148.電血のアヒル
「泉?」
「こんな場所酒場じゃ教えてもらえなかったけど」
そこにあるのは光源虫の光を反射させながら、光り輝く水晶の様な大きな結晶に囲まれた泉。
まるでこの草木はすべてこの場所を秘匿するために生い茂っていたのではと錯覚させるようなその美しくも怪しい泉は、青々と輝く水晶の光を反射させ、目を細めなければ直視できないほど光り輝き、同時にその幻想的な光景に僕たちは息を飲みすべてを忘れその美しさに見惚れる。
「迷宮にこんな場所があったとは」
「まさに秘境ね……こんな草だらけの道、地図作りしようとか思わない限り絶対にたどり着けないもの」
騒がしい妖精もその美しさに声を潜めるほどの神秘的な光景に、僕たちは吸い込まれるように
泉へと近づいていく。
「美しいものにひかれた冒険者を取って喰らう罠……というのも考えられますが。
サリアは警戒をしながらも恐る恐る泉に近づいていく。 と。
「っ!?」
不意に泉が波打ち。 気泡と影と共に何かが浮上する。
「何かが来ます!」
「やはり罠!」
サリアは剣を引き抜き僕もメイズイーターを構え、迎撃態勢をとる。
気泡は大きくなり、影も次第に濃さを増していき……。
「っ!」
「グワーーパアアアアアー いらっしゃいませだーねええー! グワーッパ!」
「……あ、アヒル?」
何やら全身から放電をしながら、水しぶきをあげてしゃべるアヒルが泉から飛び上がり、
僕たちは困惑をする。
「……へ?」
「あららー? ずーい分と驚き呆れなさってるらしーいじゃなーいの! グワーッパ」
「え、えぇと。 あなただあれ?」
なんの伏線も脈絡もなく登場した新キャラクターに困惑を隠せない一同であったが、やっとの思いで正気を取り戻したシオンが、絞り出すようにそう質問を投げかけると。
「ぐわーっぱ! あたしかい? あたしは、電血のアヒル(ボルトブラッド・ガーガー)さねグワーパー! この泉の管理を獣王様に任されたしがないアヒルだよー!」
名前が無駄にかっこいいのがむかついた。
「この泉の管理……ということはここは特別な場所なのですか?」
「とーくべつも特別だーねー! こーこは獣王様の水飲み場! 獣王様は千年もの間ここから湧き出るお水しかお口になーさらなーいよー!」
「獣王の水飲み場って……やばいじゃないの出くわしちゃうわよ」
「あーんしんするさーねー! 獣王様は懐がふかーいお方―! 人間程度が水浴びするぐらいじゃ怒らなーいよー。 むしーろわかーい女が入るとよろこーぶよー」
獣王変態疑惑が浮上した瞬間である。
「縄張り意識が強い魔物だと聞いていましたが」
「そりゃー、獣王様を脅かすものであれーば怒るよー、だけど、最高位の神獣である獣王様にとって、人間程度は塵芥も同然―。そんなものにいちいち腹立ててたら、王の器が知れるーってもんだーね。 獣王様―は高潔なお方なのだーよー ぐわーーっぱ」
バチバチと放電をしながら、電血のアヒルはそう小躍りをしながら獣王について説明をしてくれる。
「獣王がこの泉の水しか口にしないのは、何か理由があるの? ガーガー」
「そうだーねー。 この泉は見てのとーりー、永遠女王ティターニアーの加護がー施されて―いるーよー」
「永遠女王って、おとぎ話に出てくるあの?」
「そうさーねー」
永遠女王ティターニア。
鉄の時代が終わりをつげ、人類のほとんどが死に絶え、魔族と神との戦争が起こった時代。
魔族との戦いに勝利をした神々は、その地に住まい……種族の祖となる子供を残した。
鉄の時代を生きた少女クレイドルは、その思い出を形にした人族を。
鉄の時代をこよなく愛した者グランドリンは、鉄と鋼、鉱石の扱いに長けたドワーフ族を。
鉄の時代を反省した者、ミユキ・サトナカは、魔法に長け、自然と生きるエルフ族を。
鉄の時代の技術の喪失を憂いた者、デウスエクスマキナは、その技術を再現できるようにと願いを込め、ハーフリングを。
そして、鉄の時代など興味はないが、大神クレイドルを愛した神、ガーアルドは、彼女の美しさを決して忘れないためにノーム族を作り上げた。
戦争の立役者、魔族四幹部と魔王を打ち倒し、新たなる人類を生み出したこの五人の神は有名であり、この世界に住まうものならだれもが知っている伝説であるが。
当然、この五神意外にも神は存在している。
人狼族の祖となった神、トマス・モアや。
猫人族の租となった英雄神。 仮面タイガー。
数々の亜人と呼ばれる種族にも当然祖となった神がおり、その中でも五大神に匹敵するほどの力と、知名度を持った神が。
妖精族の租である、永遠女王ティターニアである。
動植物すべてに愛されたその神は、永遠の時を生き、今もどこかで生きていると噂される、知恵と癒しの女神であり、神の子である部族間の大戦争を嘆いたティターニアが選定し、世界を救った英雄たちがスロウリーオールスターズだという伝説もある。
癒しと永遠を与えるその加護は、若返りと永遠の命を約束するものという伝説もあるが。
まさか。
「そうさーねー、ここは不死の泉……この水を飲み続けることで獣王様は鉄のじだーいから生きている―よー」
「……そんな長生きなの? 獣王って」
「ティターニア―さまーのお気に入り―だからーねー。 再会するその時まーで、ティターニアサマーを待っているんだ―よー獣王様は……たぶん」
「たぶんって何よ」
「わたーしが生まれた―のはほんの30年前―。 そんなー大昔のことなんて知るわけないーし、獣王様と話せるわけでもないから―ね、ここの管理は私たちの一族がずーっとやってることなーの、やりたくなくても仕方ないーの ぐわーっぱ」
「それもそうですね」
「私―はただお勤め―を果たすだけ―、この泉―がなくならないよーに」
「なるほどね……しかし、獣王がこの水しか口にしないほどとは……よほど霊験あらたかなお水なのでしょう」
「そうだーよ。 ティターニア―様の力が宿るこの泉―、飲むだけでー長寿はお約束―、飲み続ければ不老不死だーよ」
「それはすごいね、シオン」
「私の! 私の生命力は上がる!? 」
「なおーステータスに変化は現れませんのーでご注意くださーい」
「なんだぁ」
そう注意文を読み上げるガーガーに対し、シオンは唇を尖らせてふてくされたような表情をする。
「胡散臭い話ね」
そしてこの妖精は、自分のルーツとなった神様に対し胡散臭いと言い放った。
「まぁまぁー、のむのーもいいけーど、ガーガーお勧めはーもぐーることだ―よ」
「潜る?」
「そうだーね! 加護は泉の奥に行けば行くほーど強くなるよー。 だから、潜れば潜るほーどご利益倍増―。 ついでにー、むかーしティターニア―様へのお供え物と―してここにお宝を投げ入れる習慣あった―よ! とってこれれーばそれもすべて君たちのもの―……溺れて死んでもー知らないけーどー、潜るの一回金貨一枚 お得―よ」
信仰する神を利用した新手の商売がなぜか始まった。
「まだ、我々は年齢的に若返ったりする必要はありませんが」
「おばさーんにとって凄―いうらやましーい発言だ―ね」
「どちらにせよ不老不死というのは、あのアヒルが世襲制という時点で十中八九偽りと考えたほうがいいでしょうね」
「あ、確かに」
「うわーい、あくどい商売―! 今夜は焼き鳥かなー?」
「ぐわっぱ!? 違う―よ、偽りじゃない―よ! 選ばれ―たものは若返るよー」
「つまり、皆が皆不老不死に成れるわけではないのですね?」
「そうだけーど、お宝は―本当に―ある―よ、覗き込めば―分かるよー」
そう必死に弁明を続けるガーガーは放電をやめて僕たちを泉へと呼び。
半信半疑のまま僕たちは泉を見下ろすと、確かに泉の底深くに、黄金色に輝くものが見て取れた。
「お宝……ウイル」
それをみたティズは一瞬興味深そうに瞳を輝かせ、僕の方向を少し上目遣いで見つめてくる。
「お宝ほしいの?」
「ほしいけど……私泳げないし」
妖精族は基本的に水の中が苦手である。 お風呂とかは当然入るのだが
羽が濡れるとしばらく飛べなくなるからだ。
「なら、私が行きましょう、水泳は得意なほうです。 もちろん、潜水のスキルも持ち合わせています、この位の水深ならば問題はないでしょう」
そんなティズの事情を把握したのかサリアは宝の回収に名乗り出る。
「本当? 悪いわねサリア」
サリアの申し出にさすがのティズもばつが悪そうな表情をして感謝の言葉を漏らす。
「いえ、これからの冒険のためにも、お宝は少しでも多いに越したことはないですからね」
それに対しサリアは微笑み、鎧を外す。
「じゃあ、感電しないようにわたーしは外にでーるよ」
そういうと、ガーガーはお尻を振りながら泉から出て、近くの茂みに座る。
そんな中、サリアは鎧を脱ぎ終え、洋服のみになると。
「では、行ってまいります」
そのまま泉へとなんのためらいもなく飛び込んんだ。
「サリア!? 服は!?」
止める間もなく、サリアは泉の中へと吸い込まれてしまう。
水しぶきのほとんど上がらない完璧なフォームによる入水。
波打つ泉の水を僕たちは見つめる。
「死んだわね」
「服着たまま水の中に入ったら……さすがに死んじゃうよー」
「ぐわーっぱ……蘇生魔術は使えないのでごりょうしょー」
「とりあえず、蘇生はあの神父に任せるとして……どうやって水死体を引き上げるかよ。
水の底で永眠していたらどうしようもないわ……私は無理だし、シオン?」
「私の天敵は水だよー、溺れちゃう」
「湿気たマッチは役に立たないものね」
「ひどいけど、その通りだから何も言えないー!?」
「いやいや、ふざけてないでサリアを早く助けないと! こうなったら僕が……」
そう、僕は服を脱いで泉へと飛び込もうとすると。
「でもー、そのひーつようはなーいみたいだーよ。 ぐわっぱー」
「へ?」
ガーガーの言葉に、僕たちはいっせいに泉を見ると、湖が波たつのと同時に水泡と黒い影が上がってくる。
どうやらサリアは持ち前のとんでもスキルによって服を着たままの潜水に成功したらしい。
僕たちはそんなサリアのハイスペックさに驚かされる反面、人騒がせな超人の帰還に安堵のため息を漏らし、その浮上を見守る。
と。
「みっつけたのでーす! いやっほー!」
金色のお宝を天高く掲げ、やけにテンションが高く、舌足らずなしゃべり方をしながら、
サリアが泉から飛び上がる。
「……あら?」
「えー?」
「ぐわっぱ」
「ん?」
おかしい。
泉から飛び上がった少女は間違いなくサリアである。
金色の髪に十字の文様が入った青と白のクレイドル寺院の霊服を身にまとった少女。
ぴんと張ったとがった耳……目前の少女の容姿は彼女の特徴に完全合致するが。
「どーしたですか? ちゃんと持ってきたのですよお宝」
その身長は、僕たちの知っているサリアの半分くらいしかなかったのであった。




