147.第二階層攻略再開!
「さて、というわけで二階層までやってきたけれども、どこから行こうか」
迷宮の暗がりから抜け出し、偽りの太陽のまぶしさに僕は少し目を細めながら、進行方向を仲間に相談する。
現状であるが、迷宮二階層の攻略は半分が終了している。
東と北、ドライアドの群生地と三階層へと続く階段が存在する北側の地図は完成しており、残すは迷宮教会がある西側と、獣王と呼ばれる魔物が縄張りにしている場所が残されている。
「……正直な話、危険度でいえば迷宮教会は危険度ゼロと言って過言ではないでしょう。 人間に対しては交易や迷宮に必要な物品を比較的安価で譲ってくれるなど、字面だけ見ればクレイドル寺院などに比べればよっぽど良心的な場所です」
字面だけ……という言葉に以前の儀式を見てしまった僕たちは全員がうなずく。
アルフと二人で行った時も、確かに友好的であったが……。
「正直な話、あそこ最後にしたいわ」
「生理的に無理―……」
「合理的な考えではないと理解していますが、私も同意見です……精神がおかしくなる」
「僕も……」
満場一致で全員が獣王の縄張りへの侵入を選んだ。
それほど奇奇怪怪であり、精神汚染が激しい場所だということだ。
冒涜的かつ呪いの一つや二つかけられていそうな場所だというのに、シオンが拒絶反応を示しているということは、あの協会の深淵は、呪いの本などよりも深くおぞましい場所なのだと僕は推察し、想像しただけで気分が悪くなる。
「じゃあ、まぁ……危険は高いですが、初めに向かうは南、獣王の聖域……ということでよろしいでしょうか」
渋い顔をしている全員を代表し、サリアは目的地を決定すると、僕たちは南へと進路を決める。
「それじゃあ! しゅっぱーつ!」
快活なシオンの声が迷宮二階層登り階段前に響き渡り、僕たちは迷宮攻略を開始するのであった。
「と言ってもさすがは獣王の聖域ですね、人が足を踏み入れた形跡がほとんどない」
「ほんっと……クリハバタイ商店で鉈を買っておいて正解だったよ!」
先日クリハバタイ商店で購入した鉈で生い茂るツタやツルを切り裂き、僕とサリアは二人並んで道を切り開いていく。
「それはいいんだけど、ウイル君とサリアちゃん……さっきからすごい勢いで毒虫とか毒花とかに刺されてるんだけど大丈夫なの? 特にウイル君」
「え? ああうん、なんか平気みたい」
そういえば、先ほどから虫や花が僕の周りにまとわりついてくるかと思っていたが……これ僕たちに毒を刺していたのか……全然気が付かなかった。
「結構強い毒だったと思うんだけど……この虫」
シオンは少し引き気味にそんな僕たちのことを遠目で見ている。
「ウイルは状態異状耐性・強を手に入れているからね、迷宮二階層程度の毒じゃ痛くもかゆくもありゃしないのよ」
「そうですね、せいぜいこの虫や草の毒は全身が痙攣してマヒ……心停止をするくらいです。 マスターの耐性から行くと、もはや触れた瞬間に体が腐り堕ちるくらいの毒でなければもはや体に害を与えることはできないでしょう」
「心停止ってだけでも相当強い毒だと思うんだけどー……すっかり怪物の仲間入りだねー、ウイルくん」
「自分でもそう思うよ」
今まであまり毒にもマヒにもかかったことが無いというのに、いつの間にかそのほとんどに耐性を持ってしまったという事実に、複雑な思いを僕は感じる。
健康に越したことはないのだが、毒に侵され、出口まで一歩一歩毒が回らないように自分の体力と相談をしながらおっかなびっくり歩くことや、マヒになって寺院で目を覚ます。
戦闘中に眠って仲間にたたき起こされる……。
こんな経験をすることがもうないというのは……少しばかりもの寂しかったりする。
贅沢な悩みかもしれないが……。
「しっかし、ほとんどトンネル状態じゃないこの通り道……羽が引っかかっちゃいそうだわ」
獣王の聖域と呼ばれる場所に続く道はすっかり迷宮に息づく植物に侵食されふさがれており、僕たちは少しづつ少しづつ草木を刈りながら奥へと進んでいく。
「獣王を恐れて魔物も近づかないから、この辺りは草木が生え放題なんだよー。 まぁそのおかげで、食人植物もいないから、獣王さえ気を付けてれば攻略はさほど難しくないんだよねー」
「そうなの?」
「ええ、獣王は非情に縄張り意識の強い魔物ですからね……魔物も恐れて近づきません」
「そんなに恐ろしい魔物なの? ウイル」
「えーと、獣王っていうのは確か、エルダートレントやエンシェントドラゴンに名を連ねる様な存在で、クレイドル神とその御使いのみをその背に乗せる神獣と呼ばれている」
「クレイドル神って、どんだけ長生きなのよその獣」
「さぁ、おとぎ話だけどね……確かに、大神クレイドルは、魔族の王との戦いの際、この獣王を駆って戦場を駆け抜けたという伝説があり、その後の戦いでは人を生み出した神と妖精族を生み出した神と共に戦場をかけている文献や肖像画が散見されているよ。 魔道王国エルダンや、確か東の国、歴史の生きる国ヒノモトにも文献があった気がするよ」
「まるで神話の化け物じゃない……なんだってそんな化け物がこんな迷宮二階層なんかにいるのよ、おかしいわよバランスブレイカーよ」
「前にエルダートレントが言ってた通り、ここは元々別の場所にあった森をアンドリューが魔力でこの迷宮に森ごと転移させちゃったんだよー。 その森っていうのがきっと高位の魔物の住処になっていたんだろうねー、エルダートレントがいるくらいだもん、きっとたまたま獣王もいたんだよー」
「というより、獣王と召喚契約を結ぶのは不可能だから、それなら森ごともってこようって判断したんじゃないですか? 縄張りごともって来れば、獣王も敵対行動はとらないはずですし……で、エルダートレントはそれに巻き込まれた……こちらのほうが自然ですね」
「あ、なるほどー! サリアちゃん頭いい―」
サリアの考察に僕は一つなるほどと言葉を漏らす。
確かにそれならば敵対することなく獣王を飼いならすことができる。
使役をすることはできないが、獣王を警戒して冒険者が必要以上に迷宮二階層は荒らされない。
ただ、きっとアンドリューもここまで獣王が引きこもり体質で、縄張りから一切顔を出さない存在だったというのは気付けなかっただろう。
強力な魔物二体は迷宮の奥深くで眠っており、階段を守る幻覚を見せるカエルは簡単に逃走ができる。 魔物の力に不足はないが、不運にも何もかもがうまくかみ合わなかったこの階層……恐らくだが、アンドリューはこの階層をもう少し下層に設定しておきたかったのを泣く泣く二階層にしたのではないだろうか?
根拠はないが、なんとなく二階層だというのに一階層に比べて、吹き抜けや光源虫など……凝りすぎているように感じる。
そんなことを考えていると。
「マスター、何やら広い空間があります」
ふとサリアはそう警戒を僕たちに促す。
これだけ木々が生い茂った場所で、不自然にも広い空間がある。
酒場で仕入れた情報では、獣王の聖域はまだまだ奥の様な事を言っていたが……。
しかし油断はできないため、僕たちは気を引きしめる。
「化け物……来るの?」
ティズはごくりと息を飲み、僕の背中肩をぎゅっと握る。
「とりあえず気配はありませんが……」
そういってそっとサリアは両手で木々を押しのけると。
「わぁ……」
「きれい……」
「美しいです……」
そこには……美しい泉と……水晶の塊があった。




