた。


「あーこれ、本格的にやばいやつだ」


力は恐らくエンシェントドラゴンゾンビと互角……いや、さらに上であり……魔王の鎧も螺旋剣も持たない今の僕にはどうしようもない相手であることは容易に理解できた。


「ちょっとウイル! あんたとりあえずメイズイーターでぶっ飛ばしちゃいなさいよ」


そんなピンチに、ティズは僕の後ろに隠れながら、そう無責任な耳打ちをしてくる。


確かにメイクでいしのなかに入れてしまえば、どんな魔物であろうが一撃消滅ではあるが。


「まぁ、やってみるか……めい……」


メイズイーターを起動しようとした瞬間、僕の異変を感じたのか。


【ごおおおああああああああああああああああああああああああああ!!】


獣王が何かを発動する。


咆哮が耳をつんざくのとほぼ同時……僕の体は縛り付けられるような錯覚を覚え。


「……あーティズ」


「どうしたの? 早くやっちゃってよ」


「いや、スキル封じられた」


「へ?」


何度念じても、メイズイーターは起動しなくなっていた……。 

スキルを発動しようと思っても、体の中のスキルを発動する機関が、見えない糸に縛られているような感覚と、胸の奥で何かがつっかえるような違和感が駆け巡り、阻害されるのだ。


十中八九先の咆哮が原因であり、それを僕はスキル封じの魔法と判断する。


まぁ、これだけの魔物であれば魔法の一つや二つ使えても全く不思議ではないのだが。


ピンポイントで痛い所をついてくるものだ……。


「神獣って割には使う魔法はみみっちいわね!」


「状態異状耐性・強をすり抜けて封じてくるってことは恐らく最高位のスキル封じ呪文だろうけどね!」


「どっちにしろ効果はみみっちいわよ!」


そうティズと騒ぎ合っていると、獣王はもはや塵芥も同然な僕たちを一蹴しようとその巨大な蹄を持ち上げ、踏みつぶさんと振り下ろし。


「あぶないっ! ティズ!」


「ぐえっ!」


そのひと踏みを僕はティズを突き飛ばして回避する。

迷宮二階層に地揺れが起こり、森林がざわめき光源虫がその体の光を消す……。


一瞬……夜が訪れた迷宮二階層の中……しかし獣王の体はエメラルドグリーンに光り輝きながら、あたりを神々しく照らしだす。


「きれいだ……」


殺されそうになっているにも関わらず、僕から出てくる感想はそれだけであり、呆けた状態のままその美しき御姿に見惚れる。


と。


「んもーーーーあったまきた!」


同じく金色の光を放ちながら、吹き飛ばされたティズが頭にたんこぶを作りながらふよふよと茂みから顔を出し、飛び上がり。


「ちょっ!?ティズ何する気!」


「鼻っ柱へし折ってきてやんのよあの鹿野郎の!」


頭に血が上ったティズが無謀にも獣王のもとへと飛んでいく。


止めようと手を伸ばすも、気が付けばティズは獣王の鼻先近くの高度まで飛び上がってしまっていた。


「そんな……無茶な」


無謀にもほどがある。


「くおらこの鹿野郎! さっきから何だってんのよアンタは! 獣王だか神獣だか知らないけどね! 勝手にこんなところでピースカ寝てて、起こされたからってここまでする必要ないでしょうが! 聖域とやらがあんならそこで寝てなさいよこの馬鹿! 馬みたいな体に鹿みたいな角生やして! 本当に馬鹿よ馬鹿!」


神をも恐れぬティズの態度と、今時童子でも使わなさそうな罵倒の言葉に僕は青ざめる。


人の言葉をしゃべることは獣王はないが、おそらく理解はできているのだろう。


神獣は目前に突如現れ不敬を働く、キーキー声の妖精に対してどこか驚いたような表情を浮かべ――あくまでそう見えるだけだが――そのエメラルドグリーンの体毛をさらに輝かせ逆立てている。


一息で消し炭になるティズ……それに気づいていないのか、気づいていてあえてやっているのか知らないがティズは内容こそ幼稚であってもとどまることなく罵倒の言葉をまくしたて、神獣を煽り立てる。


ぶっちゃけ僕も巻き添えを喰らう結果になるので本当にやめてほしいのだが、手も届かないしスキルも使えないので、祈りながらその光景を見守ることしかできない。


あぁティズ、死んだら恨むからな。


【が……】


始めは突然の来訪者に獣王は驚きひるんでいたようだが、それも一瞬だけだったようで、冷静さを取り戻した獣王は口を開きティズを一息で消し炭に……。


「ん?」


「はへ?」


するわけではなく、小さい光輝く粒の様な吐息をそっと吐き出し、ティズのこぶへと吹きかけた。


とてもか細く、小さな吐息であるが、ティズのこぶに触れるとその吐息は霧散し。


「……はれ?」


ティズのこぶはあっという間に引いてしまう。


それどころか、服の汚れさえも消えている。


恐らく、回復……いや、ティズの服の汚れや破れも消えていることから……時間回帰とかそういう規格外な魔法だろう……。


僕はその光景に惚れ惚れする反面何が起こったのか理解できないでいる……と。


「はい?」


【ぐるぅ……】


さらに混乱させるかのように、不意に、獣王が頭を垂れ……ティズに膝まづくようにその場に伏せたのであった。


その姿はまるで、長らく待ち望んだ主に頭を垂れるかのように……そのエメラルドグリーンの鬣ははじめは怒りで逆立っているかのように見て取れたが、今見ると喜びを全身で表現しているようにも見える。


「なによ、随分と物分かりがいいじゃない……乗れってこと?」


ティズもこんなことになるとは思ってもみなかったらしく、きょとんとしながらも仲直りを申し出てきた神獣に対し、微笑んでその角の生えた頭にちょこんと座る。


エンシェントドラゴン並みの巨体の頭の先に乗る妖精……まったく絵にならないし、体毛に隠れてティズの姿など一切見えないが……それでも獣王は嬉しそうに立ち上がると、何度も何度も地揺れを起こしながら、あたりを跳ね回る。


そのたびに、光源虫が驚き、迷宮二階層の太陽を上らせたりおろしたりを何度も何度も繰り返す。


ステップを踏むたびに太陽が昇り日が沈む……いつしか読んだ童話の神様のお話を僕は思い出しながらも、光り輝く神獣の神秘的な光景に見惚れながら……無事に命が助かったことについて安堵のため息を漏らして、少し離れてそのティズと獣王の巨大で小さな舞踏会の様子を見つめるのであった。


【ぐるううらあああ!】


ひとしきり飛び跳ねて満足をしたのか、獣王はご機嫌に一つ鳴くと、頭を下げてティズを僕の目の前へとおろしてくれる。


どうやらティズのおかげで僕への敵対も解けたようで、獣王の乗り心地はよかったのか、ティズは先ほどの罵倒はどこへやら、すっかりご機嫌な様子で獣王の額を撫でたりしている。


【ぐるる………ぐるるる】


妖精が好きなのか、それともただ単にティズの勇気ある? 態度が気に入ったのか、獣王は満足げにのどを鳴らしてティズの小さな小さな掌をかみしめるように甘んじてその手を受け入れている。


若い女の子が入った泉の水を飲むのが好きというのだから、おそらく若い子が好きなのだろう。


僕はそんなことを考えていると。


「あんたなかなか賢いのね! すごい気に入ったわ! 決めた、あんたの名前はポチ太郎よ!」


ティズの不敬がとどまることをしらず、気づけば獣の王に犬の様な名前が付けられていた。


が。


【ぐるるるるらああひいいいいいいいいいん!】


しかし、その言葉に感動を覚えたのか、獣は涙を流しながらいななき、その前足を高く高く上げる。


表情も感情も言葉も分からなくても、それが獣王の最大限の歓喜であることは、僕でさえも容易に理解ができた。


「嘘、ポチ太郎気に入ったの?」


にわかには信じがたいが……神獣はポチ太郎がいたく気に入ったようで、獣王の名前はポチ太郎に決定したのであった。

                     

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