12.聖騎士サリアが仲間になった!
「ふぅ……時間としては二年といった所か」
恩人、ウイルとティズと分かれた後、私はその脚で迷宮へと向かい、数匹のゾンビとアンデットウオーリアーを適当な数素手で倒して資金を稼ぐ。
最高級の装備……とまでは行かないが、少なくとも剣と盾を買えるようにしなければ、一階層よりも下まではもぐれない。
私一人であればこぶしでもおそらくは六階層までは何とかなるだろうが、盾がなければウイルとティズを守りながら迷宮を探索するのは難しいだろう。
一応装備のあてはあるのだが、二年も前の話のため、なかった時に明日の約束に間に合わなくなる恐れもあるし、どちらにせよ当面の生活費も稼がなくてはならない。
そう判断したため、私は先ず資金を稼ぐことにして、今丁度それが終わった所である。
ドロップしたアンデットの魂玉を数個拾い、いつもどおりクリハバタイ商店へと向かう。
街の様子はすっかりと変わってしまっており、私を見ても声をかけてくる人間がいない。
冒険者の道は変わることなく存在し、エルキドゥの酒場も少し店が大きくなっているような気がしたがしっかりと存在している。
周りを観察してみると毎年恒例の春祭りの開催を告げるポスターがレンガ造りの店や家の壁に貼られており、その回数を見て、自分が今二年後の世界にいることを理解する。
「ふむ……随分と長く放置されていたんだな……私は」
よくまぁ今までゾンビ化もせず消失も発見もされずにいられたものだ……。
ダークゾーンにでも飛ばされていたのだろうか……。
自分の魂の強さと奇跡に感心しつつ、変わった町を見やる。
活気は更にあふれ、行きかう人の種族も倍近くに膨れ上がっている。
町を襲うと恐れられていた迷宮が、今ではすっかり客寄せのテーマパークとなりつつあるようだ。
二年という歳月の変化はめまぐるしく、私は情報不足にならないように聞き耳を立てる。
夜の冒険者は情報をよく落とす。 特に酔っていればなおさらだ……。
強力な迷宮の敵の話や、商店が今高く買い取っている素材や、女の話……。
夜の街で情報を集めていると、その中でも特に冒険者の間で語られている話があり、私は足を止めてとある冒険者の話を聞き入る。
伝説の騎士と呼ばれる人間の話である。
「……みたかお前」
「あぁ、あれだけの凱旋だ……見てねえ冒険者はすくねえよ」
「俺も見た……地下九階層最強の防具魔王の甲冑に、伝説の剣 螺旋剣ホイッパーを持った冒険者……」
「背中に女を背負ってたよな」
「あぁ、寺院に寄った時に聞いたんだけどよ……あの女、伝説の聖騎士サリアだったって話じゃねえか」
「まじか!? 二年前に行方不明になったっていう最強の聖騎士?」
「あぁ、恐らくアンドリューの手下か巨人族に囚われてたんだろう……二年間も迷宮で消失しないわけがない」
「なるほど、そうだとすればあの大量の返り血も納得がいく」
「死闘だったんだろう……剣も鎧も血だらけだった……何人斬ったんだろうな」
「女一人助けるためってことは……よっぽど大切な女だったんだろうな」
「二年かけての救出劇か……寺院の奴ら相当足元見たんじゃないか」
「それがよ、司祭の話じゃ、持ち物全部迷わずすぐに売り払ったそうだ」
「マジか!? 伝説の鎧に 螺旋剣だぞ!? それを手放すって、そんなに大切な女だったってことか!?」
「全てを投げ出してまで助けたい女を……二年かけて」
「男だ……そいつ男だよ!? 伝説の騎士様だ!」
「泣ける……マジ泣ける!?」
伝説の騎士の話を聞いて、私は持っていた魂玉を取り落とす。
馬鹿か私は!
自分を罵倒する。
悪寒が走り、自らへの自己嫌悪と何かが落ちて割れるような音が私の中に響き渡る。
噂話に尾ひれが付くのは分かるが、どんな馬鹿でもこの話の騎士がウイルだということは分かる。
何が私の装備を売ったのか……だ。 何が自ら使用していれば多大な力を得られただろうにだ!? 愚かなのも大概にしろ!?
今手元に剣があれば、のど笛を掻き切って死んでしまいたい。
彼は……それだけの力を手にしながら、どこの誰とも知らない私を助けたのだ。
全てを捨てて、手に入れたその力を全て投げ捨てて……栄光への近道も、人々からの伝説の騎士としての賞賛も手放して、迷うことなく、見返りを求めることなく……当然のことをしたまでと笑ったのだ。
そんなあの方を私は見下した……。
駆け出し冒険者にそんな金が稼げるわけがないと、高慢にも私はそんな偉大な人を見下したのだ!?
自分なら一人でも勝利できると慢心したことによってアンドリューに敗北したにも関わらず……。
何が聖騎士だ、何が円卓の騎士だ!!
気付けば私は驕り高ぶり、何も見えてない愚者に成り下がっているではないか……。
涙がこぼれる……。 堕ちた私の高慢さと、それに気付かせてくれた偉大な方の存在に。
神を信じたことはない、聖騎士でありながら、私は神秘を信じていない。
だが、今ここに心より崇拝し、尊敬できる方に出会えた……。
そうなれば、もはや私に残された選択はただ一つであり、その一つは何よりも最適で、至高であることは言うまでもない。
◇
「それで、一晩私達の家の前で土下座してたってわけね」
「はい!」
「あきれた」
ティズはため息をついてベーコンにかじりつく。
あの後、とりあえず僕はサリアさんを家に上げて事の顛末を説明してもらった。
結局街の人たちの話からサリアさんには僕が自分のお金を使ってサリアさんを助けたことを知ってしまったらしく、僕を見下したこと並びにその他の言動を許して欲しいと謝罪に来たとのことであった。
「己の高慢さを身をもって知らされました……お許しを」
「いや別にしょうがないですよ、僕だってあの状況だったらそう判断しちゃいますし。気にしないでください」
というか土下座するほどのことではない。 高慢といったって彼女は元々感謝をしてくれていたし……僕の冒険をサポートしてくれるなんて言う破格の謝礼を支払ってくれるといってくれたのだ。 こっちのほうが土下座をして感謝の言葉を述べるべきだろう。
「ウイルもこういってるし、アンタも別にそこまで気に病む必要はないわよ。探索は午後からだし、体を休めたら? あんな体勢で一晩、しかも生き返ってすぐなんて、下手したら死ぬわよ?」
ティズはもうどうでもいいと言った感じで、ものほしそうな表情で僕を見つめてくる。
この顔はデザートの催促だ。
とりあえず笑顔だけを送っておく。
「待ってください……ウイル。 ティズ! 話はこれだけではないです!」
「え?」
「まだ何かあるの?」
話は半ば終わりと思っていた僕達は、サリアさんの言葉で意識を朝食からサリアさんへと戻す。
サリアさんは神妙な面持ちで一つ間を置き、僕達が見つめる中深呼吸を一つした後。
「はい。率直に言います……私を貴方の従者にしてください」
そういった。そういえば、混乱して忘れかけていたが最初にサリアはそういっていた。
「………………」
【は?】
言葉がかぶる。一瞬何を言ってるのかが良くわからなかった。
「それはどういう意味かしら?」
「はい。恥ずかしながら私は今まで、聖騎士でありながら主君たる人物を得ずに迷宮を探索していました……」
「うそでしょ……騎士職は確か、誰かに仕えることでステータスにボーナスを得られる職じゃない……それなしでマスタークラスになったってこと?」
「はい」
「化け物じゃない」
ティズが驚愕しながらため息を漏らすという器用なことをしでかしているから、きっとサリアさんの言っていることは紛れもない偉業の一つなのだろう。
本当に何で僕こんな人に主人になってくださいなんていわれてるんだろう……。
「えぇ、だからでしょう。今まで私はこの世に私が仕えるに足る君主はいない……ましてやマスタークラスになってからは、師と呼べる人物など現れない、そう思っていました。 しかし昨日……私はウイルに出会い、ウイルの偉大さ、そして大きさ……何よりもその生き方の美しさや高慢な私を更正させ、導いてくれた気高さ……そんな貴方に私は救われたのです。 命だけではなく、この心でさえも……。だから、 今度は私が貴方を守りたい。 貴方の為に戦い、貴方と共にいたいのです……そして師として、その高潔さで私を導いて欲しい! 無礼を働いた後に不躾な願いなのは分かっています……ですが、貴方しかいないのです……お願いします、貴方に仕えさせてください!」
「あ、えと」
家の番地を間違えていないだろうか……といいそうになってしまう。
だって今の発言のどこにウイルという少年の話が出てきたのだろうか?
追いはぎに絡まれて泣き寝入りをするような冒険者は僕の感覚からすると到底美しいとはいえない。
彼女はきっと、僕と誰かを勘違いしているのだろう。
そう納得しかけたが。
「ふっふふ! あんた分かってるじゃない!」
困ったことにいつもどおりティズが調子に乗った。
「そーなのよ、ウイルはすごいんだから! いつかアンドリューをたおすのは絶対ウイルなんだから! アンタの判断は大正解よ花丸よ! 見る目があるとしかいいようがないわ!」
ティズもうやめて。
「では……」
「まって、ただし条件があるわ!」
「条件?」
「そう、これだけは約束しなさい! 迷いや可能性が一ミクロンでもあるようならば貴方を仕えさせるわけには行かない」
「迷い? ……それは一体なんでしょうか?」
「ウイルを裏切らないこと……」
ティズはそういうと、少しばかり寂しそうな表情でこちらを見る。
その言葉の意味を、僕はまだ知らない。
「聖騎士の名にかけて」
サリアさんはその言葉に二つ返事で真っ直ぐ返答する。 うらやましくも憧れてしまいそうなその真っ直ぐな瞳は、一ミクロンの可能性すらも完全に否定され、高尚な理論や根拠を羅列された論文よりもはるかに説得力があった。
「そう。 ならばいいわ、貴方をウイルの聖騎士として、正式にパーティー参入を認めます。 ウイル、いいわよね?」
なんか僕の関与していない所で勝手に話がいろいろと進められていた。
完全に置いてけぼりであるが。 まぁどちらにせよ。
「もちろん、大歓迎だよサリア」
この申し出を断る理由は見当たらない。
「ありがとうございます! マスター!」
「ま、マスター?」
「はい。 今日から貴方は私のマスターだ。 これより先私は貴方の剣であり盾となりましょう。 マスターウイル……どうかこれより先の道、死が二人を別つまで私を導いて欲しい」
そういうと、サリアは僕の前に跪き、誓いの文言を口にする。
御伽噺の世界から続く誓いの文言。騎士が主君と認めた相手にのみたったの一度だけしか言うことの許されないこの言葉は、紛れもなく彼女が僕を主君と認めてしまったという証しである。 どうしてこうなった。
僕としては大賛成だ。 彼女はとても頼りになるし、何よりも美しい。
けれども、彼女が僕に仕えるということは、彼女の迷宮探索を振り出しに戻すことになる。
其れは本当に彼女の為になるのだろうか? 断ったほうが正しいのではないだろうか?
そんな考えが脳裏をよぎる。
しかし……。
僕を見つめる瞳はどこまでも真っ直ぐで、そんな僕の不安でさえも見透かした上で、望む所だといっているような気がした。
いや、彼女ほどの人間だ、恐らく僕の卑屈な考えなど全てお見通しなのだろう。
だからこそ。
「まぁ、ちゃんと導けるかどうかは不安だけど……これからよろしくね、サリア」
僕は僕だけの聖騎士に手を差し伸べる。
……女の子にこんな表情をされたら、頑張って応えられるようになるしかないじゃないか。
~聖騎士 サリアが仲間になった~
サリア 種族 エルフ 職業 SAINT KNIGHT LV13
筋力 18 状態 正常
生命力 17
敏捷 18 魔法 第三神秘まで全て
信仰心 18 装備 なし
知力 18 武器 なし
運 2
◇